市民共働型の流域治水

全国雨水会議 大阪 で発表したファイルをPDF化し下端に添付しましたのでご活用ください。↓

福岡市の樋井川で行っている流域治水の基本的な考え方について2010年6月に書いた文章である.

1. 発端と市民会議

2009年7月24日、福岡市は局所的には時間雨量100mmを超える集中豪雨に見舞われた。福岡市中心部を流下する樋井川の沿川は洪水氾濫により一時避難勧告が出るなど、大きな被害をこうむった。そこで筆者らは流域全体の保水、貯水、浸透能力を高めるための治水を実施するための母体として樋井川流域治水市民会議を昨年10月4日に立ち上げ、市民共働による流域治水に挑戦することとなった。これまでに9回の市民会議を行い現在も継続中である。7回目の市民会議の終了後の今年1月には市長および知事に「樋井川流域治水に関する提言書」を提出している。

2. 市民共働型流域治水とは

福岡市都心部の住宅街を流れる小河川樋井川が今年、豪雨により氾濫した。流域のほとんどは住宅地であり、流域の都市化によって氾濫が発生したのである。昨年の神戸の都賀川や沖縄の小河川においても集中豪雨による急激な水位上昇により人が流される災害が発生している。このような災害は都市化による流出形態の変化によるものである。すなわち国土の改変によって水循環系が変わり、洪水が発生しているのである。かつての水田や山林は住宅地へと変わり、都市に降った雨は途中で溜まることも浸透することも無くあっという間に河川へと流出するのである。降雨から河川までの流出時間は10分から20分、もし川で遊んでいたならば雨が降り出したらすぐに逃げないと間に合わないような短時間である。都市化によって洪水到達時間は驚くほど短縮し、ピーク流量は2倍以上になる。

このような都市洪水にどのように対処すればよいのであろうか?一つの考え方は、増大する流量に対応できる治水施設を整備する手法である。河道を掘削する、大規模な地下放水路を構築する、河川沿いに遊水地を造るなどの方法である。いわゆる洪水流量対応型の従来型の手法である。

もう一つの手法は、流域から出てくる雨水の流出量を抑制し、どうしても氾濫が抑制できない場所は氾濫域に戻す手法である。住宅、公共用地、公共施設などに水をため、浸透させ、下水管に流れ込むまでなるべく自然の形態を持つ開水路で流す。貯めた水は、トイレ用水などに有効利用する。河川沿いの氾濫域はなるべく買収し、自然の土地に戻していく。洪水処理と同時に適正な土地利用のあり方を求め、さらに自然環境の回復も求めていく。治水事業に市民が参加し、あわせて地域づくりへも貢献していく。これを達成するためには河川部局だけではできず、市民や企業の協力、さまざまな分野の行政部局の協力が必要である。

私たちは後者の手法こそこれからの時代の国土整備の方向性を示す手法であると考えている。治水対策が単に治水対策に終わらず、治水対策を行うことによって、多くの人々が地域のことを考え、参加し、より持続的な社会を構築していく。あわせて、緑豊かで、生き物にも触れ合うことができ、子供たちが生き生きとした環境を整備していく。

私たちはこれから福岡で多くの人と供に市民主体の流域治水を実現していきたいと考えている。これから新しい時代に入って行く。さまざまな分野で社会資本はどうあるべきなのかを提案し、実践していかなければならない。勇気を持って、これまでの考え方や仕組みを大きく変え、様々な分野の人が手をつなぎ、次世代、次次世代が夢や希望が持てる社会へと変革することが私たち大人の責務である。

これを実現するために樋井川流域治水市民会議を立ち上げたのである。市民共働型の流域治水とは、流域住民が主体となって、流域のすべての場所を対象に、保水・貯水、浸透などの手法により流出抑制を進める取り組みのことである。単に治水のための治水ではなく、流域で治水対策を進める過程で地域の景観や自然環境が改善され、それが福祉さらに地域づくりへと発展することを目指す治水である。

共働とは、協働を一歩進めた概念であり、それぞれの人あるいは団体が連携しさらに主体的に活動することである。

3. 総合治水との違いは

私たちが、推進しようとしている樋井川を対象とした市民共働型の流域治水(以降、樋井川流域治水)とこれまでの総合治水の違いは何であろうか?

