お正月

ぴんぽん。ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん。

うるさいくらいにセナはインターホンを押しまくる。今は9時。真面目な友人がまだ寝ているとは思えない。

「……どっか行ってるのかな」

朝一番におめでとうって言いたかったのに。なんとなくむくれてみるが、どうにもならない。これではせっかくの早起きが台無しだ。一体どこに行ったのだろう。

元旦の朝は寒い。セナは東北の出だったがここの生活が長いせいか、最近は寒さに体制がなくなってきた気がする。

白い息を吐いて踵を返す。

一度家に帰って、電話してみて、それでも駄目だったらせんせに電話しよう。

そう簡単な予定を立てて。

+++

「お兄ちゃん。お兄ちゃん、起きてください。朝ですよ」

ユイは布団でいつまでも眠る義兄を揺する。

仕事面では真面目でしっかりしているわりに、プライベートではどこかだらしないのだ、この人は。

朝早くに合鍵で侵入して約3時間。掃除をしようと料理をしようとさっぱり起きる様子はない。カーテンを開けて思いっきり朝日を浴びせてやると眩しがって布団へ深く潜ってしまった。

せっかくの元旦だからおせちを食べてもらおうと朝早くからがんばったのに、これではせっかくの料理が冷めてしまう。お吸い物は準備だけで済ませてはあるが。

「おにいちゃん、起きてくださいってば……」

さすがに困り果ててくる。そろそろ殴るなりなんなりしてみようか。

そう思い始めた頃、朝木が身じろぎをはじめた。眼鏡を探して手をさ迷わせる。

「おはようございます。もう9時ですよ」

「……ん…………まだそんな時間ですか……。…………!?」

奇妙なものを見るかのような顔でユイを二度見する。起きたときにそこにいるはずのない人間がいれば、当然の反応である。

「……ユイ、あなたなんでここにいるんですか」

「合鍵で入りました。あけましておめでとうございます」

「……あけましておめでとうございます……。……で、いつからいたんですか」

「6時くらいから。今お吸い物作りますから待っててください」

「あ、ありがとうございます……」

朝木は混乱して生返事しか出来ない。何故そんな時間からいたのか、何故当たり前のようにおせちが机に置かれているのか、というかわざわざ朝っぱらから作りに来たのか、問いたいことはたくさんあったが、とはいえ前々からたまに作ってもらっていたし、今更な気もした。

