日本への鉱物ダスト粒子の湿性・乾性沈着:時間変動と地理的分布の要因

はじめに:黄砂のようなダスト粒子が大気中に浮遊すると、種々の気象学的影響や、大気を介した物質輸送に伴う生物学的・環境学的な影響があると言われている。ダスト粒子の空間分布については、近年、直接的なエアロゾル観測ネットワークに加えて、ライダーや人工衛星などのリモートセンシングによる観測ネットワークにより、3次元的な把握がある程度可能となってきた。しかし、ダスト粒子の沈着量分布や沈着過程に関するデータや理解は依然として不充分であり、大気中でのダスト粒子の寿命については不確実性が大きいといわれている。

そこで、降水の有無に応じて自動開閉する湿性・乾性沈着物採取装置を用いて、ダスト沈着量の観測を2年に渡り全国6ヶ所でおこなった(DRy And wEt deposition MOnitoring Network: DRAEMON; Osada et al., SOLA, 2011)。この論文では、沈着過程別のダスト沈着量の地理的分布や沈着イベントの特徴、沈着したダスト粒子の粒径分布、沈着せずに通過してしまう黄砂、について報告する。


2.観測の概要と解析データ

DRAEMONによる沈着試料サンプリングは、2008年10月から2010年12月まで7日間毎、黄砂の飛来が予想される場合には1~数日間の間隔でおこなった。観測場所は、札幌、富山、鳥取、福岡、沖縄・辺戸岬、名古屋である。乾性沈着のデータについては、富山、鳥取、福岡、辺戸岬についてのみ解析した。試料採取には小笠原計器のUS-330を用いた。データ解析には、気象台で観測している黄砂の記録と、隠岐(EANET)で観測しているPM10とPM2.5データ、国立環境研究所のライダーグループによる松江でのダスト濃度鉛直分布図なども利用した。


3.結果と考察

Fig. 1 は、各地点での鉱物質ダストの月沈着量と、周辺部も含む観測地点での月あたり黄砂観測日数を示す。黄砂の観測頻度はどの地点でも春に多く、11~12月にもしばしば観測されていた。乾性沈着量も概ね同様の季節変化を示すが、細かい対応をみると、黄砂日数と乾性沈着量の間に、必ずしも比例関係にない月も見られる。例えば10年5月には、各地点で黄砂日数が多くても、乾性沈着量としてはあまり多くない。また2010年の春の沖縄では、富山よりも黄砂日数が多いにも関わらず、乾性沈着量は富山と同程度しかない。

Fig. 2に示したのは、鳥取での乾性沈着量と、EANET・隠岐でのPM10とPM2.5濃度の日平均値である。乾性沈着量が多いイベントの時には、PM10濃度も高い時期に対応することが多い(09年3月17日頃、10年3月16日・21日頃など)。逆に、PM10濃度が高い割に乾性沈着量の高くない事例は、09年12月26日と10年5月21日の黄砂イベントである(星印)。これらのイベントの詳細を、09年と10年についてFig. 3で示した。

PM10とPM2.5の差(PMc)は、大気中の黄砂ダスト量に比例する量と考えられる。09年の3月と12月の事例では、どちらもPMcが100 µg/m3を越えていた。乾性沈着物の採取期間が長くて平均化されて図示されているものの、12月の乾性沈着量が特段高いわけではない。一方、10年5月のケースでは、PM2.5濃度も同時に高く、PMcとしては50 µg/m3程度しかなかったので、黄砂イベントとしては小振りだったと思われるが、それにしても乾性沈着量としては少ない値を示した。このように、大気塵象の記録だけでなく、粗大粒子濃度の高い事例であっても、乾性沈着量が高くない事例があった。

論文では、これらの事例について理解を深めるために、沈着ダストの粒径分布やトラジェクトリ-解析、温位の鉛直分布をもとにした輸送過程の考察をおこなった。また、2011年にSOLA誌に発表した湿性沈着に関するデータのアップデートも掲載されている。沈着ダスト粒子の粒径分布には、同じイベントで比べた場合、西日本で大粒のダストが降っている傾向がみられたことも、新たな知見である。