佐渡のトキと矢の話

この文章は2010年九州大学弓道部の雑誌に書いたものです

佐渡のトキと矢の話

トキ(学名Nipponia nippon)の野生復帰の研究代表者として佐渡を訪問してやっと3年であるが、今年の3月で研究は一応の終了を迎えた。日本産のトキは2003年、キンの死亡により絶滅し、現在日本にいるトキは中国からもらった3羽のトキの子供たちである。トキの生息地は、台湾、中国、朝鮮半島、日本列島を含む広い範囲であったが、徐々に個体数を減らし、日本では佐渡島が、中国では陝西省が最後の生息地となってしまった。中国でも一時急激に個体数は減少し、7羽にまでなった。保護増殖の努力の結果、現在では中国では1000羽以上、日本でも100羽を越えるトキが生息するまでに個体数は回復した。佐渡島では2015年までに60羽の野外での定着を目指し、一昨年より野生復帰に向けた試験放鳥が開始された。

トキは水辺の鳥でドジョウやミミズやカエルなどを餌とする鳥である。ツル、サギ、コウノトリほど脚は長くなく、下向きにまがった長いくちばしを持つ。羽はたいそう美しく、まさに淡い桃のようなやさしいトキ色である。今は朱鷺と書かれるが、日本書紀には桃花鳥と記載されている。

伊勢神宮の神宝、須賀利御太刀(すがりおんたち)の柄(つか)に2枚のトキの羽が使われている。この太刀は、20年ごとに行われる式年遷宮のたびに新調されている。この須賀利御太刀は天皇が即位するときに用いられる大変重要な太刀である。

なぜ、国の神宝にトキの羽が使われるのだろうか。羽の美しさが一つの理由であろうが、羽の色の霊力とも関係しているのではないかと思っている。桃は桃太郎や桃の節句に象徴されるように、日本や中国では災いを退ける果物である。桃太郎は鬼を退治し、桃の節句では桃の花の咲くころ、その霊力によって女の子の無病息災を祈願した。おそらく桃花鳥と呼ばれたトキの羽は霊力を持つと信じられていたであろう。災いを封じ込めるために桃色のトキの羽を国の神刀に使っているのであろう。

実はトキの羽は矢の羽としても使われていた。その記録は古くからあり、平安時代の古今著聞集や江戸時代の加賀藩の記録にも見られる。前の部長だった小寺山先生はご覧になったことがあるそうで、丈夫ではないが大層美しい矢だったそうである。いろいろと、調べてみたけれど、トキの矢がどのように使われたのかはよくわからない。悪霊を鎮める儀式などにも使われていたのではないかと思うが想像ばかりである。一度でいいからトキの羽で弓を引いてみたいのであるが、果たして再びトキの羽を使うことができる日が戻ってくるのだろうか?

2.羽茂(はもち)の張弓神社

佐渡の南部に羽茂という少し開けた平野がある。そこを流れる河川が羽茂川である。羽茂川沿いの少し小高い雷岡(いかずちのおか)の上に張弓神社が鎮座する。神社にはオロチ伝説が言い伝えられている。昔、吉備と熊野から来たものが、おろちに悩まされている羽茂の人を救おうとおろち退治をしようと戦いを挑んだが、非常に強く、なかなか退治できない。その時、上流の渡津神社(わたつじんじゃ)より白い矢が飛んできておろちの喉元にささり見事退治してしまった。それ以来、羽茂では豊かな米作りができるようになった。というお話である。

出雲神話に出てくるヤマタノオロチもそうであるが、オロチとは洪水のことと言われている。私の友人の環境宗教学の岡田真美子教授はオロチ=降ろす地=土石流のことであると言う。ともかく、おろち退治とは治水事業のことである。張弓神社の鳥居越しに平野を眺めてみると、羽茂川は平野の一番西の張弓神社のそばを流れており、平野の東側の丘陵から小さな堤防が平野を横断して川に向っている様子が一望できる。河川は上流より西に曲がり、張弓神社のすぐそばを流れるように流路がコントロールされている。小さい堤防がちょうど大蛇の首に一本の矢が突き刺さるように伸びてきている。平野を横断するように堤防を作り、西の端を開けておくことにより、川は西に追い込まれ、流路が固定され洪水氾濫が防御されたのであろう。矢は洪水おさえる霊力のある道具として使われている。トキの羽根の矢もこのような使われ方をしたのだろうか。