ユイがお吸い物を作っている間に着替えなどの身支度を済ませる。洗濯物まで既に終わらせてあったのには驚いた。普段はしないのに。

なんとか一息ついたところで電話が鳴った。

仕事の電話だろうかと受話器を取れば聞こえてきたのは少女の声だった。

『あ、せんせー? あけましておめでと~。涼風でーす』

間の抜けた幼い感じの声。涼風といえば、義妹と仲のいい明るい女の子を思い出す。

滅多に生徒から連絡が来ることなどないが、どうしたのだろうか。

「あけましておめでとうございます、涼風さん。どうしましたか?」

『うん、あのねあのね。ユイ、せんせのとこ行ってない? バディだよね?』

ユイの家いたけどいないし、電話しても出ないし、せんせならなんか知ってるかなって。

どうやら義妹を探し回っていたようだった。優しい友達がいるようでなんだか嬉しくなる。

「ユイでしたらうちにいますよ。後で迎えに行かせましょうか?」

『ううん。場所教えてくれたら自分で行く。行ってもいーですか?』

もちろんですよ、と答えて場所を教える。

あまり迷うようなところではないが、大丈夫だろうか。

「お兄ちゃん、誰からですか?」

「涼風さんからですよ。今から来るそうです」

「は!? セナが!?」

普段あまり感情を表に出さない彼女だが、突然友人が来ると聞いてさすがに驚きを隠せないようだ。

「ええ。ユイにはお手数をかけますが……友達もいたほうがいいでしょう?」

「いえ、別にその辺はいいんですけど……」

わかってません、お兄ちゃんはわかってません……。

表情を翳らせぶつぶつとなにかをつぶやいていたが、朝木はあえて聞こえないふりをした。

+++

「あ、セナちゃん~」

朝木に場所を教えてもらい向かっていると、横から声をかけられた。振り向けば寒さで鼻の赤いマナがいた。

「あれ、マナ! あけおめ~」

「あけましておめでと~」

「こんな時間にどこ行くの? 初詣するようなとこシスマにはないよ?」

シスマに特別宗教はないし、葬式だって形式があってないような物だ。当然神社なんてものはない。

「この前だて巻き買うの忘れちゃってね、今から買いに行こうかなーって。セナちゃんは?」

「これから朝木せんせーち。そだ、一緒にいこうよ! ユイもいるんだよ!」

「え、なんで先生の家にユイちゃん?」

ユイと朝木の関係を知らなかったのかマナがきょとんとする。そのとき教師と生徒の禁断の愛という図がマナの脳裏を横切ったがすぐにセナの言葉で打ち消された。

「ユイとせんせはバディなんだよ。兄妹みたいなもの」

「あー、なるほど~……だったら、余計言ったら悪くないかな。せっかくの兄妹水入らずでしょ?」

「大丈夫大丈夫、ユイは怒るだろうけどせんせがなんとかしてくれるって」

あはは、とセナは軽く言うが本当にいいのかなとマナは首を傾げる。正直、ユイが本気で怒ったら逆らえる気がしないのだ。

遠慮しようとした矢先、腕を引っ張られて抵抗するにも出来なかった。

+++

「あけましておめでとー、ユイ~」

「……何故マナまで……」

「…………ごめんね」

インターホンが鳴り、飛び切り怒ってやろうと扉を勢いよく開いたらそこには招いていない客がいた。けれども気兼ねなく怒声を浴びせてやれるほど、ユイはマナを強い子だとは思っておらず、行き場をなくした怒りをどうにかして飲み込んで結局微妙な顔をする。

マナは申し訳なさそうに上目遣いで謝る。おそらくセナに無理やり連れてこられたのだろうと結論づけた。

「………………あけましておめでとうございます。冷えるのであがってください」

「おっじゃまっしまーす!」

「おじゃましまーす……」

後ろ手に戸を閉めてため息をつく。そんなユイの憂いもよそにセナはずかずかと部屋へ上がり込む。数歩歩き、そしてセナの金切り声が小さな家に響いた。

「なんで若林がいるわけ!?!?」

「天野に呼ばれたから」

セナの怒りと焦りの入り交じった問いに若林は飄々と答える。

セナが来ると知ってすぐに電話をかけ呼んだのだ。セナへの嫌がらせに。

彼女が来ると言ったら大急ぎで来てくれた。家がセナより近所だったのか、走ったからか、セナの来る数十分前には実は着いていた。

「セナ、うるさいですよ。近所迷惑です」

「ユイ、これどーゆーつもり?」

「はて、友人を呼ぶのはいけないことでしょうか」

「とぼけないでよ! 絶対嫌がらせでしょ、ユイ若林と仲良くなんかないじゃん!!」

若林を無視してユイに問い詰める。本気で嫌がっている様子のセナの態度に端で聞いていた若林はどんどん沈んでゆく。セナは彼のほうへ向うともしないから、気を張る理由もないようだ。

わかりやすい子だな、と朝木は苦笑する。とうの昔に過ぎた青春は他から見ればこんな感じだったのかと懐かしむ。どこにでもいるのだ、素直にアプローチをかけられず逆に嫌われるような不器用な子が。

「………………」

「だ、大丈夫若林くん……?」

「まぁ、これも思春期と言うものですよ」

「?」

呟いた朝木の言葉にマナが不思議そうに振り向いたが、とりあえずそろそろ暴れ出しそうな義妹たちを止めることにする。セナは見たとおり過激だが、ユイだって大人しく見えて売られた喧嘩は100倍にして返すような過激派なのだ。手当たりしだいの物を武器にされては困る。

「ほら、正月早々なにを騒いでいるんですか。暴れるようなら全員まとめて追い出しますよ」

そう言うなりユイは罰の悪そうな表情をするが、セナはどうにも怒りが収まらないようだ。正直朝木の目には、セナがそこまで若林を嫌っているようには見えなかったが。

「は、嫌なら見えてないフリでもすればいいだろ? だからお前は子供なんだよ」

「なんだと~!?」

何を考えたか、軽くなだめたセナに火を付けるように若林が挑発する。一歩間違えば一生話してもこれなくなるような危険な賭けだったが、セナが単純だったのが幸いだったようだ。

