小水力による中山間地の産業創成と地域づくり研究 最終成果

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JSTの研究です

プロジェクト名:I/Uターンの促進と産業創生のための地域の全員参加による仕組みの開発

研究代表者名:島谷幸宏(Yukihiro SHIMATANI

研究代表者所属・役職:九州大学工学研究院環境社会部門・教授

【研究開発目標1】

地域に分散する自然エネルギーを地域の中で使うことにより、どの程度の人口が都市から中山間地に移動可能か。その結果どの程度のCO2削減効果があるのかを定量的に求めること。

本目標を達成するために、自然エネルギーのみにエネルギーを頼ることが可能な人口を市町村ベースで求める。

1.分析モデル

(1)自然エネルギーポテンシャルの把握

中山間農業地域の自然エネルギーポテンシャルを3次メッシュ(1km四方)単位で把握した。総務省の緑の分権ガイドラインに沿った利用規制の強(シナリオⅠ)、弱(シナリオⅡ)の2シナリオを設定した。

(2)過去の人口による制限要因の設定

農山村人口が最大であった昭和25年市区町村をGIS分析の空間単位とし、昭和25年時の過去人口をIUターンの制約要因とした。

2.分析結果

(1)自然エネルギー制約

自然エネルギー制約のみに基づく還流可能人口は、シナリオ1で32百万人、シナリオ2で100百万人と大きな値となった。風力発電のポテンシャルが大きい北海道、東北地方、島嶼部、沿岸部で人口還流可能人口が多い。また、中山間地域では中小水力による可能性が示された。

(2)過去人口制約を加味

「過去人口(S25)-将来人口(H47)」に基づき地域ごとに、自然エネルギー制約と過去人口制約による還流可能人口を比較し、小さい値を採用すると、還流可能人口は、シナリオ1に基づくと4.7百万人)、シナリオ2に基づくと9.8百万人となる。国立社会保障・人口問題研究所の将来予測では、平成47年の全国人口は1.1億人であり、中山間地域の人口構成率は10%で11百万人である。本研究開発の人口還流モデルを採用した場合、人口構成比は14%となり、平成17年時点をも上回る結果となった。

(3)還流可能人口に基づくCO2削減効果の推計

農村地域でのエネルギー自給によるCO2削減効果(自給効果)とエネルギー自給農村で新たに人口を受け入れることによるCO2削減効果(還流効果)の和として、将来のCO2削減量を推計した。

シナリオ1、2に基づく社会条件と自然条件の両方の条件を加味したCO2削減効果は31~42百万t-CO2と求められ、これは2010年度の家庭部門全体の排出量の13~17%削減に相当する。

【研究開発目標2】

I/U ターン者受け入れを促進するための、「地域資源を活用した地域産業」創出を進めるため、地域の自然・文化資源の発掘による地元力を誘発し、地域内部の摩擦を克服し、全員参加で構築する地域経営体(社会的企業)の組織原則や仕組みの開発・実証を行なう。

(1)対象地域

研究開発対象地である宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町は、九州の中央に位置し、県庁所在地から遠く、人口減少、少子高齢化、獣害問題などの課題を抱え、隣接する高千穂町、阿蘇地域に比較すると観光・知名度の点から後れを取った地域である。さらに自然エネルギーの点からも、ふんだんな水資源を誇る宮崎県の他地域、阿蘇地域に比べると五ヶ瀬川源流地域という奥座敷であるため水資源が相対的には豊かではない。人口の漸減と閉校や医療施設・助産院などの施設の遠隔化などにも悩まされている。しかし、平成の大合併に参加することなく、中高一貫の五ヶ瀬中等教育学校にて、全国的にも極めて質の高い教育を進めるなど、ユニークな独自の地域性と気風を持った地域である。したがって、このような地域で有効性を確認できた手法は、中山間地域で、なお独自の文化的伝統や気概を維持している全国各地への応用の可能性が高いと考える。

本プロジェクトでは、地域社会におけるさまざまな社会の課題は、どこかが分断され、何かの要素が欠けていることによって発生しており、そのまだ見えていない部分、すなわち「ミイシングリンク」を発見し、「その要素を補うか、あるいは切れた部分をつなぐことにより、地域の課題は解決される」という地域分析の方法に基づいて、地域における様々な課題を地域における解決手法に関する研究を行った。

