レジスタンス七話

無音が支配する裏通りを、三人の女は歩く。

太陽の明かりの入ってこない、迷路のような裏通り。埃っぽく、乾燥した、手入れのされていない道路の中にひそやかに店が点在している。

どれも、あまり上品とは言えない雰囲気を出している店だ。まだ昼間だからどこも開いておらず、閑散とした通路をルーシィに連れられて歩く。

先頭をルーシィが、その次にラギルダが、そして最後尾にラディーヌが。

ラギルダが逃げないようにという配慮だった。

――――この国をひっくり返す場所へ案内してあげる!

そう言われたラギルダが、大人しく従ったかと言えば答えは否だ。

見るからに高そうな矜持を持っているラギルダが、そう簡単に協力体制を持とうとするはずがない。反抗しようとした彼女を、ラディーヌが捕えて無理やり連れてきたのだ。

まるで罪人のように腕を背に回されて、ルーシィの導くままにラディーヌが進ませる。

正直、ラディーヌはルーシィが彼女をどうするつもりなのかがわからなかった。

盗賊を退治しろと言うわりには殺すなと言い、そして今は捕えて反乱軍の集まりに連れて行こうとしている。

だが、ラギルダが反乱軍にいても、あまり利用できそうには思えないのだ。

指示に従わないものというのは、どんな場面でも足を引っ張る。それは故郷で暮らしているときによくわかっていた。

集団というのは一つの行動をするのに全員の協力がいる。テントを素早く建てるためのタイミングの合わせ方だとか、獣を追い払うときの自然な役割分担だとか、そういったものを直感で探れるような関係でなければ強大なものに立ち向かうというのは難しい。

一匹の肉食獣を追い払うとき、自然な役割分担ができれば誰も怪我をせず、牛も食われずに済む。

生まれた時から一緒に過ごしているからできることではない、その協調をなによりも大事にしているからできることだ。たったワンテンポ連携が遅れるだけで足を食われる、そんな場所にラディーヌはいたのだ。

ドーナ王に立ち向かうというのは、それとあまり変わらない。

適切な役割分担と、齟齬のない連携と、揺るぎない目的の一致がなければ、それこそラグダッド小隊の五人だけにだって負けかねない。

ラギルダの高い矜持と高慢さは、足を引っ張るようにしか思えないのだ。

彼女の、天性の支配者たる威厳は素晴らしいものだとは思う。だが、彼女はまだ幼いように見える。

ルーシィやラディーヌに対して露骨に表した差別意識。貴族というものを見るのは初めてだが、それが彼女の生きてきた世界で培うのは当然であるという認識くらいはラディーヌにもできる。

だからこそ、彼女の高慢さは邪魔なのだ。

ティエル家に対する責務への責任感は好感を持ったが。

手を後ろ手に回されて、歩きづらそうに前のめりになっているラギルダを見る。不自然な体制になっても背中を丸めることなく、胸を張って歩こうとする態度は正に矜持の塊と称すべきものだった。

きっと彼女は、自分の意思にそぐわないものには絶対に折れないことだろう。出会って間もなくても、よくわかる。

――――どこか、兄に似ているのだ。

ふっと湧き上がる。

幼い子供の、統治者。そうあろうとするラギルダの矜持と高慢さと意思の強さは、幼いころの兄に似ていると、ラディーヌはなんとなく思う。

だが兄は彼女のように高慢ではなかった。

幼いからこそ強くあらんと、無理を言って長になったからこそ、無欠であろうと必死だった。

そんな兄の努力を見てきたから、ラディーヌは彼女の高慢さに違和を感じるのかもしれない。

「……おい、一体どこまで奥へ行くんだ。ここは……歓楽街だろう」

「そうよ。まあ大人しく着いてきなさいよ、あとちょっとなんだから」

あまりに長く拘束されていることに痺れを切らしたラギルダが低く抗議するも、ルーシィは軽々と流す。

ふわふわと揺らすその豊かな髪のように掴みどころのないルーシィの態度にラディーヌは一種の感嘆を思う。ラギルダのこの凄まじい怒気をこんなに軽々しく流せるのは彼女だけではないだろうか。

ラギルダの支配者としての存在感はすごいのだ。今に跪きたくなるような独特の威圧感があって、こうして拘束していることがとてつもなく許されないことであるように思えてくる。慣れてくるとはいえ、ラギルダの威圧感に逆らっているのはとてつもなく疲れる。

