多自然川づくり

「多自然川づくり」という言葉をご存知だろうか?「河川全体の自然の営みを視野に入れ、地域の暮らしや歴史・文化との調和にも配慮し、河川が本来有している生物の生息・生育・繁殖環境、並びに多様な河川風景を保全あるいは創出するために、河川の管理を行うこと。」と長々と定義されているが,要は,洪水防御とともに自然環境や景観への配慮をともに行う河川整備手法のことである.このような河川整備手法は世界的な潮流であり,日本だけが行っているわけではない.

河川は洪水が造った自然の流路であるので,「川づくり」という言葉に違和感をもたれる方もいるのではないだろうか.「川づくり」に先立つのが,「まちづくり」である.「町づくり」の歴史は古く

1960年代ごろより横浜、京都、東京など行われるようになり、1981年に神戸市で、1982年には世田谷区でまちづくり条例が制定され,「町づくり」が定着していく。「川づくり」という言葉も,「町づくり」に呼応して用いられる言葉で,住民参加型,多様な主体が参加する河川整備のことを「川づくり」と呼んでいると考えると,自然の川であっても,「川づくり」という言葉が使われることが理解できる.

さて,河川では1990年に建設省によって「多自然型川づくり」の通達が出され、河川改修時に生物の良好な生息環境に配慮する川づくりが始められた.これは公共事業の中で最初に開始された生物に着目した事業であり.1998年に制定された5全総の中に「多自然居住地域の創造」が盛り込まれるなど、多自然という概念は社会に大きな影響を与えた。「多自然型川づくり」は2006年「多自然川づくり」と名称を変え、内容も充実され、それに伴い2008年中小河川の技術基準が定められ、技術的側面での川づくりの方針が大きく変えられた。多自然川づくりを行うには、土木技術者だけではなく生物や景観の専門家、住民等との協働などが必要であり、協働型の河川整備手法と言ってよい。

「多自然型川づくり」は、スイス・ドイツで行われていた近自然型河川工法を参考に1990年代に日本に導入されたものであるが、近自然河川工法はランドシャフトの保全を基本理念の一つに据えている。「ランドシャフトとは、土地や植物、人の暮らしなどを感覚を通して感じること」と解される。日本語では「風景」という言葉が一番近い概念である。英語でいうとランドスケープである。ランドスケープという言葉は、18世紀ヨーロッパにおいて隆盛をきわめた風景画にその起源を求めるのが一般的(宮城)とされ、人間の感覚に基づいた、美学的な概念を有している。

このようにして誕生した多自然型川づくりであるが、最初の理念のように十分進まなかった。そのため、2004年多自然型川づくりレビュー委員会が設置され、それまでに行われた多自然型川づくりが評価された。その結果、以下のような批判がなされた。「先進的な事例はあるものの全体的なレベルが低い」「竣工後その効果が検証されていない」「多自然型川づくりによってかえって自然が壊されているのではないか」「環境ブロックを導入すれば多自然型川づくりと思っている技術者が多いのではないか」「多自然の多という字のために、とにかくいろんな環境を川の中に作ろうとして、その川本来の環境を壊している」「局所的で、その場所しか見ていない」「その川の特徴を理解して多自然型川づくりは行うべきであるが、物まねが多い」「流量の変動など河川環境にとって重要な考え方が抜け落ちている」「自然環境に重点が置かれすぎており歴史文化の視点が欠けがちである」「大規模な災害復旧は環境への影響が大きいが、その際の多自然型川づくりが不十分である」などである。

このような批判に対処するため多自然型川づくりは、多自然川づくりと名称を変え、「多自然川づくりとは、河川全体の自然の営みを視野に入れ、地域の暮らしや歴史・文化との調和にも配慮し、河川が本来有している生物の生息・生育・繁殖環境、並びに多様な河川風景を保全あるいは創出するために、河川の管理を行うこと。」とされた。

1990年の多自然型川づくりを基本的に継承し、「①個別箇所の多自然型川づくりから河川全体の多自然へ、②生息、生育環境に加えて繁殖環境を明示、③地域の暮らしや歴史・文化への言及する、④工事のみではなく河川管理全般を視野に入れる。」など内容が充実された。

その後、大規模災害復旧時における多自然川づくりアドバイザー派遣制度、中小河川の技術基準の設定など、多自然川づくりを進めるための制度が整えられつつある。中小河川の技術基準では、河川改修時に流速が増加することによって生物の生息環境の劣化や下流への洪水の集中が生じていることから、流速をあげない川づくりが原則とされた。そのため、河床掘削の原則禁止、川幅拡幅の原則、片側拡幅の原則などが示され中小河川の改修方式が大きく変更された。また多自然川づくりを進めるためのサポートセンターも発足した。今後、多自然川づくりの趣旨が十分に理解され、基準等にのっとって多自然川づくりが本格的に普及することが期待される。