皆無軟体通信2021

読書の泉2021年01月号

『百年先』 ふじのくに地球環境史ミュージアム編 静岡新聞社

・副題は『地方博物館の大きな挑戦』。静岡市にある、ふじのくに地球環境史ミュージアムは、高校の校舎を有効に活用したユニークな博物館として、よくメディアに取り上げられる。本書を読むと、単に変わっているだけではないことがわかる。コロナ禍が落ち着いたらぜひ訪れてみたい。

・地球環境のこれ以上の悪化を許さないという気持ちで活動することも大事だが、環境負荷の少ない生き方を技術で実現することも必要であることを認識させられた。

・予算がなくてもここまでできるというのは、素晴らしい成果だが、アイデアのある人や団体にはもっとお金を出して欲しいとも思う。

『星系出雲の兵站-遠征- 1〜5』 林譲治著 早川書房/ハヤカワ文庫JA

・太陽系外の星系に移住し、新たな文明を築いた人類と異星の知的生命体との戦争を描く、SFとしての王道をいく作品。前作『星系出雲の兵站』全4巻と合わせて、シリーズ完結となった。

・複数の星系にまたがる人類コンソーシアム艦隊の組織や宇宙船、宇宙兵器の技術に関する細かい設定、未知の敵の不可解さの描写が圧倒的に素晴らしい。また、星系ごとの政治、経済や社会構造の違いから生じる人間ドラマも興味深い。

・表紙の宇宙船があまりにも美しいので、それだけでも価値がある。

『知らないではすまされない 地政学が予測する日本の未来』 松本利秋著 SBクリエイティブ/SB新書

・北方領土、尖閣問題、竹島問題など、日本と近隣諸国との領土をめぐる問題は、地政学的な判断に基づき、論理的に最良の手を打つ必要がある。本書を読むと、その手を考えるためのヒントがもらえる。

・もっとも、政府レベルでの活動と民間レベルの活動は当然異なってくる。だから、民間企業やNPO、市民団体などがどのような活動を展開すべきか、そういう視点で地政学が活用できると面白い。

・地政学の本としては珍しいことだが、地図が表紙カバーの写真しかないので、お手元に地球儀を置くなどして読むと理解が深まると思われる。

『漢字伝来』 大島正二著 岩波書店/岩波新書

・漢字とは、そもそも中国語を表記するための文字である。それが今では、日本語の表記に必要欠くべからずものとなっている。こうなるまでには、先人達のたゆまざる努力があったようだ。

・小学生にとっての本書は、漢字書取りの宿題という、最高に面倒くさいことの元凶がここにあるという驚愕の書になり得るかもしれない。


読書の泉2021年02月号

『技術官僚』 新藤宗幸著 岩波書店/岩波新書

・建設省と厚生省(当時)の技術者がいかに技官の王国をつくり上げたか、そのどこが問題かを知ることができる。

・どうすれば、「人間を幸福にしない日本というシステム」から抜け出せるか、考えていきたい。

『科学と技術の歩み』 道家達将著 岩波書店/岩波ブックレット

・明治維新以降の日本の科学技術の発展の歴史がわかる。

・当時は、欧米に追いつけ追い越せで必死だった。

『環境考古学への招待』 松井章著 岩波書店/岩波新書

・遺跡の発掘は、科学である。ゴミ捨て場の遺跡やトイレの遺跡の土壌や動物の骨などから当時の食生活がわかる。謎を一つ一つ解き明かしていく過程が、推理小説のようだ。


読書の泉2021年03月号

『庶務省総務局KISS室政策白書』 はやせこう著 早川書房/ハヤカワ文庫JA

・本書は、地球温暖化対策に「潜水型流氷カニ運搬計画」、マイクロプラスチック汚染問題解決のために「パールバスケット曳航計画」など、日本と世界の課題を解決する政策案がてんこ盛りだ。

・SF好きな人たちの会合で交わされる「理屈っぽいバカ話」をショートショートにしたような、お気楽極楽な雰囲気が素晴らしい。

読書の泉2021年04月号

『統計外事態』 芝村裕吏著 早川書房/ハヤカワ文庫JA

・静岡県藤枝市岡部町の水道使用料の異常の調査に向かった在宅統計分析官が、サイバー事件に巻きこまれる。戦いはサイバー空間だけでなく、実世界でも銃弾が飛び交う凄惨なものだ。