ああやって、ルーシィがラギルダの威圧感を流すことが出来るのは、彼女もまたすべてを魅了する美貌を持つからだろうか。

怜悧な美貌のルーシィと、高圧な存在感のラギルダに挟まれて、ラディーヌは大きく息を吐いた。

「――――さあ、着いたわよ!」

カンッ、とヒールを鳴らし、高らかにルーシィが宣言する。

ルーシィの指差す先には、なんの特徴もない大屋敷。白塗りの壁にいくつか窓があって、大きな扉が中心に嵌っている。

豪奢な感じはない、本当にただ大きな館。それが逆に奇妙に見える場所だった。

それはまるで、先ほどまでいた寂れた娼館がまだ壊れていなかった頃のようで――――。

「ここ、まさか」

「そうよ」

聞こえるほど大きく歯ぎしりをしたラギルダの怒りを無視して、ルーシィは答える。

「アタシが勤めてる娼館」

+++

正面玄関を開けてすぐに見えたホールは、まだ開店前でがらんどうだった。

ルーシィがすたすたと歩いていくのに従って、たくさんの部屋がある廊下を渡って従業員専用の扉をくぐる。

「う……っ」

扉を開けてすぐに、むわっ、と妙な匂いがラディーヌを襲う。

思わず口を押えてあたりを見回す。なにかおかしなものがあるわけではない。それなのに、こんなにも甘く煮詰まった匂いがするのはどうしてかと首をひねる。

その部屋は机で埋まっていた。そして下着と、化粧品と、粗末で扇情的なドレスにあふれていた。

甘く煮詰まった匂いは、女の匂い。

いわゆる控室、らしかった。

「ただいま、ママ! 約束通り、新しい人を連れてきたわ!」

「……ああ、おかえり、ルーシィ」

高らかにルーシィが宣言したその先に、たった一人美しい女が座っていた。

全てを飲み込みそうな漆黒の黒髪を高く一つに括り、透き通るような白い肌の上に流れて美しいコントラストを作り出している。やわらかな雰囲気で、やや小柄ではあるが幼くはなく、どちらかといえば妙齢の既婚女性のような背徳的な美貌をしていた。

薄い青のドレスがよく似合っているママと呼ばれた彼女は、ラディーヌたちを見て歓迎するように微笑む。

「ようこそ、こんなところに連れてこさせてしまってすまんね」

「あのフード被ってるのがラギルダ、そいつを捕まえてる子がラディーヌよ。一昨日話した戦力ね」

「あ、初めまして……」

「……――――ええい、離せッ!!」

ぱしんっ、とラディーヌが緊張を緩めた瞬間、ラギルダが拘束を振りほどく。

走り逃げた風で被っていたフードが外れ、黒髪と精力的な赤い目が露わになる。

その怒気が、直接ラディーヌたちに向けられる。

「一体どういうつもりだ、この僕を娼館に連れてくるとは!! 僕にここで働けと? そんなことをするくらいならいっそこの場で自死してやる!」

「ちょ、ちょっと早まらないでよ!」

「――――ッ」

高々と振り上げたその短剣を、ルーシィが近寄るより先に剣の鞘で叩き落とす。手を痛みに押さえてもなお短剣を手にしようとするラギルダの潔さに、ラディーヌは慌てて背後に回って制止する。

ぞっとするほど、迷いのない剣の振り上げ方をする。

あれほど死を恐れずに剣を自分に向けられる者がどれだけいるだろうか。ラディーヌは下敷きにした少女の存在に改めて恐怖する。

狂的なまでの孤高さは、強さなのか欠点なのか、測りきれない。

「な、ナイス、ラディーヌ」

「……くっ……。殺せ! こんなところで働く屈辱を味わうくらいなら死んだ方がましだ!!」

「少しは話を聞いてよ、抑えるのだって簡単じゃないのに!」

やかましく騒ぎ立てるラギルダの胸元に乗って呼吸を難しくする。少しは静かになるだろう。

口を閉じたラギルダの様子を見てから、まだ戸惑っているルーシィと女性に目を向ける。話していいと合図を送ると、二人は顔を見合わせてから静かに口を開いた。

「あー、ええと。そっちの嬢ちゃんが誤解してるみたいだから、初めにあたしらのことから話そうか」

説明をし出したのは女性の方からだった。

「手始めに。あたしはシンディ。見ての通り、あたしは娼婦で、娼婦たちのリーダー……ママってのをやってる。ルーシィも娼婦だし、たしかにここは娼館だ。だけど二人に来てもらったのは、別に働いてもらうためじゃない」

