ハロウィンパーティー

「誰か連絡があるやつはいるか?」

10月25日、朝のホームルーム。

その日も変わらず、ただ惰性的に話を聞いていた。

すっかり涼しくなって、教室にはすっかり長袖の服を着た人が溢れるようになった。空は高く、紅葉なんかも、少しずつ見られるようになってきて。

今年初めてのもみじ、いちょう、とんぼ、どんぐり……小さな小さな秋だけど、見つけるたびに少し嬉しくなる。

たとえ真っ赤に染まる山は見れなくとも、もみじを一葉探すためにシスマ中を歩き回ったりするのも楽しいものだ。

先生の話を聞くつもりもなく小さな声でおしゃべりをする教室はざわついていて、連絡がある人なんてあるわけもなく。その日もいつも通り、くだらなくて可笑しな一日が始まるはずだった。

杉崎先生が特になにもなさそうなことを確認して、ホームルームを終わらせようとしたとき、

「ちょっと待ったぁ!」

セナが突然、大きな音を立てて立ち上がる。その音に一斉にクラスメイトが視線を集めて、黙る。

嬉々とした不敵な笑みを浮かべて大股で教卓へ上る。寒さに強い彼女は未だ半袖の服を着ている。寒そうな姿なのに熱気が伝わりそうなほど頬は赤い。

短いスカートを上機嫌に揺らして、言う。

「10月31日! ハロウィンパーティを行います! 場所は元喫茶店BlueLose。1日限定セナちゃんの喫茶店だよ!!」

+++

『参加資格は仮装をしてくること!』

頭につけた猫耳カチューシャをいじる。普段カチューシャなんてつけないことと、それが猫耳だという羞恥心とで、わたしはとても落ち着かなかった。

すれ違う一人一人が見てくるから、馬鹿にされてるんじゃないかと被害妄想まで沸いて出る。

「……これ、変じゃありません?」

「すーっごくかわいいよ、ユイちゃん!」

隣のマナがにこりと笑う。

マナもまた、不気味でかわいいカボチャの帽子とマントのような黒いポンチョ、それからカボチャパンツと仮装をしていた。

帽子だけだと思って待ち合わせしていたから、マナが来たときは思ったより力が入っている気がしてびっくりした。ポンチョはともかく、そのカボチャパンツは私服なのだろうか。

子供っぽいのにマナが着ると妙にしっくりくる。わたしだとこうもいかない。

セナの知らせを聞いてから、二人で示し合わせてスーパーへ帽子と猫耳を買いに行った。

数こそ少ないけれど、さりげなく季節のものも売っていたりするのだ。初めは猫耳なんて嫌だと言ったけれど、マナに押し切られてしまったために今こうして付けている。

正直外したい。

季節のイベントをやろうと言い出すのは大体、祭り好きなセナや杉崎先生が多い。

それにクラスのノリのいい人たちが乗っかって騒ぎが大きくなるのだが、今回はどうも毛色が違った。

いつもの適当な思いつきでなく、前々から計画されたもののようだと感じるのだ。その証拠に学校やセナの家の周りのあちこちに今回のイベントを知らせるポスターが貼ってあった。

喫茶店が近くなるごとにポスターの数が増えている気がする。その一枚一枚が手描きで、何一つ同じものがない。

セナの夢への姿勢がいかにまっすぐなのかを知らされる。

外であればもっと確実にその情熱を発揮できるはずなのに。セナが聖痕保持者なのが、辛い。

「あれ、お前らもセナんとこ行くの?」

「うん、そうだ……」

後ろからかけられた声に応えようと振り返ったマナが固まる。

声からしておそらく若林だ。別に驚くような相手でもないのに、どんな格好をしていると言うのだろう。

振り返ったまま立ち止まっているマナにつられて振り返る。するとそこには、

「…………………誰?」

「俺だよ俺」

「シーツに知り合いはいません」

頭から被ったシーツに目だろう二つの穴と黒いペンで口らしい三日月が描いてある。

明らかにただのシーツだ。中からくぐもって聞こえる声は若林のものだけど。

「んだよ、冷てーの」

もぞもぞとシーツをめくりあげて若林が顔を出す。マナは呆気にとられて口が開いたままだ。

ずるずる引きずってきたらしいシーツをマントのように肩にかける。

「手抜きすぎじゃないですか」

「だって仮装なんて思いつかねーしめんどくせーし……お前こそなんだよそのねこみ」

「放っておいてください」

妙なところに突っ込まれる前に遮る。言われなくても恥ずかしいのだ、言われたら帰りたくなるじゃないか。

わたしが嫌そうな顔で睨むと若林は少し嬉しそうに口角を上げた。なるほど、セナが若林を嫌うのもわかるかもしれない。

なんだかイライラしたから若林を無視して先に歩き出したけれどマナと一緒にすぐに追いつかれる。正直一緒に居たくないが、セナのところにいけばどうせ標的が変わるのだから少しの辛抱か。

