タンパク質合成系は正確でなければならない

投稿日: 2015/09/03 5:35:04

1年も前に,タンパク質合成系はタンパク質合成系を合成する,という話を書きました.この記事はそれの続きみたいなものです.

DNAの複製が細胞内でとても正確に行われることは,教科書に詳しく書かれているはずです.大腸菌でも400万塩基対以上のDNAを持っているわけですが,それを正確に複製するためにはだいたい107塩基対に1回程度以上の正確さが必要です.もしその程度以下の正確性しかなかったら,細胞分裂1回について1箇所以上変異をもった子孫ができることになります.おそらく実際にはそれ以上正確なものと思います.

RNA合成(転写)は,DNA複製ほど正確ではありません.RNAは基本的に使い捨てです.間違いがあっても,直接子孫に伝わるわけではありません.しかし,タンパク質合成は,そのままではRNA合成より正確にはできません.RNA合成の時点で間違っていたら,間違ったとおりにしかタンパク質を合成することはできません.ですので,様々な形で,間違いを減らす工夫がなされています.

まず,塩基置換を防ぐ仕組みとして,mRNAの原料であるヌクレオチドのプールを維持するような仕組みがあります.DNA複製の間違いを減らすためにも同様の仕組みが必要です.ヌクレオチドの塩基部分は酸化される場合があります.細胞内には,DNAやRNAに組み込まれる前に単量体のヌクレオチドが酸化されると分解するような酵素が用意されていたりします.

また,間違ったmRNAを翻訳しないような仕組みがいくつかあります.使わなかったmRNAは分解されるわけですから,これもmRNAを正確に合成するための仕組みと捉えることが可能と思われます.ストップコドンが無かったり,開始後すぐにストップコドンがあるようなmRNAは,真核細胞では分解されます.バクテリアの場合は翻訳してみてリボソームが止まってしまうようなmRNAがあると,止まってしまったリボソームをmRNAからはがしながらそこまでのポリペプチドとmRNA分解するような仕組みがあります.

このような仕組みでは,単なる1塩基置換でアミノ酸がDNAにコードされているものと異なってしまうような間違いは防げません.DNAの場合は,二重らせん中の塩基が化学反応で変化した場合には,そこを切り出して,相補鎖を使って合成し直す(修復する)ことが可能ですが,mRNAの場合はそんなことはできません.たぶん,鋳型DNAから離れた後に特定の1塩基を修復することはできません.

さらに,翻訳のレベルでの間違いもあります.

個人的な見解としては,翻訳レベルの間違いは,mRNA上の1塩基置換よりは高頻度なはずだと思います.DNAポリメラーゼには,合成の時点で間違ってつなげてしまったヌクレオチドを切り取る仕組みがありますが,RNAに間違って組み込まれてしまったヌクレオチドを切り取ってやり直すような仕組みはRNAポリメラーゼには無いと思います.鋳型DNAの近くにいるうちに直さなければ直せないと思われますが,そういうことはしていないことになります.それは,たぶん,そうするためにエネルギーを使うのが割にあわないからです.たぶん,翻訳で間違える確率のほうが高いのだと思います.

タンパク質も,基本的には使い捨てです.作ってみて,きちんとフォールディングしなかったりしたら,分解して除去することは可能です.変異によって有害な機能を持ってしまう確率も,大して高くないものと思います.mRNA合成の正確さと比較するのは難しいですが,せいぜいそれと同じ程度にしか正確に合成されていないものと思います.

そもそも,翻訳反応はとても難しいことをしています.ヌクレオチドとアミノ酸という全く違うものを対応付けているわけですから,むしろ間違わないほうが不思議です.間違わないために,精一杯のことをして,やっとのことで生きていけるほどの正確さを保っているものと思います.実際,間違わないために,大量のエネルギーを使っています.

それはそれでいいのですが,タンパク質合成をやっているのは,RNAとタンパク質です.複製も,転写も,翻訳も,タンパク質とRNAが触媒しています.もし,タンパク質合成を触媒することに関与しているタンパク質が正確に合成できないと,タンパク質合成の不正確さが積み重なってしまいます.数世代生きることができるとしても,そのあとで破綻をきたしてしまいます.そういうのをエラーカタストロフと言ったりします.大腸菌のようなバクテリアの細胞質には,タンパク質合成系が詰まっています.量としてかなりの割合がタンパク質合成系のタンパク質です.タンパク質合成の正確さが保てなければ,たぶん数世代で破綻をきたすはずです.

ある程度以上正確さが保てなければ,そもそも増殖できないはずです.

進化の過程では,不正確に複製された多様な集団ができて,正確に複製・増殖できるものだけがそこから選ばれたのかもしれません.