「ここが、反乱軍の拠点ってことなのね」

「小さい方の嬢ちゃんは説明されてるみたいだな」

やわらかな雰囲気を纏いながら、妙に男らしい話し方をするシンディ。

言葉を発しないながらもずっと睨み続けているラギルダの怒気に少し困ったように微笑んでから、話をルーシィへと引き継ぐ。

「木を隠すなら森の中、女を隠すなら女の中……娼館ってうってつけなのよ。捕まってる娼婦だけじゃなくて、ちょっとした小遣い稼ぎに時々ふらっと来る人も多いから、女が集まっても不自然じゃないの。だから、この娼館が中心になって人を集めてんのよ。他にも拠点になってる娼館はあるけど、ここが一番城に近いからね」

城から歩いて、約二十分。

城の動向を探るにはたしかにちょうどいい距離だろう。城から降りてきた兵士たちから情報を引き出すのにも良いということだった。

さらに、ルーシィは話を続ける。

「アタシたちにはまだリーダーはいないわ。まだ、形さえできてないの。とりあえず人を集めて、とにかく敵の情報を集めているばっかり……女ばかりの集団だから、すぐにしかけるなんてこともできなくってね。力も技術も、兵隊さんには負けるでしょ? なんせ、大陸をあっという間に制圧しちゃった国の兵隊さんなんだもの、数もない状態じゃなーんもできないのよね。細かいことはまだなにも手をつけてない感じ」

「まぁとにかく……お嬢ちゃんをここで働かせようってつもりはないから、安心しなよ」

ギリギリと睨み付けるのをやめないラギルダに、彼女たちの説明が届いたのかはわからない。

ラディーヌは頭を掻きながら、やっぱり彼女を仲間にしたのは失敗だったのではないかと思う。毎回こんな風に押さえつけないといけないならば面倒くさすぎるし、第一非協力的すぎて仲間と言える関係になれるかどうか。

「娼婦のくせに普通の格好なんかして……騙された……」

「昼間っからドレスなんか着ないわよーだ。そろそろ機嫌直したら?」

「お願いだから挑発しないでルーシィ」

挑発を繰り返すルーシィを制して、ラディーヌはゆっくりラギルダの上から退く。

さすがに話を聞いたあたりから抵抗をしようという気はなくしたらしい、ラギルダは今度こそ大人しく、そろそろと体を起こした。それでも逃げないようにラディーヌは彼女の腕を離さない。

それを見て、シンディがラギルダの手を握る。

「嬢ちゃん。あんたはティエル家のご令嬢……で、いいんだろう? その赤い目は、そうだよな? それならわかるはずだ、この国から出るにはたくさんの人手がいて、全員で協力しなきゃならない。だから、協力なんて考えなくてもいい。あたしらを使ってくれていい。この国から出るための駒にしてくれていい。こんなとこ、お嬢様には合わないことくらい知っている。どんなに罵ってくれても構わない、一緒に居てくれないか」

真摯な瞳で、ラギルダに語る。

男勝りな口調の似合わない、穏やかで美しい美貌は強い決意に燃える。

対してラギルダは赤く燃える目を冷え切らせて、シンディを見下ろした。

ぱしんっ、とあっさり、ラギルダは手を振り切る。

「考えておこう。だが僕に触れるな、汚らわしい」

「……それはすまない。いい返事を待っているよ」

「ちょっと、どこに行くの」

そのままふらりと踵を返すラギルダに思わず手を離しかけて、引き留める。

しかしその制止も今度は聞かず振り払われて、ラギルダは真っ直ぐ娼館の裏口の方に向かう。その動作があまりにも美しく自然で、止めることが出来ない。

「聞くべきことは聞いた。僕はもう失礼させてもらう」

「協力してくれないなら早く死んでくれちゃっていいのよ、ラギルダ・ティエルお嬢様」

がちゃり、開きかけた扉が止まる。

思わずその発言主を見る。おぞましいほどの怒気が彼女に刃のように突き刺さっている。

それでも彼女は、怜悧な美貌の微笑みを向けて、さも明るく言ってのける。

「さっきも言ったけど、この国にいる時点でアタシら同志なわけよ。同じ立場で、同じ被害者なの。あんたを今まで守ってくれてた身分も権利もないわけよ。わかるかしら? だからね、変なプライドで足引っ張っちゃってくれるくらいならいらないの。犯されて死んじゃってくれた方がいいのよ。どうせ数年すればティエルのない経済体制が安定するんだろうし、いらないでしょ?」