また、地域の全員参加の仕組み構築にあたっては、年齢層、属性、性別、職業等、様々な主体に対して、五ヶ瀬町が抱える課題を住民へ聞き込み(PJ開始後半年で150人、延べ500回)をしながら、対話議論を重ね、I/Uターン者の受け皿となりうる地域資源(特に小水力)を活用した地場産業の創出を進め、全員参加の社会的企業の仕組みづくりの開発と実証を行うこととした。

(2)地域の関心・懸念と地域構造の把握

地域住民へのヒアリング、祭り等の行事への参加、お寺における関係者へのヒアリングなどから、地域の関心・懸念、地域構造を把握した。地域が抱える懸念・関心は、①少子高齢化、②IUターンをしたくとも働く場がない、③転勤族母親層の孤立、④お産施設がない、⑤鹿、猪などの獣害に悩まされ農業が疲弊していく、⑥地域特産品の創出(ビオラ、パプリカ、お茶、しいたけなど)を積極的に行う人がいるがバラバラで地域全体の力につながらない、⑦第三セクターであるワイナリー、スキー場の経営がうまくいっておらず、第三セクターにおける雇用が維持できるのかという懸念があるなどである。これらは多くの人に共通しているが、④は女性が強い関心を持っており、男性と女性によってその重点は異なる。また、地域の構造は見かけ上、過去の3町村に分かれているが、実際はお寺が4カ所あり、その勢力圏と地域住民が捉えるコミュニティーとしての空間は同一であり、全員参加の仕組みを構築するときに、4地区への同時展開などの仕組みが重要であることが把握された。

(3)研究成果地域に根ざした「自然エネルギー社会企業」のモデルを構築

自然エネルギーを地域の持続的発展のために使い、IUターン者受け入れを促進するため、地域の自然・文化資源発掘による地元力を誘発し、地域内部の摩擦を克服し、全員参加で行う「自然エネルギー社会企業」のモデルを構築した。自然エネルギーを活用し、雇用を確保し、資金を蓄積し、地域の社会問題を解決するための活動を行う構想である。具体的には、小水力発電施設の設置、バイオマスエネルギー施設の設置、それら施設の管理、建設資金の調達、地域との社会的合意形成、地域への収益還元と社会問題解決事業への投資を行う。

市民債権や市民出資の手法を用いて、「自然エネルギーファンド協同組合」のような仕組みと連携することで、都市住民や五ヶ瀬町出身者との連携関係も構築する。それに対する配当としては、金銭ではなく、地域産物を充てる等して五ヶ瀬町への関心を呼び起こし、IUターンのきっかけづくりを行う構想である。

本研究開発PJでは、PJ終了後の継続性を担保することも考え、地域の自然エネルギーを地域のために活用する主体として、「五ヶ瀬自然エネルギー研究所」を設立(2013年1月)。五ヶ瀬町の地域人材として、本研究開発PJに当初から参加している石井勇氏が、五ヶ瀬自然エネルギー研究所の所長(専任)に就任した。

(4)その他の成果

信頼関係ベースドの社会的合意形成手法の開発

本研究開発PJでは、関係者の信頼関係を構築することを基本においた合意形成手法を開発した。すべての合意形成は関係者間の信頼関係の上に成り立つもので、特に等PJチームのように外から参入した場合にはそのチーム自体の信頼性の確保がすべての合意形成、地域における主体形成の基礎となる。本PJでは、全住民参加を目指しており、五ヶ瀬町内のすべての地区、すべての階層の住民に等しく信頼される必要がある。

そのため、PJチームの構成自体を年齢・性構成・文理融合などに配慮し、丁寧に、多方面・多角的に、バランスを取りながら信頼関係の構築を図った。そのため、一見、本PJと関係のない関係者との対話や取り組みを行ったように見えることもあるが、地域全員参加の仕組みを構築するためには、一見無駄とも見える広範な取り組みが重要である。信頼関係の構築をベースにおいた社会的合意形成手法は円滑に地域での主体形成の実践を進めていくために有効な手法であることが明らかとなった。

