「運河」(天水集;2022年1月号~)掲載作です。
第75巻第1号(令和4年1月号)
愛の羽根
先生の句碑を囲める秋日傘
日当たりよし風当たりよし花芒
秋の日の柿の葉寿司の食べ比べ
新米と書き足しのあるお品書き
売られたる吉野の柿と陀羅尼助
秋空や広場を使ふリハーサル
愛の羽根学章のすぐ傍につける
第75巻第2号(令和4年2月号)
狐火
小春日の空を目指して上りけり
くねくねとしてゐる道の冬苺
日記買ふ鳩居堂のはがきも買ふ
本堂の裏はひつそり寒菫
冬の夜のしづかに酒を飲む人よ
うつとりと見入つてしまふ生の牡蠣
狐火や背中を押して欲しきとき
第75巻第3号(令和4年3月号)
薬喰
空室の多きホテルの十二月
悴める手を動かして名前書く
冬山や線路も道も川に沿ひ
千段を超ゆる石段冬ざるる
岸壁の湿りてゐたる寒さかな
鳳来寺山から望む冬の海
熊肉は100グラムだけ薬喰
第75巻第4号(令和4年4月号)
雪
年末までにやるべきことがこんなにも
年忘話の尽きるまで続き
数へ日の読み終へぬまま返す本
行く年や机の上を整へて
初春の金粉浮かぶ濃茶かな
バスの遅れ電車の遅れ極寒の
寂しさの募るばかりの雪となり
第75巻第5号(令和4年5月号)
寒桜
寒晴や川の合流するところ
風花を喜ぶ者に加はりぬ
降る雪の時間を刻むごときかな
寝不足の目を驚かす雪景色
冬帽子星空観察のための
持ち寄りの料理並べて女正月
寒桜遠くの山も美しく
第75巻第6号(令和4年6月号)
山笑ふ
徹夜して締め切り守る春炬燵
大学の白梅の咲くところかな
バス停も郵便ポストもうららけし
三月の空を見ながら聞く話
あの時は父が隣に鼓草
春日の招待状に貼る切手
研究棟の窓を開ければ山笑ふ
第75巻第7号(令和4年7月号)
桜花
父の誕生日と思ふ朝桜
夕桜五重塔も見えて来て
桜人橿原神宮前駅の
永き日や川辺の岩に腰かけて
日当りのよき山寺の糸桜
麗かや遠く連なる山々も
子の夢は親の夢とも桜花
第75巻第8号(令和4年8月号)
晶子忌
甥に図鑑姪に絵本をこどもの日
風薫る鹿苑も植物園も
夕焼の只中の奈良ホテルかな
月涼し眠くなるまで本を読み
夏帽子キャリーバッグの上に置く
疲れたら屋上に出て若葉風
晶子忌やあれこれ考へてしまふ
第75巻第9号(令和4年9月号)
合歓の花
星涼し研究室の鍵かけて
六月の川原の人の動きかな
ほうたるの森を貫く水の音
紫陽花のおもひおもひの色かたち
夕虹のための空かと思ひけり
風鈴や頭の中でする旅行
日曜の夜は短し合歓の花
第75巻第10号(令和4年10月号)
暑さ
本当に雲一つなきハンモック
一生懸命水遊びする時も
先生は少し休憩する日傘
手花火をしながら何を話さうか
月涼し二十一時の大学の
草花は風に従ふ夏の昼
採血の痛み加はる暑さかな
第75巻第11号(令和4年11月号)
秋風
風鈴や今日は一日家にゐる
疲れたら充分休め水羊羹
下駄箱の上に置かれて蝉の殻
三十年前の写真の麦藁帽
ゆつくりと近づく蛇とわかるまで
先生の句碑を見てゐる秋日傘
秋風の吹き込む運河俳句会
第75巻第12号(令和4年12月号)
夜長
新涼の空を見上げて一呼吸
東京のマンションの灯と盆の月
和菓子屋と扇子屋に寄る秋日傘
秋空の鳥になれたらとか思ふ
月光もまた変はらざるものとして
木犀や話を聞くことも介護
五年後の旅の計画する夜長