まず第1点目は主体の差である。樋井川流域治水では市民が主体になり、行政、関連団体と共働しながら取り組みを進めるのに対し、総合治水は、河川管理者あるいは地方自治体が主体である。そのため、両者では目線が異なる。樋井川流域治水が市民目線であり、生活者の視点に立っているのに対し、総合治水は河川管理者あるいは統治者の目線である。この主体の差によって、進め方、治水の手法に差異が出てくる。したがって、樋井川流域治水では、流域内の各地に主体的に流域治水を進めようとする多数のグループが形成される必要がある。すなわち主体形成が重要である。

次に、目的である。総合治水は洪水防御、しかも河川からの氾濫防止が主目的であるのに対し、樋井川流域治水では下水道、河川からの氾濫、道路からの溢水などによる浸水防止とともに、地域や水辺の景観・自然環境の向上さらに街づくりへの発展を目的としている。出発点は環境であり、流出抑制はその手段である。

次に洪水防御の目標である。総合治水では確率論に基づき安全度を設定し、河川の基準地点の基本高水流量を求め、流域からの流出抑制量を決定している。目標は確率降雨であり河川流量である。一方、樋井川流域治水では、対象とする降雨を、過去の履歴に基づきながら合意形成により決定し、流域からの流出抑制率を設定し、それを各学校区あるいは各施設に割り振る。目標は合意による降雨であり、流出抑制率である。地球温暖化により降雨形態が変化する中で、確率論による目標設定には限界があると考えている。樋井川では、昨年の降雨が流域平均で71mm、局所的には100mm

を超える雨となっていることから、1時間降雨100mmを目標に計画を立案中であるが、目標設定、計画手法についてはさらに研究を進める必要がある。

次に対象とする地域である。これまで総合治水は開発が進みつつある新市街地を主対象としているのに対し、樋井川流域治水では既成市街地を対象としている。そのため、前者は規制型で流出抑制を進めることが可能であるが、後者は住民の自発的な取り組みが必要であり、規制による普及が困難な地域である。

次に流出抑制の手法に差異がある。総合治水は保全区域の設定と遊水地、調整池など点的技術が中心である。一方、樋井川流域治水では、薄く広く貯水、保水することを基本的な手法とする。たとえば、学校であれば土壌中に50mm、地上に50mm貯水することができれば100㎜の降雨に対応できると考えるのである。また、貯水、保水する時に、生活者にプラスとなるような仕掛けが重要である。たとえば、非常におしゃれな雨水タンクとか、雨水をトイレ用水や散水用水として使った場合に上下水道料金が減免されるなどの措置である。

貯留施設の導入に関しては、総合治水が規制中心型であるのに対して、樋井川流域治水は自発型、誘発型である。行政手法としては、助成制度など自発的な活動を支援する施策が重要である。

その他、なるべく地場材を用いる、河川整備の時には周辺地域と一体的に整備し環境の向上を図る、貯水・保水を進める際に技術的なアドバイスをする雨水士などの制度、子供たちと一緒に水を貯めその過程で独居老人への話しかけを行うなど持続可能性や環境面、福祉面への展開が図れる工夫を行いたいと考えている。

以上のように総合治水と樋井川流域治水は、流域で貯水・保水・浸透させることにより流出抑制しようという出発点は同じであるが、そのプロセスメイキングはまったく異なることが理解できるであろう。

4. 市民会議の経過

2009年樋井川水害を契機に筆者らは、樋井川流域治水市民会議を立ち上げ、流域抑制を軸とした治水対策を提案している。6回の市民会議、1回の現地見学会、2回のシンポジウム、4回の地元説明会を開催し、議論を積み重ね、平成22年1月28日には福岡市長、福岡県知事あてに提言文を届けた。6月1日現在で9回の市民会議、ため池関係者や地方自治体等との話し合いを重ね、具体的な取り組みへと少しずつ進んでいる。1回の市民会議の参加者は、被災地の住民、流域住民、行政関係者、学生などおおむね百名程度であり、マスコミ等の協力もあり徐々に市民へと広がっている。

5. 土地利用別の流出抑制の抑制目安

図に樋井川流域に占める土地利用別の面積割合を示した。山地が一番大きく、次いで、個人住宅、集合住宅、道路、学校、公園の順になっている。ため池は面積的には1.5%であるが、集水面積も含めると14.4%になる。

提言では、土地利用別に以下の式に基づき抑制率の目安を算出している。

占有面積率(集水面積率)×実行可能性×抑制率=流域に対する抑制率

山地:現状維持 抑制率への寄与(以下この文を省略する)0%

農地:現状維持 0%

ため池:14.4%×0.9×1.0≒13%(0.9の意味は90%の場所で、1.0は時間雨量100mm時の雨を全て抑制するという意味である)

学校:5.4%×1.0×1.0≒5%

公園:5.3%×0.8×1.0≒4%

公共施設:2%×1.0×1.0=2%

空き地:1%×1.0×1.0=1%

住宅その他:50%×0.6×0.5=15%

ため池および住宅その他に期待される流出抑制率が大きいことが分かる。水を集水することなく、現状の水システムの中でオンサイト貯留・浸透による流出抑制を図るためには、農業関係者との協力、都市住民との協力が必要であり、市民共働をどのように進めるかが鍵であることが分かる。

6. おわりに

樋井川流域治水市民会議はまだ始まったばかりであり、今後の展開は楽しみであるとともに予断は許し難い。しかし、住民が主体となった、流域全体での流出抑制によって初めて、安心して水辺に近寄れる河川が再生され、さらに治水が地域づくりへと発展するものと確信している。新しい時代にふさわしい流域治水に取り組んでいきたい。