「な、これセナ驚くかな」

「驚く前に追い出されそうですけどね」

「シーツおっきいもんね~、踏んじゃわない?」

「踏む踏む、結構転びそうになった」

ずるずるずるずると引きずられるシーツがうっとうしくて、マナと一緒に裾を持つ。

頭にシーツをひっかけて自然と先頭を歩くことになる若林が楽してるように思えて、また少しいらっとしたから膝を小突いてやると、面白いくらいに後ろに仰け反って、胸がすっとした。

+++

「いらっしゃいませ! 1日限定BlueLoseへようこそ!」

からんからん、という入店の音と共にセナの明るい声が店の中を響き渡る。BlueLoseと書かれた小さな黒板が扉のすぐそこにはかけられていた。

家を少し改造しただけのそこは、少し広めのワンルームに二人用の机が2つと四人用の机が1つ置いてあるだけだ。一応、カウンター席も台所前の壁に4つ、ある。

宣伝の効果があったのか、まだ昼より少し早いので混んではいないが席は全て埋まっていた。

「あっ、ユイにマナ! 来てくれたんだ!」

わたしたちの姿に気付いたセナがぴょこんと振り返る。

大きな暗い紫の帽子に同じ色の露出の高いワンピースを着ている。お下げに結われた短めの髪が一緒にぴょんと跳ねた。

おそらく魔女の格好だろう、かわいい顔をしているだけあって、本当によく似合う。

細い両腕で持っているのはパフェとケーキと紅茶が3つ。店はカボチャと砂糖の甘い匂いで溢れている。

「ちょっと待ってて、すぐ終わるから」

そういってぱたぱたと客へ注文の品を届けに行く。普段とは違う、ふざけているときの笑顔じゃなくて心から楽しんでいる笑顔で、見ているこっちが嬉しくなる。

1日だけでも、こうして目標にしていることをできているのが本当にうれしいんだろう。

「…楽しそうだね、セナちゃん」

「そうですね。…なにしてるんです、若林」

「…………」

順当に仕事をこなすセナを見てマナとほほ笑み合う。それから、またシーツを被り直したらしい若林に声をかける。

若林はわたしたちの一歩後ろで、嫉妬とも独占欲とも取れるような怒気を発していて、少し他人のフリをしたくなる。

声をかけても聞こえてるのかもわからない。ただセナの方をじっと見つめている、ように見える。穴がその方向に向いているからおそらくそうだ。

「えへ、お待たせ」

「おいセナなんだよその服!!!」

「あんただれよ!」

はにかみながらセナが戻ってきたとたんに若林がシーツを被ったままセナに迫る。予想通り誰と問われるも、若林は怯まない。

どうせセナも誰かどうかはわかっているだろうから、結局はいつも通りの喧嘩、…だとは思うのだが。

「誰だっていいよそんなえっろい格好してんじゃねーよ痴女!!」

「魔女の服これしかなかったの! 似合うからいいじゃんどこ見てんの変態!」

「思い上がんなかわいいわ!! 変態じゃねぇ見せてんのおまえだろ!」

「はぁぁ!? なに口走ってんのキモいよ若林!!」

どさくさに紛れて口にしただろう本音をドン引きした顔で一蹴されて若林が目に見えて落ち込む。

それを気にする様子もなくセナはわたしとマナの方へ向き直る。意地は悪いけれどこれは少し気の毒だ。相当な勇気があっただろうに全否定とは。

「ったくこの変態…」

「若林くん…」

「…セナ、あれは少しかわいそうなんじゃ…」

「はー? なんで?」

心からわからないという顔をされる。彼の想いが届く日は来るのでしょうか。

「まぁまぁあんなシーツほっといてユイもマナもなんか食べてってよ! メニューもハロウィン仕様なんだよ!」

そう言いながらカウンター席へ誘導される。ちらと見た若林は床にうずくまっていて、店内のあちこちから同情の視線が寄せられていた。ご愁傷様です。

渡されたメニューは、飲み物は紅茶とコーヒーのみだったがスイーツの方はハロウィン仕様と言うだけあってカボチャを使ったものに限定されていた。それも結構なバリエーションだ。

