東日本大震災の津波が準絶滅危惧塩性湿地植物に

及ぼした影響の保全遺伝学的解析


2017年2月24日

大林夏湖

(京都大学生態学研究センター・研究員 /

東京大学大学院総合文化研究科・学術研究員)

自然攪乱は動植物の個体群動態に影響を及ぼす動的プロセスで、生物多様性を維持するメカニズムの一つと考えられている。また自然攪乱は個体群内・個体群間の遺伝的構造の変化をもたらす。遺伝的構造に攪乱が及 ぼす影響を調べるには、攪乱前後の同一地点での個体群内の遺伝的構造を比較する必要がある。しかし、自然攪乱がいつ起こるかは予測不能であり、攪乱前後の遺伝的構造の変化を分子遺伝学的手法(マイクロサテラ イトマーカー、以後SSRマーカー)を使って解明した研究はほとんどない。

カヤツリグサ科スゲ属オオクグCarex rugulosaは河川干潮域や汽水湖の砂州に生育する塩性湿地植物で、種子繁殖と栄養(クローナル)繁殖の両方を行う。近年、河床掘削など河川干潮域の人為的改変により生育可 能な汽水域砂州が減少し、環境省レッドデータリストで準絶滅危惧種に指定されている。演者らは、太平洋沿岸個体群の津波前後の遺伝的構造変化についてSSRマーカーを用い保全遺伝学的解析を行った。その結果、 津波による攪乱でどの地点でも遺伝的多様性が回復し、地点間の遺伝的分化(Fst)が減少したことから、個体群の分断化(孤立化)が緩和されたことが明らかになった。