また騒ぎ出したセナと若林をよそに、ユイは客人用のカップを取り出し茶を注ぐ。朝木も朝木で彼らに関しては止めるつもりもないのか我関せずと茶をすする。あわてふためくのは心配性なマナばかり。

「と、とめなくていいの?」

「いつものことですし」

「ある種微笑ましいものがありますしね」

「騒がしいのはあれですが」

「先生まで……」

「どうせすぐ飽きます。ほっときなさい」

事実、この5分後には普通に接しているのにマナは戸惑った。彼らと付き合うようになって一年近いが、毎日のように喧嘩をする彼らにマナはいつまでもなじむ様子がない。

+++

そうしてのんびりと過ごし夕刻。

シスマでは皆一人暮らしな上シスマ内ならば危険という危険も少ないせいか(狂暴化には気をつけないといけないが)、遊ぶ際には時間にルーズだ。

「……そろそろ帰ってはいかがです?」

「せんせーわかってないなぁ! この人数が集まったらすることは一つ!」

「鍋やろうぜ鍋!」

「そんなにたくさんの食器、うちにはありません」

先ほどまで小さな喧嘩と仲直りを繰り返していたと思ったらまた仲良く鍋が食べたいとごね始める。

一人暮らしの男の家に、ユイがいたときのは残っているものの、食器なんて普段はろくに使わないせいであるのは2セットずつのみ。しかも片方は子供用だ、食べ盛りの子供たちが満足できる量もなければそもそも朝木の家には鍋がない。

「じゃあ、食器買うことになるの?」

「あ、そこは大丈夫。うち食器いーっぱいあるから。鍋もあるし後で持ってこよ」

首を捻るマナにセナが言う。曰く、バディが過去残した食器が未だに残っているらしい。おそらく将来喫茶店を開くからか。

「じゃあ食器はわたしたちが手分けして持ってきましょう。大した量でもないですし」

「だったら俺と先生が食材は買ってくんのか。だるっ」

「わたし塩鍋がいいなぁ~」

好き勝手に子供たちは話す。特別そういうものに興味のなさそうなユイでさえノリ気なようだ。

「僕に拒否権はないんですか」

「4対1の多数決で決定です。諦めてください」

「……はぁ……」

子供たちの強引さに朝木が勝てるはずもなく。

彼らは着実に役割分担や鍋に何を入れるかで賑わっていた。この小さな部屋に5人も入って鍋というのは辛いものがあると正直朝木は思う。一体何回うどんやご飯を入れなければいけない羽目になるのだろう。

しかしもう、そんな反論を言えるような立場にもないようで一人朝木はため息をついた。

「と、言うわけで買出しよろしくおねがいします」

「……はいはい」

男二人は買出しに、ユイたちはセナの家に食器を取りに行くことになった。

渡されたメモには普段は絶対買わないような量の食料。食べ盛りの子供が4人、それに朝木と若林が男であることも考慮に入れれば、当然ではあったが。

「これ、重くなりそうですねぇ」

「先生、よろしく」

「若林さんがたくましい男性となれるように僕は協力します」

「……持たないつもりかよ、先生」

たまには先生らしく、子供に仕事を押し付けてみようかと思う。ここまで巻き込まれたのだから、たまにはいいと思うのだ。

+++

「そういえば、セナちゃんの家はじめて~」

「家来てもなんもないもんね~」

男組が買い物に行っている同時刻、女子一同はセナの家へ来ていた。

食器のほうが重いが数も少なく分けられる分負担が少ないだろう、ということだった。

いわゆる貸家、それに家具を買えるようなところも特にないせいか簡素だが、それでも可愛らしいもので溢れている。何故か部屋の角に斧が置いてあったが、あまり突っ込まなかった。

