「運河」(浮標集;茨木和生選;2020年1月号~2020年12月号まで)掲載作を整理しました。
第73巻第1号(令和2年1月号)
銃声のまつすぐ届く秋の空
楽しさは長く続かず草の種
花圃といふ風の集まるところかな
秋風や心足るとはよき言葉
第73巻第2号(令和2年2月号)
薄紅葉寺院神社も大学も
公園の横はグラウンド萩の花
秋晴の原爆投下地点かな
海を眺めて空を眺めて秋惜しむ
学会は途中で中止台風来る
第73巻第4号(令和2年3月号)
日本の冬の寒さもなかなかと
牡蠣殻の溢れてゐたるドラム缶
百歳の一人暮しの藁仕事
大学に献血車来て冬菫
道絶えてよりは神域山眠る
第73巻第4号(令和2年4月号)
星空のすぐそばにあるスキー場
無事といふことが何より年の暮
深夜まで研究室の年忘
鏡餅父の写真をすぐそばに
靑々の次は暮石を読始
第73巻第5号(令和2年5月号)
古書店の前も古書店日脚伸ぶ
いせ源の前は明るき寒の雨
鮟鱇の吊し切りただ黙々と
先輩四人後輩二人鮟鱇鍋
毛糸編みながら考へゐるもよし
第73巻第6号(令和2年6月号)
山荒れて畑も荒れてつくしんぼ
歌声に揺れてゐるなりチューリップ
春の日の花束渡す役目かな
海岸は吹き荒れてゐて誓子の忌
第73巻第7号(令和2年7月号)
あの頃と何かが違ふ桜貝
長閑さや二人で運ぶ長机
春の風四十代のはじまりの
墓地といふ風吹くところ夕桜
青空を見ながら食ぶる桜餅
第73巻第8号(令和2年8月号)
まだ濡れてゐるハンカチの木の花よ
初夏の雲の移ろふ速さかな
雨の日は雨の音聞き朴の花
蛍やふと思ひ出すことのあり
海からの風吹き来たる夏野かな
第73巻第9号(令和2年9月号)
滝しぶき近づけるだけ近づいて
貸すといふハンカチーフの使ひみち
朴の花から大粒の雨雫
髪洗ふ論文を書き上げてから
教室から見ゆる泰山木の花
第73巻第10号(令和2年10月号)
にこにこと咲いてゐるなり濃紫陽花
実習用麦藁帽子ヘルメット
山椒魚夜が来るのを待つてゐる
高齢者大学校の夏期講座
紀伊國屋書店に並ぶ花火かな
第73巻第11号(令和2年11月号)
ひよいと来てひよいと去りゆく羽抜鳥
句を作るときは無口に梅雨茸
貸してもらふ作業着軍手麦藁帽
鰻焼く匂ひ書店の中までも
汗を拭きながらの講義九十分
第73巻第12号(令和2年12月号)
傷つけて傷つけられて水蜜桃
上手下手あり校庭のちんちろりん
山頂に敷物を敷き鰯雲
崩れてゐたり階段も猪垣も
虫籠にあるそよ風の通り道