「……そのやかましい口を閉じろ、娼婦」

ぞっとするほどの怒気と威圧感に、ルーシィは不敵な笑みをやめない。

すらすらと出てくるその言葉を連ねるほど妖艶な存在感を増していき、それはラギルダの持つ威圧感に負けない濃さになっていく。

二人の瘴気のような存在感に、ラディーヌもシンディも口を挟めずただ見ていることしかできない。今この二人の間に入れば、その先に待つのは存在としての死を意味した。

「血にも精液にもまみれたことが無い、人を殺したことどころか、人に対して剣を向けたこともないような、読書と刺繍しかしたことのないお嬢様なんていらないの。あのね、アタシが言っているのは誘いなんかじゃないわけよ。あんたに言ってるのは要請でも、ましてや進言でも懇願でもないの。“協力しないなら勝手にのたれ死ね”って言ってるの。あんたみたいなお嬢様がこんなドーナで生きていけるわけないじゃない? 一か月、盗みでなんとか生きてたみたいだけど、それでなにもなかったわけじゃないでしょ? あのね、ただの役立たずがほざかないでくれない? アタシが出る時に、ついでにあんたも出してやるから猫の手くらいにはなってって言ってるの」

連綿と揺るがずに吐き出される罵倒。

その言葉にどんどん、ラギルダの顔は険しくなっていく。しかしラディーヌは聞きながら、その悪意よりも内容に共感をせざるをえないでいた。

この戦争で、協力が出来ない者は死ぬだけだ。どんなに上手く立ち回ったとしても、一人では国を覆すことも出ることもできない。わかりきったことだ。それでも矜持のために入らないと言うのなら、ラギルダはなんの保護も受けられないまま男たちの餌になるのが末路だろう。

なにも隠さない、遠慮しない、まっすぐな現実を彼女は指していた。

ラギルダの強い威圧感にも負けない、彼女だからこそ言えることだった。無遠慮で無配慮な、敵を敵ともしないルーシィにこそ。

「それにすらなれないあんたにはなんの価値も用もないわ」

言い切って、美しく形のいい唇を閉じて、ルーシィの演説を終える。

その微笑みはまるで聖母のように麗しく、または魔女のように妖美だった。魅入ってしまったら最後、果てのない惨劇に放り込まれそうなほど。

ぞくりと、背筋に快楽にも似た悪寒が走って、ラディーヌはとうとうルーシィから目を逸らす。ルーシィの恐ろしいほどの美貌が放つ威圧感に耐えられなかった。

そうして、次に鳴りを潜めていたラギルダの方を見る。

見て、息を呑んだ。

「そうか」

穏やかに言い放ったラギルダに、もはや怒気はなかった。

力強い瞳はそのままに、何の感情も示さない無表情がそこにあった。

感情が抜け落ちたように感じられず、それでも貴族としての存在感は消さず、美しい彫刻のような少女が、そこにいた。

「僕は復讐を果たす。愛する人を僕の手から永遠に奪った者たちに。それさえできるなら、正直に言えばティエル家などどうでもいい。だから出られなくても構わない、好きにやっていればいい。僕が僕の手で、僕の力で復讐を果たせればそれでいい。そこにお前たちはいらないし、邪魔なだけだ。復讐の道中で死んだとしても構わない、ミハエルのいない世界など生きていてもつまらない――――……」

さきほどの怒気からは想像もつかないほど、弱々しく透き通った独白。

初めて見る、彼女の怒り以外の表情に、またラディーヌは魅入られてしまう。

抱きしめたくなるような、等身大の少女の独白。

しかし、次の瞬間。

ぐりん、と彼女の目が吊り上がった。

「だが、それとこれとは別だ。僕はティエルとしての使命と、彼が望んだ僕の姿を達成させねばならない。僕はウィンリルを殺す。そしてウェルタールへ帰る。それは決定事項だ。そこに貴様らの力など必要がない、僕一人で十分だ。勝手に喚いているが良い、低俗な犬共と馴れ合っている暇は僕にはないんだ」

