次回のセミナー

2023年325日(月曜日) 東京大学駒場キャンパス (15号館 106教室)

14:00~15:30

寺尾 勘太  博士(島根大学 学術研究院理工学系)

環境の変化に応じた行動決定を制御する微小脳

要旨:

『行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。』(方丈記, 鴨長明)動物を取り巻く環境は刻々と変わっていく。動物は環境からの情報を受容器によって受け取り、その経験を学習し、過去の経験と現在の状態に応じて行動決定をする。行動決定を実現する認知機能は、脊椎動物と比べれば微小な脳を持つ昆虫にも存在し、その研究が続けられてきた。本セミナーでは環境の変化に即した再学習の実験モデルとしての消去実験、および社会的な環境の変化による報酬応答の変化について、昆虫を動物モデルとした研究を紹介する。

 依存症や心的外傷後ストレス障害 (PTSD)は、薬剤や恐怖経験の記憶について、環境の変化に即した際に再学習が十分に生じないことが原因の一つである(Milad and Quirk, Annu Review Psy 2012) 再学習の実験系として消去 extinction は利用されてきた 。本セミナーでは、講演者が記憶・学習の実験動物として用いてきたフタホシコオロギの消去実験について紹介する。

 動物個体を他個体から隔離して単独状態に追い込む社会的隔離に伴う認知機能低下は、動物の生存に不利な病的な変化と捉えられてきた(Mattew et al., Cell 2016)。一方で隔離による影響は、社会環境に応じて柔軟に表現型を変える性質を反映している可能性がある。従来の社会的な環境の変動についての研究は、真社会性昆虫を含むいわゆる社会性動物を中心としてきた(Chittka and Rossi, Trends Cogn Sci 2022)。社会的隔離のような環境の変動はその生態に沿わないため、知見が負にバイアスしている可能性がある。本セミナーでは、自然下で社会的に疎・密のどちらの環境でも生存し、その変化を経験し得るモデル生物としてコオロギを位置づけ、その認知機能への影響を探った実験についても紹介する。


研究室HP: https://sites.google.com/view/teraokanta/home-%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0

15:30~17:00

植松 圭吾 博士(慶應義塾大学 自然科学教育センター

巣を持たない状況下での真社会性進化

要旨:

 不妊の利他的個体を伴う真社会性の進化において、閉鎖的な巣の存在が必要だと考えられている。アブラムシも例外ではなく、不妊の兵隊階級は宿主植物にゴール(虫こぶ)を形成する種で進化してきたことが示唆されている。しかし、一部の種ではゴールを形成しない状況下で不妊の兵隊階級が存在し、その進化・維持機構は大きな謎となっている。

 アブラムシは生活環において宿主植物を転換し、各宿主世代が異なる表現型を示す。ボタンヅルワタムシ属の2次宿主世代で生じる不妊の兵隊階級は、ゴールを形成する1次宿主世代の不妊ではないが攻撃行動を示す幼虫の発生プログラムを転用することで進化したという「宿主世代スリップ仮説」が提唱されていた。本研究では、この仮説をボタンヅルワタムシ属4種について外部形態・遺伝子発現を用いて定量的に検証した。その結果、兵隊分化に関連する遺伝子の発現が1次宿主の個体と類似していた。興味深いことに、より祖先的な兵隊を持つ種ほど、外部形態や遺伝子発現パターンが1次宿主の個体と類似している傾向が見られた。これらの結果は、「宿主世代スリップ仮説」を強く支持する。不妊の利他的個体の起源において何が起きたのか、表現型変異をもたらした遺伝的基盤とその適応をもたらした生態学的要因について考察する。


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