なお、本研究開発PJにおける多方面・多チャンネルな仕掛けとは以下のような点を指す。

・寺・神社巡り⇒地域の社会構造の把握、多面的な情報収集、地域が4つの地区に分かれている社会空間構造の発見、公民館長会と弁指関係の発見

・子育てセンター⇒地域の懸念への対応、研究拠点を子育てサロンとして開放、子育てセンター運営のノウハウ、子育て世代のママさん:孤立からつながりが生まれる

・鹿教育⇒地域の懸念への対応、獣害被害がひどい地区で鳥獣被害環境教育を実施

・バースセンター視察⇒地域の懸念への対応、女性方の主体形成につながる

・公民館長会、議会、町への説明

・小水力発電デモンストレーション

・勉強会「五ヶ瀬IU研究会」・個別説明会⇒モデル地区・先行地区の主体形成

・「緑の分権改革」(総務省)への応募⇒町役場の主体形成

多チャンネルの課題に対応する柔軟な研究開発チーム体制の構築

本PJチームの構成は全員参加による仕組み構築のためにデザインしたものである。多面的で予想外のことが起こる、地域づくりの現場において極めて有効に機能した。このチーム編成自体が社会技術としての成果であると考えている。年齢層、性別、職業、在地の人、I/Uターンの人、都会に住む人など多様な人材であり、大学関係者は文理融合の研究者からなる。

具体的には大学(九州大学工学系、兵庫県立大学人文系)、企業(パシフィックコンサルタンツ)、市民活動(五ヶ瀬川流域、隣の大野川流域、九州の川仲間ネットワーク等)から構成される。

社会的ミッシングリンクの概念構築

地域の社会課題の基本的な捉え方として、社会の課題は、社会を円滑に回すための何かが欠けているために連環が上手く行かず、そのために課題として表出していると捉え、「ミッシングリンク」概念を構築した。

「ミッシングリンク」とは、連環のあるべきものが欠けている状態を指し、元々生物進化に用いられた語であるが、近年IT関係や道路関係でも用いられるようになっている。しかし、地域づくりに対して用いられた例は無く、本研究開発のオリジナリティの一つであると考えている。「ミッシングリンク」概念を用いて、農山村や林業、獣害の現状、適正な地域小水力発電の導入プロセスについて分析を行った。ミッシングリンクを補うあるいはつなぐことにより、地域の課題は解決されるという基本的な態度に基づいて、様々な課題解決にあたる社会技術研究開発を行った。社会的ミッシングリンクの手法は、様々な課題に対して有効であることが実証された。

小水力発電のミッシングリンク:解消と導入の道筋、コスト、水利権、合意形成、系統連係

小水力発電のミッシングリンク解明する方法を構築した。まず、地域主体による、理想的な小水力発電の導入プロセスを考える。その上で、小水力メーカーや電力会社、地域の土木・建設業者やコンサルタントへのヒアリングと現状調査、事例の収集・分析したデータを重ね合わせ、プロセスの連環のなかで表現する。小水力導入のための社会的障壁となっている事象や困難となるポイントを整理し、反映することでミッシングリンクを解明することが出来る。

小水力発電の場合、水力エネルギーは地域に根ざしたものであり、水利権など地域の権利に従属するものであるため、地域住民の合意形成が出発点となる。次に、流量観測や環境評価を行い、発電ポテンシャルを評価し、適正地点と発電計画を策定する(=「川見分け」)。並行して、事業主体を形成し、資金を集め、手続きをクリアする。ここにはクリエイティブなアイデアが求められる。以上を経て、水車や発電機、システムの設計・製作に入り、完成後、施工・運用の開始に至る。

小水力の場合、次の4点の課題が明らかとなった。

1. ポテンシャルの評価や適正な発電計画策定を行える人材が極端に不足している

2. 発電事業では、開発者が権利を得るため、地域の利益となる発電所設置のためには、資金集めの方法に工夫がいる(市民出資等)

3. 日本の水力発電メーカーは、受注生産であり、コストが高く、納期も長い(設計から完成まで最短で8~10カ月程度かかる)

4. すべてのプロセスがつながっておらず、合意形成から施工、運用までをトータルにマネジメント出来る人材(あるいは組織)がない

さらに、水力発電所が完成した後には、水路の管理、取水口の清掃、広報・取材対応や見学対応、トラブル対応やリスク管理など総合的な維持管理システムの構築も必要となる。本研究開発PJ終了後の自足性も考えながら、一つひとつ課題をクリアしていきつつ、地域主体による小水力発電導入の道筋をつけた。

成果を、「地域に根ざした自然エネルギーによる地域内循環を高めるためのガイドライン」にまとめた。また、小水力の社会的ミッシングリンクを解消し、適正技術の観点から導入をはかる導入支援会社を、九州大学発ベンチャーとして設立した(=「Rivi (= River and Village)」)。

本研究で得られた成果、ノウハウを、全国での小水力発電開発を促進に提供していく。Riviやガイドラインが活用されることで、全国での小水力発電導入のための地域内合意形成の促進や地域に合わせた適正技術・社会技術開発に貢献し、全国的な普及にも拍車がかかるものと期待される。

