「運河」(天水集;2024年1月号~)掲載作です。
第77巻第1号(令和6年1月号)
団栗
爽やかや予定なき日の庭仕事
ぐちやぐちやと咲いてゐるなり曼殊沙華
虫の言葉人の言葉と交差して
明るき方へ明るき方へ鰯雲
四季のある国に生まれて稲を刈る
雨音の激しくなりて捨案山子
団栗の中に隠れてゐるものは
第77巻第2号(令和6年2月号)
秋惜しむ
夕暮れの川のせせらぎ赤蜻蛉
人間は固まりやすき秋の原
出来秋や人手不足を嘆きつつ
新米の完璧といふ塩加減
豊かさと幸せのずれ草の花
校舎を出て校門を出て星月夜
秋惜しむ鈴を鳴らしてみたりして
第77巻第3号(令和6年3月号)
冬帽子
極月や夜明け前には家を出て
山のものは山の町で薬喰
磐座のそばを離れず雪蛍
寂しさに寒さ加はるやうなとき
病棟といふところにもクリスマス
一日は二十四時間冬林檎
昨日とは違ふところへ冬帽子
第77巻第4号(令和6年4月号)
年忘
ただ歩くただただ歩く枯野道
静かなり水辺には水鳥がゐて
山に入りゆけばさざめき冬うらら
寒雲やまだ整はぬ形して
食堂の今日のメニューに冬至粥
隅といふ落ち着くところ着ぶくれて
散会の前に合唱年忘
第77巻第5号(令和6年5月号)
春を待つ
極寒の想定外といふ言葉
手袋外す沈黙の只中に
健康と元気は違ふブロッコリー
鉛筆の色を重ねて冬景色
温め直す半分の鯛焼を
湖にひかり集めて山眠る
春を待つ昨日と同じ場所に来て
第77巻第6号(令和6年6月号)
桜餅
立春の空の明るきことを言ふ
一軒のための橋あり梅の花
冴返る駅のベンチに忘れ物
春宵のゆつくり冷めてゆくスープ
整然として春寒のパイプ椅子
春星になる込み上げてくるものは
本店の販売初日の桜餅
第77巻第7号(令和6年7月号)
春日傘
合唱に鳥も加はり水温む
天ぷらの季節が来るぞ春の山
春の夜のコップにお湯を注ぐ音
枝太し幹なほ太し滝桜
母の後ろから見てゐる夕桜
研究棟実験棟の花盛り
ブローチはどれにしようか春日傘
第77巻第8号(令和6年8月号)
桜湯
支柱にも日の差してゐる遅桜
蝶々の来てゐるウッドデッキかな
一人二人三人四人石鹸玉
鹿尾菜干す浜の広がり風渡る
永き日の遠くの橋が見えてゐて
廃線は廃線のまま春の虹
桜湯はあしたのために旅の夜
第77巻第9号(令和6年9月号)
夏の月
緑さす小さき書斎の小さき窓
夕虹や巡り合はせといふ言葉
夏の山昨日の雨を引き摺らず
十人の声を一つに夕焼雲
教室を大きく使ふ夏の蝶
日帰りの東京出張五月富士
夏の月ライトアップを遠ざけて
第77巻第10号(令和6年10月号)
紫陽花
目にやさし心にやさし朴の花
強風といふほどでなく麦の秋
口笛は好きか嫌ひか揚羽蝶
昼の部も夜の部も観て星涼し
大小の船がぽつぽつ梅雨の入
張り紙の歪みと破れ梅雨曇
紫陽花や明日は大雨の予報
第77巻第11号(令和6年11月号)
暮石の忌
参道といふ涼しさのあるところ
この先は人跡未踏滝仰ぐ
長靴は歩きにくくて桑いちご
一人去り又一人去り夕焼雲
風鈴や合宿施設の畳敷き
ため池の水面動かぬ暑さかな
大阪も奈良も快晴暮石の忌
第77巻第12号(令和6年12月号)
秋桜
秋に入る地球沸騰化の話
秋蝶や小川のそばを離れずに
和服着るときのときめき草の花
糸瓜棚自由気ままをよしとして
速読ののちの精読秋の夜の
月光に浮かぶビニールハウスかな
思ひ出すこと美しき秋桜