「運河」(天水集;2021年1月号~)掲載作です。
第74巻第1号(令和3年1月号)
秋黴雨
水澄むや何かはじめてみやうかと
秋の田の金色になる時間帯
本を読む時間が大事ばつたんこ
花野行く歩幅の違ふ二人かな
むかご飯記憶の父を喜ばす
天界の風の吹き来る曼珠沙華
秋黴雨思ひ出せざることのある
第74巻第2号(令和3年2月号)
末枯るる
昨日の濁りは消えて下り鮎
一口目は何もつけずに新豆腐
蜻蛉は人の気持ちが分かるのか
青空や収穫近き林檎園
面談をしながら食ぶる青蜜柑
秋山の巨岩せり出すところかな
末枯るる古墳に風の通り道
第74巻第3号(令和3年3月号)
日記買ふ
冬ざれて風に従ふものばかり
あと五分話しませんか寒桜
遠くまで晴れてゐるなり葱畑
狐火や葉擦れの音の激しさに
忘れたきことのいくつか冬林檎
大学もイルミネーション十二月
結局は今年と同じ日記買ふ
第74巻第4号(令和3年4月号)
去年今年
窓開けて身を乗り出して冬うらら
大枝の日の差すところ寒鴉
本棚の上からはじめる大掃除
歳晩やグラウンドには誰もゐず
研究室からの眺めに年惜しむ
探し物が一つ出てきて年の果
平穏を祈るこころの去年今年
第74巻第5号(令和3年5月号)
桜餅
春嵐運動場を吹き抜くる
蒲公英を見れば心が満ち足りて
甥つ子の平仮名で書く雛祭
春寒の雨の神事となりにけり
日差よき風よき春の一日かな
湖を眺めてゐたり春日傘
新幹線に乗る前に買ふ桜餅
第74巻第6号(令和3年6月号)
三月尽
東日本大震災よ春遅々と
ゆつくり歩むゆつくり話す梅見かな
吟行の収穫ですと蕗の薹
放置林にもいきいきといぬふぐり
日当たりのよきところ初蝶に会ふ
暖かし回覧板を持つて出て
論文は仕上がらぬまま三月尽
第74巻第7号(令和3年7月号)
うららかに
鳥声の心地よきこと春の朝
夜静か朝なほ静か山桜
どこからの風吹いて来る山桜
青畝のこと登志夫のことを山桜
散るさくら放置されたる山畑に
遠まはりしてみるもよき竹の秋
振る舞ひの酒を一口うららかに
第74巻第8号(令和3年8月号)
行く春
最後の春大阪市立大学の
大小の鈴を鳴らして春の風
花種を蒔く場所探すところから
蝶が来る野良猫が来る庭の昼
春の日の動くものみな愛しくて
本の部屋ピアノの部屋の暮遅し
行く春や我慢の多き春となり
第74巻第9号(令和3年9月号)
未草
万緑の大学附属植物園
心安らぐ緑蔭に咲く花よ
切り株の上に置かれてサングラス
やはらかき風を伴ひ夏燕
六月も半ばの芝生広場かな
駆け抜くるメタセコイヤの夏木立
ただ過ぐる時間が愛し未草
第74巻第10号(令和3年10月号)
夕虹
蟇歩く生暖かき雨となり
庭にあるでんでんむしの居場所かな
螢火やここはどこかと思ふほど
向日葵の溢れ出してきさうな色
マカロンより先になくなるさくらんぼ
差し入れのなかの線香花火かな
夕虹の空港行きのモノレール
第74巻第11号(令和3年11月号)
秋を待つ
沢蟹の見え隠れする水の音
タクシーを使つてしまふ大夕立
人通りなくなる頃に百合開く
浴衣着る写真を写すためだけに
家にゐる時間が愛し水中花
夏帽子旅に出ることなきままの
目を閉ぢて耳を澄まして秋を待つ
第74巻第12号(令和3年12月号)
鱗雲
図書館に毎日通ふ秋日傘
さらさらと光をこぼす花芒
秋蝉や食べ終へるまでの昼休み
台風の進路次第のことばかり
蜻蛉増ゆ霊園墓地に立ち入れば
建物は今もそのまま草の花
今週もはや金曜か鱗雲