「すごいね、これ全部考えたの?」

「すごいもなにも…普通のお菓子にカボチャ入れただけだよ」

とはいうものの、カボチャをこれだけ使えば一人では大変だろうに。マナと二人で感嘆の声を上げる。

その反応にセナも満足がいったのかにこにことおすすめを指さすので、マナはそれにして、わたしは別のものを紅茶と一緒に注文する。一口頂戴ね、とマナが笑う。

「そういえばユイ、そのねこみ」

「黙りなさい」

「かわいいでしょ、わたしが選んだんだよ!」

「うん、似合う似合う! いやぁハロウィンやったかいがあるね!」

「セナ、死んでください」

「やだよ!!」

そんなこと言ってるとユイには作ってあげないんだからね! なんて喚きながら台所へ足を向ける。

シスマに写真がなくてよかった、こんな姿を保存されるわけにはいかない。大体わたしがつけるよりもセナやマナがつけたほうが似合うと思うんですよ。

羞恥心に慣れることはなく、不満を言ったらきりがない。

「ちょっと若林、床にいつまでもいないでよ」

「うるせぇほっとけ、どーせ俺はキモいシーツだよ」

「邪魔だって言ってんの! それ脱いで手伝ってよ!」

「なんでお前の手伝いしないといけないんだよ!」

台所へ向かう途中セナが若林へとちょっかいを出す。手伝え、嫌だの応酬をしながら若林からシーツを奪おうとしている。

そんなことを5分ほどしたあと、諦めと同時に店内中から注目を浴びていることにセナが気付いてすぐに沸騰しそうなほど赤くなった。

それをさりげなくシーツから顔を出していた若林が下から覗いてたのをわたしは見逃さない。その位置は確実に、赤面だけでなくスカートの中も覗けたと思うのだけど、はたしてセナは気づいていたのだろうか。

顔を向けると同時に頭をシーツで隠した若林に渾身の蹴りを食らわせてからセナが台所へ走る。声にならない悲鳴を上げてもだえていたけれどこれは自業自得だと思う。

+++

「おまたせ二人とも」

「わぁ、おいしそう!」

甘い匂いと共にセナから注文のスイーツが机に置かれる。

ほんのりとオレンジ色の外側がかりかりと焼けたカップケーキと透明な器に白いクリームとオレンジ色の二層がおいしそうなプリン。

以前何度か簡単なものを作ってもらったことはあるが、いつも以上に力を入れていることは明白だった。

「おい、俺の分は」

「かぼちゃの皮でも食べてれば?」

セナの背後に亡霊のように若林が立つも流される。そのシーツはいつまで被っているのだろう。

背後からドアの開く音がしたからセナがまた慌ただしく接客へと向かう。客の足はなかなか途絶えることはなく、一人で相手をするのは大変そうだ。そう思いながら頼んだプリンを口に含む。プリンの部分の甘さに比べクリームの甘さが控えめに作られていてバランスがいい。なめらかな舌触りに思わず声が漏れた。

「…なぁ、これって俺いたずらしていいよな? トリックオアトリートのトリックしてもいいよな?」

「死ぬ覚悟があるのならどうぞ?」

「いたずら…」

セナに相手にもしてもらえない若林が呟く。なにをするのかは知らないがまぁまず殺されるだろう。

隣のマナがいたずらと言う単語でなにを考えたのか小さく早口でなにかを呟いていたが、なにも突っ込まないで一口分けてもらった。

+++

「混んできましたね」

「さっすが、セナちゃんだね」

スイーツも食べ終えのんびり紅茶の飲んでいたころ(結局若林も注文を聞いてもらえた)、クラスメイトたちが一気に流れ込んだ。おそらく示し合わせていたのだろうが、セナがてんやわんやになっている。

