4. タンパク質合成法の比較

投稿日: 2016/08/22 1:11:04

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2000年ころの日本は,他の国と比べて,cDNA解析が進んでいて,cDNAのモノを持っている点が有利だと思われていました.当然ながら,そのcDNAの整列ライブラリーを,タンパク質カタログに変えて,タンパク質の解析を他の国よりも先にやろう,ということになるわけです.

そのため,産業技術総合研究所で,いくつかの有力なタンパク質調製法が比較されました.その結果が論文になったのはだいぶ後なのですが,2001年ころにはその結果はわかっていました.たくさんのcDNAを並べて,それから多種類のタンパク質を調製する実験がそもそもできたのが,大腸菌を培養する方法,大腸菌の無細胞タンパク質合成法,コムギ胚芽由来無細胞タンパク質合成法の3つしかありませんでした.その中では大腸菌を培養する方法では数をこなすのがかなり困難なのは明らかでした.つまり,無細胞法でないと使い物にならなかったわけです.

さらに,大腸菌とコムギの無細胞タンパク質合成法を比較すると,大腸菌ではほとんどの合成産物が沈殿するのに対して,コムギではほとんどのものが可溶性になることが判りました.

そういう背景があって,うちでPDをしていた平野さん(現日大)が,大腸菌の無細胞系とコムギの無細胞系について,合成産物の可溶性をシステマティックに比較しました(詳しくは,書きかけですが,別のページを参照してください).その結果は次のようなものです.(1) 1つの立体構造ドメインから成るタンパク質の可溶性はコムギでも大腸菌でもほぼ変わらない;(2) 2つ以上のドメインから成るタンパク質では,大腸菌の場合不溶性ドメインが1つでもあると全体が不溶性になるのに対して,コムギの場合は可溶性ドメインが1つでもあると全体が可溶になる;(3) コムギの場合に単独で不溶のドメインが他のドメインと融合して可溶になったからと言ってそのドメインの活性が出るわけではない.

これを解釈すると,大腸菌とコムギでは,合成されたポリペプチドを正しくフォールディングさせるためのシステムにおいて何かが異なる,ということになります.

上の産総研の実験では,主としてヒトのタンパク質の合成を試みましたので,基本的には真核細胞由来のタンパク質が問題になっています.実は,真核細胞由来のタンパク質は平均として,真正細菌由来のタンパク質よりも大きいのですが,それは,個々の構造ドメインが大きいのではなくて,複数の構造ドメインが融合したタンパク質が多いからです.真核細胞ではそれを可能にする何かがあって,その環境で進化・適応してきたマルチドメインタンパク質は,大腸菌などの真正細菌の細胞内では不溶性になってしまうのではないか,と思われます.