樹下山人・前登志夫(1926-2008)の世界では、人と鳥、虫、獣、草、木、花、などが相互に変身します。自らを世捨て人と称し、吉野という地にこだわり続けた氏は、山の歌人という独特の地歩を築きました。『前登志夫全歌集』(短歌研究社、2013年)が刊行されています。
暗道のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か
木にむかひ腕ひろぐれば葉むらより風おこりきて鳥になるわれ
山道に行きなづみをるこの翁たしかにわれかわからなくかる
銀河系そらのまほらを堕ちつづく夏の雫とわれはなりてむ
一言で世界をうたへ、葛城の山にむかへるわれといふ他者