キッチンの食器棚には豊富な食器が並べられていた。主にコップと、それから小皿。喫茶店で使っていたものだろう、どれも品がある。

一人では使い切れない量の食器類はどれも綺麗に磨かれていた。

「こんなに沢山……」

「昔は近所で鍋とかすること多かったんだ。あの人、そういうの好きだったから」

必要な食器を出しながら、セナが話す。懐かしそうに、少し寂しそうに。

一体どんな人だったのかは気になるが、あまり深く追求するのも地雷を踏みそうだと察しユイもマナも黙って食器を持った。

+++

鍋を食べるのも中盤へさしかかり、二回目のうどんを投入したところでインターホンがなった。

既に夜。宅急便など当然あるはずもなく誰もが不思議に思った。

朝木はなんとなく嫌な予感を感じながら玄関口まで行けば、聞いたことのある騒がしい声が聞こえる。

「せーんぱーい! いるんでしょー、開けてくださいよー!」

「……今開けますから、静かにしてください……」

明らかに体育会系だろうことがわかるような大きな声。うんざりしながらドアを開けば、後輩である杉崎勇平がにこやかに立っていた。正直今すぐに扉を閉めたい。

「あけましておめでとうございます、先輩!」

「あけましておめでとうございます……なんですかこんな夜中に」

「なにって、飲もうと思いまして」

そう言って抱え直したのはノンアルコールビールの箱。

数少ない成年者のために確かにそんなのも置いてある、し飲まないこともないが今この場で飲むのは少し気が引けた。生徒がいたからだ。

「その……今日はちょっと無理ですね」

「え、なんで」

「あ――っ、勇平なんでいんのー!?」

「はぁ? なんで勇平が先生のとこ来るんだよ!?」

「お兄ちゃん寒いです早くドア閉めてください」

「あ、杉崎先生こんばんは~」

「いよーっす、なんでお前らいるんだ?」

声の主に感づいたのかセナとマナと若林が顔を出し、ユイは一人興味なさげに苦情を言う。まったく、人の家に押しかけておいてとまたため息。

「まぁ、そういうわけですから、お酒は……」

「ノンアルコールですよ?」

「そういう問題ではなくてですね」

まぁいいじゃないっすかー、とずかずかこちらの言い分も気にせず入っていく。それは教育者としてどうなんだ。

「勇平勇平ー、それなにー?」

「ビールだよビール」

「先生場所とりすぎです、お兄ちゃんが座れません!」

「ビールって美味しいのかな?」

「セナ飲んだことあるけど苦かったよ?」

「そこがいいんだろ、涼風ー。つかなんで飲んだことあるんだよ」

「親戚の集まりで飲まされた~」

「勇平! 俺にも一杯くれよ!」

「いや、それはさすがに先輩に怒られるから……」

狭いワンルームに6人も、よくまあ入ったものだとある意味感嘆する。今日はなんの巡り合わせか知り合いという知り合いが集まったような感じだ。

「ねー、なんで勇平、せんせのこと先輩っていってんのー?」

「そりゃあ先輩だからだよ。ねぇ先輩?」

「勝手に呼んでいるだけですよ。朝木でいいといつも言っているんですけどね」

「なぁ、勇平っていくつなわけ?」

「えーとー……今年で19」

「え、セナたちと4歳しか変わんないの」

「どの先生もそんなものだぜ?」

杉崎は去年新任になった比較的新しい教師だが教師陣など20歳前後のものしかいない。朝木だってまだ若いがあの中ではベテランに入ってしまうのだ。

「そうですよ、おにいちゃんだってまだ23歳です」

「え、まだそんなに若かったの!?」

「そんなに僕は老けて見えますか?」

たしかに昔から大人びて見られることは多かったがそう言われると少し傷つくというものだ。

それを聞きとがめたユイが箸を凶器のように握り直した。

「よくわかりましたセナあなたちょっと表に出なさい」

「待ってごめんなさいごめんなさいセナちゃんまだ死にたくない~~~~~~~!!」

「僕は気にしてませんから一旦落ち着きなさい!」

「学校じゃわからないが……天野は思ったより過激なんだな……」

「ただのブラコンだと思うんだよ、先生」

「ユイちゃん怒らせないようにしないと……」

いつもより少し騒がしい年始。

どこへいようと年は過ぎ、友人たちと笑い合う。

何年かぶりに食べた鍋の味は今までで一番おいしくて。

神様にはとっくに見放されているかもしれないけれど、願うのだ。

これからも、きっと彼らとこうして過ごせるように。

A Happy NewYear!