聖痕エンドロール
「むつきー! おはよー!」
「おう、おはようセナ」
「……」
「ユイもおはよ~!」
「おはようございます」
「…………おいセナ、俺には」
「何の用?」
睦月様がシスマに来て数日。彼はあっという間に教室になじみ、今日もなにごともなかったようにいつも通りだ。
教室前方に、つい一週間前はなかった紙が貼られてある。
文字ばかりが殴り書きされた、手書きのプリント。それはシスマのあちこちにあり、全て同じ人間の文字だ。
まぎれもない、わたしの文字だ。
睦月様をシスマへ来るよう説得したあの日の晩から、二、三日かけて用意したそれは、聖痕の真実が書かれている。
それに対する反応は、睦月様たちに対するものよりずっと薄いものだった。
「ね、今日進路相談だっけ」
「そうだな。セナはどうするんだ?」
「セナはね、喫茶店を開くんだー」
「お前なんかにできんのかよ」
「できるよばーか!」
セナにあの話をしたときの、感情のこもっていない目は今も記憶に新しい。
心底どうでもいい。そんな反応を返したのは若林も同じだった。
『そう』
ただそれだけ言って、関係のない話題に花を咲かせた。
その張り紙を見たクラスメイトたちも、そのことを話した友達も、みんな、興味もなさそうな反応を示していた。
今さら聖痕の原因や、正体や、隔離の理由がわかってもどうでもいい、らしい。
『結局化け物だったってだけでしょ?』
なにも変わらないよ。一人はそう言った。
元々ない希望が輪郭さえ消え失せただけ、だと。
わたしとしてはかなりのショックだったのだが、周りは意外と興味がなかったらしい。いや、気にするだけ無駄だと思っているのかもしれない。
「ね、ユイはどうするの?」
「わたしですか?」
とにもかくにも、中学三年生であるわたしたちは進路を決定する時期だった。
わたしが触れ回った事実のため、例年より少しだけ将来についての話が早くなったらしい。と、杉崎先生から聞いた。
短い人生、お互い楽しんでいこう! などと、深く考える必要もないと笑っていた。
「わたしは、高校に進もうと思って」
「ああ……朝木せんせ?」
「ええ」
進路と聞いて、一番に思いついたのが理科教師だった。
お兄ちゃんの後を継ぎたい。お兄ちゃんのような人になりたい。
あまり理科は得意ではないけれど、きっとがんばれる気がする。
「高校は、教師になる人が行くんだっけ?」
「そうだよー。ユイは、理科?」
「そのつもりです」
「なら俺と一緒だ」
睦月様が笑う。数少ない高校進学がこんな近くにいるとは。
「睦月も理科教師になるの? そういや会社は薬作ってるんだっけ」
「ああ。やっぱり関係したものやりたくてさ」
「お前真面目だな。シスマの進路ってそんな堅いもんじゃねーぞ」
「堅い職業なら薬剤師選んでるよ。前からやってみたかったんだ、教師とか」
だけどここの先生って緩いんだなー。と、睦月様が驚いたように外との違いを話してくれる。
外から来たばかりの人はだいたい学校の意味のなさに驚くらしい。しかし暇つぶしと娯楽程度でしかない学校なのだからしかたない。
外の授業ってどんなだったっけ、と記憶を掘り起こそうとしても、わたしがいたのは小二までだから今以上に遊んでいた記憶しかなかった。
「そうだ、若林はどうするんですか?」
「俺か? 俺は……」
「あ、ほら鐘なるよ!」
「おい!」
セナが若林の言葉を遮って席に着く。
それに味方するように機械的で重厚な鐘の音が、教室中に鳴り響く。
いつも通りの日常。
ほんの少し物騒だけど、そんなここがわたしはやっぱり好きだ。
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これは、天野由井の手記である。
四月八日
今日は高校の入学式だった。本当に進学する人は少なくて、あれは10人もいたんだろうか。
睦月様も一緒だったから、あまり不安はなかった。そのうち話せる人も増えるといいな。
教師になれるよう、がんばるよ、お兄ちゃん。
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四月十二日
今日はセナの店に行った。
セナが一人で切り盛りしてるんだと思ったら、若林がウエイターをしていてすごくおどろいた。告白したのかと聞いたらしてないみたい。
正直告白したも同然な気がするけど……。
途中で喧嘩したりしていたけど、仲良くやってるみたいでよかった。
………………
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四月十八日
今日はお兄ちゃんのお参りに行ってきた。
あれからもう一年経ったなんて変な感じ。
最近の話を色々としてきた。学校の話とか、夢の話とか。
お兄ちゃんには届いたかな? わたし、お兄ちゃんみたいにいつかバディの子の手を引いてあげたいんだ。
バディの子が入ってくるような事態はない方がいいのはわかってるけど。妹ほしいなぁ、って。
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五月二十一日
初めてのテストが終わった。手応えはあまり・・・。
睦月様に答え合わせしようと言われたけど、余計自信を無くしそうだから遠慮しておいた。
苦手な教科とは言えがんばったつもりだったんだけどなぁ・・・。テストが終わったら睦月様に教えてもらおう。
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六月十日
最近睦月様のニュースが落ち着いてきた。
その話を睦月様にしたら、マナの方はあまりそうではないらしい。今もまだ、責任問題に追われているそうだ。
マナのことを考えると胸が痛いけど、どうしようもない。
一刻も早く、問題が解決してほしいな……。
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七月十二日
今日は久々にセナと遊んだ。
帰りに仕入れを手伝わされたけど、代わりにプリン作ってくれたから許す。
最近また腕があがった気がする。ずっとやりたがってたことだから、勉強みたいにサボったりしないみたい。
わたしも見習ってがんばらないと。とりあえずは次のテストで50点を越えること……。
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どこにでもある大学ノートに、5、6行ごとに綴られている文の集合。
ぽたり、滴が落ちて、シャーペンで書かれた文字がにじむ。
ここから先の手記は、ない。