・かなりハードな物語だが、主人公の言動が、なんとも、ふんわりとしていて、不思議な空気感だ。

『人新世の「資本論」 斎藤幸平著 集英社/集英社新書』

・資本主義はもう持続不可能。という問題意識から、どうすればいいかというアイデアを求めて読んでみた。しかし、本になんでも答えが書いてあると思ってはいけない。甘えるなということだろう。

『現代音楽論』 沼野雄司著 中央公論新社/中公新書

・現代音楽というと、なんか不思議な気分になる音楽という印象を持つ。その歴史を紐解くと、その多様性に驚かされる。

・インターネットで音源が聴けるのがすごい。


読書の泉2021年05月号

『夏への扉』 ロバート・A・ハインライン著/福島正実訳 早川書房/ハヤカワ文庫SF

・このお話を原作にした映画が公開されるそうなので、今一度(何度目か知らんが)読み返してみた。

・お掃除ロボットとか、自動製図マシンとか、1950年代にすでに物語になっているとは。機械には「判断できない」という認識も、今改めて読んでみて興味深いものがある。

『宇宙考古学の冒険』 サラ・パーカック著/熊谷玲美訳 光文社

・宇宙人を探す考古学ではなく、宇宙から撮影した画像などを使って、未発見の遺跡を探す考古学の話。

・考古学入門としてだけでなく、ジェンダー問題や文化財の保護、クラウドソーシング活用など幅広い示唆が得られる。

『100文字SF』 北野勇作著 早川書房/ハヤカワ文庫JA

・俳句や短歌に似た味わいがある、とても興味深い作品集。

『ハロー・ワールド』 藤井太洋著 講談社/講談社文庫

・ICT短編小説集。ちなみにカーニハンとリッチーの『プログラミング言語 C』に登場するプログラムは、

printf(“hello, world\n”);

・ネットワーク社会の自由と秩序について考えさせられる書。


読書の泉2021年06月号

『そこに工場があるかぎり』 小川洋子著 集英社

・本書は、工場見学のノンフィクションである。ものづくりの現場の息遣いが、とてもわかりやすい文体から伝わってくる。

・「グリコのおまけ」は間違いで、「グリコのおもちゃ」が正解だそうだ。

『孫子の兵法』 湯浅邦弘著 KADOKAWA/角川ソフィア文庫

・「孫子の兵法」について、数々の文献を参照しながら、多面的な視点で読み解く本。

・本書を読んでから、孫子を読み直すと、違った意味が見えてくる。


読書の泉2021年07月号

『空気の発見』 三宅泰雄著 KADOKAWA/角川ソフィア文庫

・「空気読めよ」の「空気」ではなく、人類その他のいきものが呼吸する酸素を含む空気、地球大気の話である。見えないものを見る、計算するという科学の本質を認識させてくれる名著。

『マザーコード』 キャロル・スタイヴァース著/金子浩訳 早川書房/ハヤカワ文庫SF

・コロナ禍直前にかかれたエピデミック小説。バイオ兵器の暴走で人類が滅亡の危機に。

・母は強し。たとえそれが機械であっても。

『どうしても頑張れない人たち』 宮口幸治著 新潮社/新潮新書

・頑張らなくていいわけではないが、頑張れない人がいることを頑張って認識し、とにかく頑張って支援しなきゃいかんということか。

『文部科学省』 青木栄一著 中央公論新社/中公新書

・我が国の科学と技術は、このお役所の働きで大きく変わる。


読書の泉2021年08月号

『三体』『三体II暗黒森林』『三体III死神永生』 劉慈欣著/大森 望 (訳),光吉 さくら (訳),ワン チャイ (訳),立原 透耶 (監修) 早川書房

・5冊の本を一気に読まされた。すごいという他ない。タイトルだけ見るとが伝奇ホラーのようだが、中身は地球外生命体とのファーストコンタクト、素敵な超未来技術、恒星間航行、宇宙戦争といった、SFの王道テーマを贅沢に盛り込んだ作品だ。

・小松左京の『日本沈没』『さよならジュピーター』、谷甲州の航空宇宙軍史、クラークの『宇宙のランデブー』、ハインラインの『夏への扉』、ポールアンダースンの『タウ・ゼロ』グレッグ・イーガンの諸作品を一気に読んだような読後感だ。『トップをねらえ』も思い出してしまった。

