地域のための小水力発電

下段にファイルを添付してあります

1) はじめに

私たちは、(独)科学技術振興機構社会技術研究開発センターの研究開発プロジェクト「I/Uターンの促進と産業創生のための地域の全員参加による仕組みの開発」(研究代表 島谷幸宏)の研究を宮崎県の五ヶ瀬町で実施中である。

この研究では、

地域に分散する自然エネルギーを地域の中で使うことにより、どの程度の人口が都市から中山間地に移動可能か?その結果どの程度のCO2削減効果があるのかを定量的に求めること。

I/U ターン者受け入れを促進するために、地域の人々が主体となり地域経営主体となりえる「地域資源を活用した地域産業」が創出され、創出と発展の過程で内部の摩擦が克服され、雇用効果・経済効果・新しい公機能が発揮され中山間地が持続的に発展する社会が構築されるための仕組みを開発し実証すること。

の2つの課題を明らかにすることを目的としている。

ここでは、②について、宮崎県五ヶ瀬町を対象とした取り組みについて紹介する。

2) 地域の課題の抽出

五ヶ瀬町は、宮崎県西臼杵郡に属し、九州のほぼ中央部に位置する。南西部には標高1,600m級の山々が連なり、五ヶ瀬川の水源となっている。町の総面積は171.77㎢で、約88%を森林が占めている中山間地域である。2012年1月1日現在の人口は、4,332人である(世帯数 1,358世帯)。

五ヶ瀬町の課題を抽出するために、五ヶ瀬町観光協会に所属する石井氏を研究メンバーに迎え、町の各層(100名以上)の方々への聞き取りを行った。その結果、IUターンは、町の方々の「帰ってこいよ」という呼びかけにより行われており、その呼びかけが起こるためには住みやすく活力のある町とすることが必要であることが明らかになった。聞き取りによる町の現在の課題は、①若い人の働き場所がない、②若者が少なく・高齢化、③鹿害、猪害のために農林業を続けるのが大変、④専業主婦の幼児子育て世代の孤立、⑤お産の施設がない、⑥個別に優れた活動は見られるがそれらがつながっていない、などである。これらの課題は日本の中山間地においての共通の課題である。IUターンの促進には、これらの課題を解決することが重要であるというのが、ヒアリングを通して得た結論である。

3) 五ヶ瀬地域の小水力エネルギー賦存量

五ヶ瀬町は五ヶ瀬川流域の源流域にあたる。五ヶ瀬川流域では、九州電力や旭化成などの22カ所の水力発電所がすでに稼働しており、最大出力の合計は138,000kW、最大取水量の合計は、約238m3/sである。このうち五ヶ瀬町内にある水力発電所は、3カ所であり、3施設の最大発電量の合計は、8,900kWとなる。古いものは、大正時代に設置され、戦前から水力エネルギーが積極的に利用されてきた歴史がある。

平成21年度に環境省が実施した「再生可能エネルギーポテンシャル調査」では、五ヶ瀬町内には17,127kWの賦存量が示されている。既存の水力発電施設も含まれているため、残りは約9,000kWである。地形条件や経済性の観点から、すべてを利用できるわけではないが、大きな賦存量が残されていることが解る。

五ヶ瀬町内の電力使用量を見てみると、民生家庭:815.1kW/h、産業:530.6kW/h、民生業務:619.0kW/hで、おおよそ1,965kW/h(2005年)となっている。現在においても電気に関する限り、町内における発電量は使用量を上回っており、自給率は400%を超えている。小水力だけを見ても自然エネルギーの高いポテンシャルを有しており、風力やバイオマスも含めると自然エネルギーを核とした地域づくりが可能であることが理解できる。これは、多くの中山間地においても同様の状況であり、自然エネルギーを地域のために使うことができれば、持続的な中山間地の発展の可能性があることを示している。

4) 小水力エネルギー開発におけるミッシングリンク

水力発電は古い技術であり、確立した技術である。しかしながら、我が国では長い間、小水力発電の積極的な導入が行われなかったため、特に小水力発電施設の導入に関する社会的な仕組みが欠けている。これを筆者らは小水力発電のミッシングリンクと呼んでいる。

小水力発電はまず、地域でやろうという合意が形成がなされたのち、地域のポテンシャル調査、川見分け(どこで取水しどこで発電するのか)が行われ、発電計画が立案される。次に、それらを実施するための実施主体を形成し、資金を調達し、水利権などの諸手続きを行い、適正価格・適正な発電機など適正技術の導入がなされ、運用、さらに利潤をあげながら再投資という手順になる。これらのどこかが欠けると、極めて高い投資になったり、維持管理が莫大にかかったり、地域の合意が図られず途中でとん挫する。しかしながら、特に図に赤く示した社会技術が現在欠けており、小水力発電の適正な導入が困難な状況にある。このミッシングリンクをどのように補っていくのかが課題である。五ヶ瀬町においては、筆者らの研究グループが、このミッシングリンクを埋めながら導入計画を進めている。今後、このミッシングリンクを埋めるための社会的仕組みの構築、人材の育成は我が国の重要な課題になると考えている。

