「運河」(浮標集;茨木和生選;2019年6月号~2019年12月号まで)掲載作を整理しました。
第72巻第2号(平成31年2月号)
薄紅葉二月堂から見下ろして
父の忌が近づいてゐる曼珠沙華
軍隊か音楽隊か鰯雲
露草や雨を恋しく思ふとき
駅舎からはじまる案山子まつりかな
第72巻第3号(平成31年3月号)
正座してゐる膝上の寒さかな
飛行機の窓の小さき雪景色
風花の駅の郵便ポストかな
おでん食ぶ踏切の音聞きながら
冬うらら読みたき本がこんなにも
第72巻第4号(平成31年4月号)
句を創ることも忘れて落葉踏む
磐座のところ明るき冬木立
粕汁や相席となる小料理屋
なほ寒し海のすぐそばまで来れば
石庭を眺めてをれば雪蛍
第72巻第5号(令和元年5月号)
駅長の仕事落葉を掃くことも
獅子柚子も浮かんでゐたり冬至風呂
初日させば目出たきものとなりにけり
スリッパを逆さに履いて初笑
第72巻第6号(令和元年6月号)
蛍烏賊漁師の声はよく通り
学位記と卒業論文持つて撮る
朝日のなかの夕日のなかの山桜
文集は五十音順つくしんぼ
第72巻第7号(令和元年7月号)
春といふたつた一字の幸福感
子どもらも口紅塗つて春祭
東京の人の多さに桜散る
日暮までまだ少しある磯遊
太陽の方を向きたり蒲公英も
第72巻第8号(令和元年8月号)
雲晴れて来るのを待ちて若葉風
大岩や南天の花触れてゐる
正座して見てゐる庭の苔の花
月涼し十九時からのゼミナール
片方は試料専用冷蔵庫
第72巻第9号(令和元年9月号)
学校の声が聞こゆる栗の花
炎天の自分を見失ふ感じ
本を読む時間のなかに水中花
麦秋や思ふ存分寝て起きて
緑さす戦争のなき世の中に
第72巻第10号(令和元年10月号)
捗らぬとき現れて灯取虫
星涼し仕事を終へてからの家事
最後まで正座崩さず釣忍
居酒屋に行くか蛍狩に行くか
一本の鉛筆で描く未草
第72巻第11号(令和元年11月号)
水音のすれば和らぐ残暑かな
鳥声の知らせる右城暮石の忌
和歌が好きすなはち萩の花も好き
子どもらの見ゆる高さに虫籠は
秋寂し時計の針を見てをれば
第72巻第12号(令和元年12月号)
川音に目覚めて右城暮石の忌
山暮れてのち海暮れて秋桜
ピアノ弾きたくなる秋を感じては
後ろから見てゐる母の秋日傘
玄関といふ鈴虫のゐるところ