反論を許さない強い弁を吐き、今度こそラギルダが背を見せる。

「反乱だかなんだか知らないが、無知で無謀なお前たちが無残に王家に食われないことを祈っておいてやろう」

バタン、とそれっきり、閉まった扉は開かない。

「…………」

しん――――と一瞬にして沈黙が訪れる。

部屋に充満していた濃い存在感が霧散しても、その緊張は解れないまま、誰もが凍りついていた。

ラギルダが去った後の扉を見つめて、ラディーヌはやはり思う。

彼女がいなくて、よかったのではないか。

「……ああ、疲れた!」

沈黙を無視するようにルーシィが大きく座り込んで、やっと凍りついた部屋に空気が流れ込む。

全身の力を抜いて机に突っ伏すルーシィの姿は美しいとはとても言い難い様相で、先ほどまで殺し合うような圧を出していた人間とは思えない。それにつられて、ラディーヌもふらふらと近くの椅子に座った。

疲れた。

そう、疲れた。

「もー、なんなのよあの威圧感。一緒にいるだけで疲れる。もーやだ」

「なによ、無視してあんなに突っかかってたくせに」

「なんかこう、煽ったら乗ってくんないかなって思っただけよ。無理だったけど」

呻くルーシィに、そういうことだったのか、とラディーヌは納得する。やはり、ラギルダに対していきなり突っかかり出した違和感は正しかったのだ。格別に存在感の強いルーシィでも、やはりラギルダの圧には勝てないらしい。

ラギルダ・ティエル。見たところはラディーヌより年下だろうが、それ以上に恐ろしい少女だった。貴族というものは、みんなあんな風な恐ろしさを持っているのかと思うとラディーヌは怖くなる。

「……あ、えーと…………。……あ、アルバート! よく来てくれたね!」

声の掛け方に迷ったらしいシンディが、嬉しそうに男の名前を呼ぶ。

思わずぎょっとしてシンディを見ると、手には小さな白鳩がいた。真っ白でふかふかとした羽を仕舞いながら、足に括りつけられた紙をシンディへと差し出している。伝書鳩らしい。

「……アルバート」

「この鳩の名前さ。ここと、城を繋いでくれる英雄だよ。……あたしのじゃないけども」

さっと目を通して、すぐに小さな紙になにかを書きつけてアルバートと呼ばれた鳩の足に括りつける。

なにが書いてあったのだろう。ちらと見てみたが、文字の読めないラディーヌにはやはりインクの染みとしか認識できなかった。

「アルバートの飼い主は、カレンって言う。カレン・フィンツィ。金髪が綺麗な王宮の給仕だ。……言っちゃ悪いが、あまり顔がいいわけじゃないから、多分見ればすぐにわかる。金髪ばかりが綺麗で、存在が消えそうなのが逆に浮いてる奴だ」

言って、来たばかりのアルバートをすぐに窓から放つ。アルバートは疲れていないのか、揚々と羽ばたいていった。

羨ましい限りだ。こちらは、こんなにも精神的に疲れているのに。

「アルバートを使って、ここと情報を共有して王宮に広めているのがカレンだ。あたしらは王宮に手が出せないからな。王宮には浚われてきた女が大勢流れたから、カレンを中心に固まるように、今は動いてるところだ」

「多分、近いうちにラディーヌにも接触してくれると思うわ。あんた、王宮じゃ有名人でしょ、きっとすぐに見つけてくれるわ。……アタシにあんたを教えてくれたのもね、カレンなのよ」

「……じゃあどうして、カレンって人がわたしに誘いをかけなかったの?」

にっ、とルーシィがいやらしい笑みを浮かべる。

「アタシがあんたに一目惚れしたから」

「ばっかじゃないの」

一蹴すると、ルーシィはくすくすと笑って体を起こした。

少女のような微笑みは、さきほどの妖艶さとは程遠く、また違った魅力を見せる。彼女の持つ美しさに慣れるのは、もう少しかかりそうだとラディーヌは頭をくらくらさせる。

「だって、会ってみたかったのよ。この反乱軍の中で、たった一人の戦力になれる人。どんなゴリラだろって思ってたのに、こんな小さくてかわいい子だなんて思わないじゃない?」

「ゴリラって……」

「ルーシィ、話を逸らさないでくれよ」

茶かすルーシィを咎めて、シンディが改まった様子でラディーヌの手を取る。

まるで子に言い聞かせるように、穏やかに言う。

「ルーシィも言ったように、お前はあたしらの中でたった一人の戦力だ。きっと、大きな負担をかける。さっきみたいないざこざも、きっとたくさん起きる。それでもみんな、お前を中心にきっと王宮を落としにかかる。……だからどうか、あたしらに力を貸しておくれ」

ラギルダにも説いたような、真摯な言葉。

「どうか信じて」

すっと耳に入ってくる、心地のいい言葉。

それに、ラディーヌは強く頷く。

「もちろん。――――必ず、ここから出るために」