図―1 小水力発電のミッシングリンク

5) 小水力発電を中心とした社会的企業化のイメージ

筆者らが現在考えている小水力発電などの自然エネルギーを核とした企業イメージを図に示す。この企業は小水力発電施設の開発、建設、維持管理、売電、バイオマス熱供給事業、これらに伴う地域の合意形成、将来的には助産施設や共同風呂などの運営などを行う公的役割を担う志の高い企業である。地域の自然エネルギーの活用と地域にサービスを提供する業務を実施する。また都市住民や五ヶ瀬町出身からの出資を考えているが、これらを通して、都市住民や五ヶ瀬町出身者とのつながりを作り、IUターンのきっかけづくりを行う。基本的な企業理念を以下に示す。

①自然エネルギーは地域の持続的な発展のために使う

②IUターンの促進に寄与する

③地域の全員参加の仕組みを作る。

④都市住民も係われるようにする 。

⑤権利は基本的に地元が持つ。

⑥権利を持つ人と応援する人の仕分けをする。

⑦発電施設ごとに権利の持ち分の割合を変える。

図―2 企業化のイメージ

大半の資金は市民ファンドで賄うことを会社設立時の原則としたいと考えている。市民ファンドの出資者の大半は五ヶ瀬町に居住しない、五ヶ瀬町出身者や東京、福岡などの都市住民を想定している。出資者には、地域産物、見学会、ニュースなどを利息の代わりに観光協会と協力して提供する。これらのサービスを通して、五ヶ瀬町と出資者はつながり、出資者はIUターン候補となる。また、町の中の産業の連関にも役に立てる。ニュースには自然エネルギーの開発状況や五ヶ瀬町の観光、空家情報、求人情報などを掲載する。

株主に対しては、利益が出た時点で、一定の配当を行う。町民に対しては企業が今後運営する、各種施設の優待利用による方法を探るべきである。

この企業は町の中の小水力の開発を順次行う。施設の設置場所、可能な発電量、地域や町との合意と契約、工事の発注、関係機関との協議と許可、資金の調達、維持管理などを行う。それぞれの施設に対して、地域と町から出資してもらい、その施設が将来、どの地域のものかが明らかになるように管理する。ある程度、地区でまとまった施設数、発電量となった時点で分社化を考えている。小規模な沢を使った獣害電柵などへの電力供給も行う。

バイオマスは、基本的に熱供給事業に特化させる。学校、浴場、公共施設など比較的規模の大きな施設への熱供給を行う。基本的に施設は企業が保持し、料金制とする。バイオマスへの薪などの供給は地元の業者が行う。林業の振興への寄与を狙っている。

利益が確保できるようになった時点で、地域の課題となっている助産施設、レストラン・共同浴場・産直場・パン・老人センターなどが一体となった複合施設の運営を行う。株主は優先的かつ安価にこれらの施設を利用することができる。また、不動産情報、観光情報などを提供する。これらの、一連の事業により、大きな雇用が発生するものと考えられる。

小水力施設の導入を最初に考えている事例を示す。集落の小河川から取水して、一部を売電、一部を自家消費する例を示している。この河川の水利権や漁業権と調整するためには集落との合意が必要である。筆者らは、集落の方と何度も話し合い、ここでの小水力エネルギーが町の将来・次世代に役立つように使うことを合意している。ここを出発点に、町内各地に次々と小水力発電施設を導入し、企業化を図る方向で相談している。

川や用水路は昔から地域を流れ、人々は川で遊びながら成長しており、川は生活の一部である。地域の人々にとって、見慣れた風景からエネルギーが生まれることは、驚きであるとともに喜びでることが、話し合いの過程でよく痛感した。水を取りすぎることによって、生き物が影響を受けないようにしてほしいという声も多くの住民からあがり、環境への配慮をした小水力の導入が極めて重要であることを実感する。

5.おわりに

現在、全国各地で、自然エネルギーを活用した地域づくりが試みられている。多くの事業でネックとなっているのが、地域住民との社会的合意形成であり、主体の形成である。自然エネルギーは、その土地に根ざしており、そこに暮らす人々の自然や文化、生活とともに存在する水・光・風・森を利用するものであるがゆえの課題であり、その解決の道のりが地域づくりと言えるのではないかと考えている。