『はやぶさ2の宇宙航海記』 津田雄一著 宝島社

・初代「はやぶさ」はたくさんの映画が製作されたが、「はやぶさ2」は映画よりもNHKの科学番組がよく似合う。大きな不具合こそなかったものの、いくつかの障害を科学的で技術的なアプローチで乗り切るエピソードが満載なのだ。

『火星へ』 メアリ・ロビネット・コワル著/酒井昭伸訳 早川書房/ハヤカワ文庫SF

・1960年代に人類が火星に行くとしたら…改編歴史物語としては、とても魅力的。

・本書では、ジェンダー問題、LGBT、人種差別、格差問題など今日的な問題も考えさせられる。


読書の泉2021年09月号

『アインシュタイン方程式を読んだら「宇宙」が見えた』 深川峻太郎著 講談社/ブルーバックス

・一般相対性理論の重力方程式=アインシュタイン方程式の意味を、式の導出から考えていく。

・数学に明るくはない著者が、若き物理学者の支援のもと、悪戦苦闘しながら数式と格闘する姿が興味深い。

『銀河英雄伝説1 黎明篇』田中芳樹著 徳間書店/徳間文庫

・1980年代の小説刊行からアニメ化、ゲーム化などで、和製スペースオペラの代表作といえる本作だが、実は今回初めて読んだ。

・ヤン・ウェンリーのような、器の大きな人間の生き方には、憧れるものがある。


読書の泉2021年10月号

『世界史は化学でできている』 左巻健男著 ダイヤモンド社

・世界史を動かすのは化学だ。人間という生命体は化学反応に基づいて動いているわけだから、当たり前と言えば当たり前だが、本書を読めば、改めてそれに気づかされる。

『群衆心理』 ギュスターヴ・ル・ボン著/櫻井成夫訳 講談社/講談社学術文庫

・個人としては理性による合理的な判断ができる人間も、群衆になると、感情的で非合理な行動をしてしまう。

・為政者や商人は、群衆心理の原理を巧みに利用していることを肝に銘じておきたい。

『銀河英雄伝説2 野望篇 〜 10 落日篇』 田中芳樹著 らいとすたっふ文庫

・銀河を舞台とする戦乱と謀略の大歴史絵巻を一気に堪能。読み終わった後の銀英伝ロスが、せつない。


読書の泉2021年11月号

『日本宇宙開発夜話』 稲田井彦、斎藤幹雄、富田忠治、吉川一雄著 東京図書出版

 ・日本における宇宙開発の黎明期から現在に至るまでのエピソードが、短いお話で手軽に読める。

 ・すごい人たちのすごい軌跡の数々が詰まっている。


読書の泉2021年12月号

『[カーボンニュートラル]水素社会入門』 西宮伸幸著 河出書房新社/KAWADE夢新書

・水素をエネルギー源として使えば、かなり文明の持続可能性は高まりそうだ。このことは、かの有名な「ノストラダムスの大予言」(五島勉著)でも言及されている。ノストラダムスの予言ではなかったようだが。

・ただ、本書を読むとバラ色の未来とは行かないようだ。現状の技術では、日本は水素輸入国になるという。水素の減量が乏しく、生産応力が貧弱であることが原因のようだ。

・水素を生成するために、大量のエネルギーが必要だったり、CO2を排出してしまったりと、なかなかカーボンニュートラルを実現するのは難しい。

・できることから少しずつ取り組めば、何らかの進展があるのではないかと、祈らずにはいられない。

『アクティベイター』 冲方丁著 集英社

・中国のステルス爆撃機に乗ったパイロットが亡命を希望、羽田に着陸する。その爆撃機に積まれていたのは…。国際的な謀略が渦巻き、敵・味方が入り乱れ、一寸先は闇のエンターテインメント小説。

・夕方から朝までのドラマだが、主人公の真丈太一は、ほとんど休まず敵と闘っている。しかも格闘の蘊蓄を読者に披露しながら。すごい。

『ネオ・ヒューマン』 ピーター・スコット・モーガン著・藤田美菜子訳 東洋経済新報社

・MND(運動ニューロン病)により、徐々に筋肉が衰えていく著者が、サイボーグになる記録。器官が衰える前に人工的な装置に置き換えていく大きな決断。最終章ではサイボーグになった後の世界を空想する。

『液体』 マーク・ミーオドヴニク著/松井信彦訳 インターシフト

・灯油、アルコール、水、コーヒー、接着剤などなど、生活に身近な液体にまつわる科学的な蘊蓄をあなたに。