水利権行政と発電

1.水利権とは

水利権とは、「河川の流水を占用し、流水を排他的に利用する権利」のことで、慣用的な呼称であり、法律上の呼び方ではない。

河川法では23条に「(流水の占用の許可) 河川の流水を占用しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。」とある。

新たに水利権を得るためには流水の占用の許可が必要であるが、河川法成立(明治29年)以前に河川から取水を行っていたものは、許可があったものとみなされ慣行水利権と呼ばれている。

水利権は権利の安定性により、安定水利権、豊水水利権、暫定豊水水利権に分けられる。安定水利権とは、10年に1度の渇水時(基準渇水年と呼ばれる)においても1年を通じて、安定的に取水する権利を有する水利権である。豊水水利権とは、ある一定以上の流量時に取水する権利を有する水利権で、発電水利権は豊水水利権に該当する。ここでの豊水とは基準渇水年の流量を上回る流量のことであり、水文学でいう豊水流量とは異なることに注意が必要である。暫定豊水水利権とは豊水水利権のうちダム建設までの間など、期間が限定された水利権である。

詳しくは国土交通省のホームページをご覧いただきたい。https://www.mlit.go.jp/river/riyou/main/suiriken/index.html

2.水利権の歴史

法律的な水利権の成立は明治29年に制定された河川法によるが、それ以前に農業用水を中心とする水利秩序はほぼ形成されていた。この水利秩序は長い歴史の中で古田優先などの基本ルールや水争いの結果形成された社会慣習として定着してきたものである。水利権の運用は社会実態と強く結びついている。明治29年の河川法では、利水に関する記述は極めて簡単であった。明治中期の利水は舟運の衰退期にあたり、大部分が灌漑用水であり、他の利水との競合はほとんどなかったが、人口の増加や産業の発展、農業用水の水需要の増大などを背景に新規利水を水秩序の中に組み込む必要があった。明治29年の河川法において、河川の流水を占用するには,河川管理者の許可を得なければならないとし、従来慣行的に成立していた取水等の行為は,その許可を得たものとみなすことされた。この法律によって慣行的な水利権は法体系の中に組み込まれた。

その後の水力発電の発展、人口増に伴う食糧増産のための農業用水への需要増大、都市への人口集中による都市用水の増大、産業の振興などによる産業用水の需要増大などにより、新規利水が大幅に増大した。特に水力発電は大規模なダムを建設し、極限まで水利用を進めるため、これまでに形作られていた水利秩序に大きな影響を与え、水利調整の必要性が高まった。水力発電が引き起こす水利権の問題として長谷部は次のように述べている。

「地域社会と電力産業との社会的な摩擦に発展する要素を秘める。第一に,舟運,農業用水の取水,漁業という河川の利用形態は,いずれも当該河川の流域に属する地域社会自体が受益者であったが,水力発電による電力は送電され,その受益者は河川流域の地域社会とは無縁の社会に属することが多い。ダム建設などによる影響を負担する者と発電事業の受益者とが異なるとき,利害の対立は深刻なものとなりやすいのである。第二に,水力発電は巨額の投資を必要とする事業であり,発電のための適地は限られているため,その事業をめぐって様々な関係者が関与し,利害が錯綜することが多い。特に,国家近代化の時代には,水力発電の推進は国益とされたから,その取扱いは権益をめぐる政治問題に発展しやすいのである。このように,これら水力発電の参入に伴う水利用の問題は,伝統的な水利用秩序の維持と近代化のうえで必須の電力確保という要請とをいかに調整するかという,社会的なコンフリクトの調整問題として捉えることができる。」

このような背景のもと昭和39年、水利権の譲渡・転用に関する事項、水利調整に関する事項などが盛り込まれ、水系一貫の河川管理のため、大幅な河川法の改正が行われた。それまで、水利権の許可は都道府県知事の所管であったが、複数都府県をまたがるような河川においては、水利調整が難しく国家的な見地からの管理が必要とされたからである。この背景には、戦後、知事が官選知事から民選知事へと変わったことも関連していると思われる。この新河川法を持って、地縁的な伝統的な水利秩序は踏まえているものの、①公共の福祉の増進、②実行の確実性、③適正な取水流量、④治水その他の支障の有無などの観点から、国家による水利権の管理が行われるようになった。

参考文献

長谷部俊治、水問題と水利権 水利用の秩序をいかに維持するか、法政大学社会学部学会、15-41、2008.9

山本三郎、河川法全面改定に至る近代河川事業に関する歴史的研究、河川協会、2003.6

3.正常流量

流水の正常な機能を維持するための流量を正常流量と呼び、河川からの取水後も正常流量を確保する必要がある。水利権を取得する際には、基準渇水流量から正常流量を差し引いた残余流量の範囲内での流量となる。したがって、正常流量は水利権と関係が深い。

正常流量は、その地点よりも下流で必要な水利流量と河川環境等を維持するための維持流量の両者を満足する流量とされる。維持流量は、舟運、漁業、観光、流水の清潔の保持、塩害の防止、河口の閉塞の防止、河川管理施設の保護、地下水位の維持、景観、動植物の生息地又は生育地の状況、人と河川との豊かな触れ合いの確保等を総合的に考慮し、定められた流量をいい、水利流量とは、流水の占用のために必要な流量をいう。

維持流量を合理的・科学的に決定することは難しい。特に動植物の生息地又は生育地の状況すなわち生態系の保全に必要な流量は、単にある流量以上を確保すればよいというわけではなく洪水かく乱などの流量変動も重要であるが、現在のところ科学的な知見が十分ではなく、正常流量の手引き(案)では、主として魚類の移動の観点からの求め方が示されている。

参考文献

国土交通省、正常流量の手引き(案)、2007.9

4.水利権と小水力発電

小水力発電と大規模な水力発電が水利権という面から異なる点は、①小水力発電は流れ込み式発電が主流であり、大規模な貯留を行う水力発電と異なり、発電による流況の変化は減水区間にほぼ限定され、下流の水利権者との調整が容易である。②小水力発電の場合、受益者と流域の地域社会との関係が密接であり、社会的な摩擦は大規模な水力発電施設ほど大きくない。という特徴を有する。すなわち、発電の主体が地域である場合には、小水力発電は伝統的な水利権秩序と類似の性格を持つ。一方、小水力発電の主体が地域ではない場合には、摩擦は大きくなると予想される。

また、これまで水利権が厳格に運用されてきたため、既存の伝統的な地縁的な水利秩序が保たれてきている。筆者らは、小水力発電は中山間地を活性化させる重要な自然資源であり、地域のために活用することが重要であることを提唱している。中山間地に水が収奪されずに残っている現実は、これまでの水利権運用の結果が功を奏していることを感じている。

国土交通省では国民の自然エネルギーへの関心が高まる中、農業用水や水道用水など、すでに水利使用の許可を得ている水を利用して水力発電(いわゆる「従属発電」)を行う場合には、許可手続に必要な書類等の簡素化が図られている。