第28回 コウモリ類のエコーロケーションの進化発生学的研究

コウモリ類のエコーロケーションの進化発生学的研究

野尻太郎(東京大学 総合研究博物館 D1)

哺乳類で唯一空への進出を果たしたコウモリ類は生理・生態・形態におい て極めて多様化したグループであり、その種数は実に哺乳類全体の約20%を 占める。このコウモリ類を特徴付ける生態の1つに反響定位 (エコーロケーシ ョン)がある。反響定位とは超音波を発信して反射した音の変化を利用して周 囲の環境を把握し、獲物の位置を捕捉する行動を指す。反響定位には超音波 発信の方法によって3つのパターンがあり, 口発信型, 鼻発信型, 舌発信型があ る。このうち口発信型と鼻発信型はいずれも喉頭の筋肉収縮により高周波音 を産生しており、互いにコウモリ類の異なる系統で獲得されている。この喉 頭を用いた超音波発信はオオコウモリ科では獲得されておらず、この科のう ちルーセットオオコウモリ属のみが舌打ちによって生じるクリック音を利用 した反響定位を行う。コウモリ類における反響定位の進化的起源については 次の2つの仮説: 1) 共通祖先で獲得され、現生のオオコウモリ科で失われたと する「単一起源仮説」, 2) コウモリ類内で口発信型と鼻発信型とに収斂進化し たとする「複数起源仮説」があるが、基盤的なコウモリ化石記録の不足等に より未だ決着がついていない。


そこで我々は反響定位の超音波受信機能を担う蝸牛の形成過程に着目し た。蝸牛とは周波数の高低を感知し音響シグナルを電気的なシグナルへと変 換して聴覚系へ伝達する役割を果たす内耳の器官であり、超音波を利用する コウモリでは極めて肥大化した蝸牛が獲得されていることが知られている。 我々は仮に反響定位が独立に獲得されたとするならば超音波受信機能を担う 蝸牛の発生過程に変異が生じるのではないかとの予想を立て、コウモリ類20 種, 他哺乳類6種の間で蝸牛発生の比較を行った。


本セミナーでは反響定位がコウモリ類で如何にして進化してきたかを進化発生学的に検討した結果を紹介する。