『砂の輝き』(2014年;2013年春までの作を収録)以降の、新聞俳壇(茨木和生選)に掲載していただいた作を整理して掲載しました。茨木先生は、結社でもカルチャースクールでも、超結社の句会でも、新聞俳壇でも、<どう育てるか>を考えながら選をし、導いてくださっていたように思います。
2013年:
湖に出て翻る夏燕
ハンカチの木の花に合ふために行く
美術館前の広場の噴水よ
遠回りでも蝮出ぬ道選ぶ
潮騒を聞きながら飲むソーダ水
海亀の後ろについて泳ぎけり
泳がざる者は本読む浜日傘
手花火の手の体温の違ひかな
残る蚊といふ呼び方を疑ひぬ
水音や山椒魚の棲む川の
疲れ鵜のなほも鋭き目をしたる
古書市の鳥居の脇に蛍売
月仰ぐ法話を聴きてしばらくを
祝宴の後の月光仰ぎけり
神木の倒れてゐたる台風禍
庭紅葉山紅葉又渓紅葉
2014年:
毛糸編む研究が進まぬときは
綿虫もまた木漏れ日を好みけり
綿虫と同じ日差のなかにゐる
神体の岩の迫り出す春の空
春風は背中を押してくるる風
初虹の赤の殊更濃かりけり
次の列車が来るまでの磯遊
木蓮の見頃母校の図書館の
花どきの鳥も魚も落ち着かず
満開の母校の桜着任す
蛍烏賊烏龍茶にもお酒にも
万緑やこれまでよりもこれからと
グラウンドの見ゆる教室日の盛
リーダーといふよりはボス蟇
磐座の上に来てゐる月涼し
明治期まで年表たどる草田男忌
気分転換金魚鉢移動して
秋口の三階にある書斎かな
学長も来る大学の納涼会
夕方の花園夢を捨つるなら
一泊は山小屋とする秋の旅
秋刀魚焼く父に供へる分も焼く
栃の実も並ぶ青空マーケット
茸狩睡眠時間削つての
猟犬と思へずじつとしてをれば
菜園のぽつぽつとある枯野原
溶けはじめる時の輝き雪うさぎ
2015年:
コアラ見るための行列冬ぬくし
混雑は苦手買初めとはいへど
アイデアの浮かび来るまで毛糸編む
誓子忌のひかり眩しき神戸港
三月は静か大学図書館も
菜の花や女性研究者の集ひ
蝶々の生まれたてなる白さかな
白蝶の去りて黄蝶の現るる
若さとは勢ひのこと栗の花
天気雨過ぎて五月の風の空
大の字の火床に立てば風涼し
ほうたるのために空けたる三時間
二十秒山椒魚とわかるまで
蛇苦手蛇の亡骸なほ苦手
涼新た校舎修復工事済み
黙読ののちの朗読秋日和
毛糸編むことに消えゆく待ち時間
昼よりも夜が好きなり毛糸編む
2016年:
土褒めてまた水褒めて冬菜畑
銀杏黄葉大阪市立大学の
早起きも正座も苦手神の留守
本棚を一つ増やして三月尽
野に遊ぶ実習服の大学生
夜の講座までの休みに蜆汁
西行も仰ぎたるかと山桜
純粋といふ褒め言葉桜散る
真上から日の差しゐたる朴の花
梅雨晴の東吉野の句碑巡る
魔性とは山椒魚のことかとも
朴の花活くるたかすみ文庫かな
下山して汗まみれまた泥まみれ
暮石の奈良暮石の高知初秋の
色白の手の平に置く毒茸
後悔はなしと言ひ切る生身魂
鰯定食潮風及ぶ食堂の
海見ゆる高さまで来て秋の風
2017年:
研究棟実験棟の十二月
おほかたの部屋は灯さず去年今年
別々のことして愉し置炬燵
栃餅の雑煮黍餅の雑煮
断崖といふ水仙の咲きどころ
靑々忌なれば暮石の句集読む
しばらくは続く喜び好文木
梅林を見下ろす講師控室
誓子忌の新幹線に乗つてゐる
流行に興味のなくて白日傘
湖の明るさに来て夏燕
バーベキュー雨のち虹は予想外
湖の風はやはらか夏衣
一軒のための道あり橡の花
新涼や電車来るまで足湯して
鬼灯といふ手のひらになじむもの
美吉野や月を詠まざる者をらず
鳥の名をよく知つてゐる生身魂
四十はまだまだ若手秋祭
花野行くとき思ひ出す父のこと
2018年:
日の当たるところ求めて小鳥来る
学生は内定祈願初詣
よく見れば大小のある寒卵
先頭をゆく先生の冬帽子
セーターを腕まくりして講義せり
暮石の奈良暮石の高知春に入る
うららかやあくびはうつるといふ説も
座れさうな石がいくつも野に遊ぶ
こんなにも海の明るき誓子の忌
花のいのち人のいのちの話かな
千枚を超ゆる棚田の青田波
図書館に入ればしづか夏の雨
素麺も薬味も二十三人分
偲ぶ会のために活けられ朴の花
靑々のことも思ひて暮石の忌
浴衣着てみたいと交換留学生
台風の話地震の話かな
白一頭黄色一頭秋の蝶
あの世とはこの世の隣鰯雲
2019年:
肉食べて魚も食べて薬喰
母の手のあたたかきこと手毬唄
初夢のなかに忘れてきたるもの
枯野行くどこか遠くへ行きたくて
種蒔けばよきことのあるかもしれず
日の当たるところ探して巣箱掛く
苗札の歪みを直すのも仕事
空を見てゐると落ち着く春の昼
先生の句碑を見に来て青き踏む
風鈴や六畳ほどの仕事部屋
螢に近づく一歩二歩三歩
父想ふハンカチの木の花見れば
まんまると違ふまるなりさくらんぼ
風鈴や小さき机と小さき椅子
雨音に目を覚ましたり夏布団
二十人分の刺身の紫蘇匂ふ
秋口の頃に覚ゆる疲れかな
草笛を吹けば隣に父がゐる
草も木もまつすぐ伸びて鰯雲
秋風のなかの別れとなりにけり
ほとんどが空き家の村の秋出水
2020年:
遊学といふ言葉あり冬うらら
捨てられぬものがたくさん煤払
感謝することにはじまる薬喰