Kimizuka Yoshihiko
君塚仁彦 

「博物館はインテリゲンチャのためだけにあるのではない」。大学2年の時に受講した「博物館学」という授業の第1回目で、先生から投げかけられた言葉です。
言葉は人を突き動かすことがあります。その時の私がまさにそうでした。上野にある大きな博物館しか知らなかった当時の私に、「地域博物館」という、地域に生活する「さまざまな人びと」が頻繁に出入りし、日常生活に身近で、放課後に子どもたちも気軽に立ち寄ることのできる博物館。インテリではない「さまざまな人びと」も学び、楽しめる博物館の存在を教えてくれたのが、この言葉から始まった「博物館学」の授業でした。
教員をしていた叔父の影響で歴史学と社会科教育を専門に小学校教員を目指していた私は、この言葉に突き動かされ、気づき、研究テーマや進路の幅を拡げていくことになりました。
そして、教員への強い志望を持ちつつも、大学院修了後に小さな博物館の学芸員になり、地域社会における博物館そのものの存在意義に関心を持つようになりました。

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いま研究していること

地域博物館における教育活動、特に地域美術館と学校連携、そして「記憶の場」としての博物館について実践的な研究を進めています。
勤務先の地域博物館では住民の方々から学ぶことが多くありました。その姿から多様な「学び」を学ぶ私がいました。学芸員として調査研究、資料の収集保管、展示、教育活動などを行いましたが、住民との学びあいの中で、博物館が文化遺産を守り伝える場であると同時に、記憶継承の場であることを知ることになります。
ある日、住民との交流の中で「負の記憶」を背負いながら日常を送っている人びとが地域に生活していることに気づかされます。そして、都心部再開発ブームの中でその記憶が忘却される現実に直面しました。
その経験が、今、海外の博物館も含めて研究を進めている博物館における戦争記憶の継承や、30年来交流を続けているハンセン病回復者の記憶継承というテーマにもつながっています。


Books
受験生の皆さんへ―「自分の本棚」を作ってみましょう
(☆易、☆☆標準、☆☆☆やや難しい)

東京学芸大学の強み。それは、教育を中心にさまざまな専門領域を持つ教員がいることです。生涯学習コースを構成するキーワードは「学び」をつなぐコーディネーターになるというものですが、私たち教員一人ひとりが、皆さんの「学び」をつないでいきます。大学は「学ぶ」ことを学ぶ場所でもあります。

その材料として大切なのが本です。大学では幅広いジャンルの本を読んでください。専門書だけではなく、新書や文庫本も小説も大切です。大学での学びは、教えられるというよりも、興味のあることを自分でどんどん深めていくことが大事です。豊かな読書経験を通して自分の「引き出し」をたくさん作るのです。人生の中で一番、好きな本が自由に読め、視野が格段に広がる時期が大学生時代です。図書館や博物館の図書室をどんどん活用してください。大学は教養と専門を学ぶ場ですが、結局は「人」そのものの在り方を深める場でもあります。

私は学生時代から興味を持ったさまざまな分野の本に手を出すことにしていますが、以下の本は特におすすめです。①大学生の読書術を学ぶ-問いや仮説を立てながら本と格闘するための入門書として、大澤真幸『〈問い〉の読書術』(☆☆朝日新書、2014年)、②問い立てて生きる「人」そのもの在り方を深めるために、三木清『人生論ノート』(☆☆☆新潮文庫、1954年)、③人間的に魅力ある社会を安定的に維持するための社会的装置=教育や博物館も含む「社会的共通資本」という概念を説いた、宇沢弘文『社会的共通資本』(☆☆岩波新書、2000年)、④さまざまな人びとの学びと博物館、そして地域博物館の魅力をさまざまな実践から教えてくれる浜口哲一『放課後博物館へようこそ-地域と市民を結ぶ博物館』(☆地人書館、2000年)、⑤「もの」を通して学ぶ楽しさと意義を分かりやすく説いた⑤盛口満『ものが語る教室-ジュゴンの骨からプラスチックへ』(☆岩波書店、2021年)、⑥記憶の場としての博物館の意味を考えるために、リン・ハント『なぜ歴史を学ぶのか』(☆☆岩波書店、2019年)、ジャン・F・フォルジュ『21世紀のこどもたちにアウシュヴィッツをいかに教えるか?』(☆☆作品社、2000年)、⑦教育や学びを広く深く考えるために、里見実『学ぶことを学ぶ』(☆☆太郎次郎社、2001年)、パウロ・フレイレ『希望の教育学』(☆☆☆太郎次郎社、2001年)、⑧社会と協働する学校やNPO、社会教育、美術館等の子ども支援を考えるために、松田恵示他編『教育支援とチームアプローチ』(☆☆書肆クラルテ、2016年)。

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