「あー、ユイじゃん。来んのはやー」

「猫耳かっわいー!」

「……どうも……」

人を見るなり早々に黄色い声が飛び交う。針のむしろに立たされている気分だ、顔が熱い。

やっぱりカボチャのお面がよかったとマナを恨む。

クラスメイトたちは男も女も規定通り仮装をしていて、中には手作りらしい人もいた。セナと同じ服の人やどうやってつけたのかコウモリの羽がついていたりだとか、黒い布を羽織って吸血鬼だぞー、なんてふざけてる人もいたりして。包帯をぐるぐる巻いて誰だかわからない人もいる。使い終わった包帯はどうするのだろう。

ただお店に来るだけなのに全力でふざけてくるあたり、シスマらしいと思う。

若林はちゃっかりシーツを被って他人のフリをしていた。見つかれば即刻いじられることだろう、さっさと餌食になってしまえばいいのに。

「あーっ! しまった!!」

クラスメイトたちの注文を聞いて準備しようとしていたセナが台所で悲鳴をあげる。

なんだなんだと全員して台所を覗くと、セナはなにやら大急ぎでなにかを書いていた。

「どうしたの、セナちゃん」

「若林!」

「えっ、俺?」

「今すぐ材料買ってきて!」

シーツを被ったままの若林にメモを押し付ける。横から覗いてみると、カボチャやら卵やら、その他もろもろが書いてある。

若林が慌ててシーツから顔を出して恐る恐るメモを取る。若林が驚いてなにも口に出来ない状態なのを横目にセナは話を進める。

「お金は出すし、あとで特別になにか作ってあげる!」

「え、まじ?」

「ユイとマナはウェイトレスやって! セナちょっと大急ぎで作んないといけないから!」

行け! とセナが叱咤する。その声に押されて若林がシーツを捨てて慌てて店を飛び出した。その横顔が嬉しそうだったのはきっと気のせいじゃない。

「セナ、ウェイトレスってなにを」

「マナ会計やって、ユイは注文とってきて。ほら何見てんの! 関係者以外立ち入り禁止!」

だいぶ焦った様子で、セナが野次馬を追い返す。普段お気楽なセナだが、どうやら相当せっぱ詰まっているようだ。

「セナちゃん、そんなに焦ることなの?」

「思ったより作った量が足りなくて…今から急いで作るけど、ここにいる全員分はないの。とにかく注文聞くだけ聞いてきて、あと適当に客の相手してくれればいいから」

こちらも見ずにセナは手際よく作業をすすめる。大量のカボチャの皮と卵の殻などが、ゴミ箱には押し込まれている。

その目は完全にプロの目だった。

+++

「うはっ、つかれたぁ~」

がこん、と大きな音を立てて椅子へ座りこむ。

外の看板は取り外し、閉店をしていた。客も、もう全員帰ったあと。

若林がいるのも気にせず机に脚をかけてぐだっている。若林が後ろで難しそうな顔で見ているが、多分ギリギリ見えないのだろう。

若林がパシられたあと、店はてんやわんやだった。

机が足りず順番待ちになったり、メニューの金額がわからず注文を取るのがおそかったり、てんぱったマナがおかしな金額をたたき出してみたり、若林が帰ってきたとたん二人の喧嘩ショーが始まったりと、なかなか内容の濃いものだった。

おかげで全員くたくたで、現在こうして各自椅子にもたれていた。

「はぁ、たくさんお客さん来たねぇ~」

「ほんとだよ、こんなに来るなんて思わなかった…」

「お前宣伝しすぎじゃねぇの? なんで俺がパシリなんか」

「セナ、足降ろしなさい。見えますよ」

「スパッツ履いてる~」

「……チッ」

舌打ちが聞こえたが無視する。どうやらあのとき下着は見えてなかったようだ。

成功してよかった。セナが小さく呟く。

「これで、中学卒業したら安心して店開ける」

「…試運転だったんですね、やっぱり」

「うん。おねえが育てた店だもん…やっぱり、たくさんの人に来てもらいたい」

姿勢を直して、セナが語る。

「がんばってよかった…。いままでユイとかに作ったことはあるけどさ、おいしいって言ってもらえると、やっぱり嬉しい」

今日はありがとう、そう笑う。

その笑顔は満足に満ちたもので、こちらもつられて嬉しくなる。

またセナの淹れた紅茶が飲みたい。

ふとそう思って、近い未来、彼女がここで明るく出迎えてくれるのを、想像した。