社会的障壁に対する非回避的対応手法の開発:水利権

河川における新規発電水利権の取得にあたっては、他の水利権者、漁業権者との協議、正常流量の算定等、(1)社会的合意形成、(2)河川技術、(3)河川行政に関する専門的知見が必要とされ、河川管理の素人にはハードルが高い。特に正常流量の算定は専門的な知識が必要である。また、河川管理者側もこれまで経験や実績がないことが多く、協同学習・実践の機会を設計する必要があった。そのため本研究開発PJでは、国土交通省九州地方整備局、県等の参加による「小水力発電の水利権研究会」を主催し、情報や知見、手続きの方法等を共有する仕組みを開発した。

そこで中心の問題となったのは、水利権獲得時に設定する必要がある維持流量についてである。その設定は河川技術の専門家以外は困難である。コンサルタントに発注するとコストがかかり、水力発電導入の大きな足かせとなっている。維持流量設定時に最大の課題となるのが発電による減水が生態系に及ぼす影響であるが、科学的な研究は国際的に遅れている。そこで、科学研究費萌芽的研究「小渓流に設置した小水力発電施設が生態系に及ぼす影響と評価に関する研究」(研究代表者 島谷幸宏)を開始し、科学的に減水が生態系に及ぼす影響を明らかにしつつある。あわせて、国土交通省が設置している山間部河川における維持流量設定に関する検討委員会の座長として島谷は、委員会と科学研究費を連動し、より簡易な維持流量の設定手法の確立を試みている。研究開発を継続し、小水力発電導入に係る水利ガイドラインを設定することで、小水力発電導入の全国的な普及にも拍車がかかるものと期待される。

小水力デモンストレーションの手法の開発

太陽光や風力発電とちがい、小水力発電と聞いても、具体的にどのような設備なのか、システムなのか、イメージ出来ない住民が多い。そのため、小水力発電の導入や地域主体形成に対して、10W~1kW程度のデモ機を活用した親しみやすいスケールでの体験・共同学習の機会を創出することが有効であった。

以下3点の危機を活用した小水力発電デモンストレーションの手法を確立した。

-「ペルトン水車」1kW(ニュージーランド・エコイノベーション社製)

-「すいじん2号」1kW(東京農工大学、スルガ電機)

-「螺旋水車ピコピカ君」10W(駒宮PJ)

小水力デモンストレーション手法の構築により、身近な水で、身近な場所でエネルギーを生産することが出来るという実感を、地域住民は掴むことが出来るようになった。地域の関心が高まった後、気分だけ盛り上がって、すぐにしぼんでしまうことがしばしばある。盛り上がり始めた地域の熱を、具体的かつ持続的な実践と結びつける社会技術が、心で感じ、手触りで理解する、共感を基本的な概念とする小水力デモンストレーションである。技術が地域に根づくためのきっかけづくりの手法として非常に有効であり、関心を実践へと向かわせる可視化の技術であると評価出来る。小水力デモの手法は、全国での小水力発電導入のための地域内主体形成の促進に貢献できる。

地域内の人間-産業連環創出のモデル構築

自然エネルギー産業の創生および地域の全員参加による人と人の協力関係の創出が、産業連関を呼び起こし、雇用増大が図られるという概念モデルを作成した。

五ヶ瀬町では、将来、5000人の人口還流を考えているが、小水力発電、バイオマス熱エネルギーを利用したエネルギー会社の規模拡大による雇用増大、さらにその企業と地域の林業、木材産業が協力することによる雇用の発生、付加価値の高い農業と安価なエネルギーが連携することによる新たな産品の開発と雇用増大、風力発電施設をスキー場などの第3セクターが運営することによる赤字の解消による雇用の確保、自然エネルギー産業および高付加価値農業と観光業がリンクした魅力的な観光業による観光客の増大と雇用の増大、自然エネルギー産業と五ヶ瀬自然学校との連携などによる雇用の増大などがシナリオとして考えられる。これまで個々に努力していた産業間の協力関係が創出されることにより雇用増大が図られというモデルは地域に一体感を高め産業連関の機運を高めるのに有効である。

五ヶ瀬町では2014年までに、小水力発電を中心とした自然エネルギー会社の設立、それと連携した観光業、五ヶ瀬自然学校と連携した環境教育などの連関が発生しつつある。

このモデルは現在のところ概念モデルであり、その初期段階としては有効性を示しつつあるが、モデルの有効性の長期的な検証が必要である。

図―3 新産業創成と雇用増大シナリオ