「運河」(天水集;2025年1月号~)掲載作です。
第78巻第1号(令和7年1月号)
曼殊沙華
都会の子ばかり稲刈り体験会
水澄むやベンチの下に猫がゐて
脱がされて寝かされてより捨案山子
秋うらら野菜を包む新聞紙
小鳥来る人も居心地よきところ
出来秋のご馳走さまといふ言葉
大雨は誰かの涙曼殊沙華
第78巻第2号(令和7年2月号)
木の実降る
豊の秋水の音まで美しく
われもまた風に従ふ花畠
虫の世のなかの人の世かと思ふ
眺めよきところに石碑薄紅葉
食前酒ソフトクリームも柿の秋
掘り出して土を落として甘藷
木の実降る小学校に続く道
第78巻第3号(令和7年3月号)
年の暮
十二月流るるやうに過ぎてゆく
少し歩くしばらく止まる枯野人
会議来客講義来客日短
冬帽子くるりと回る椅子の上
漬物もすべて手作り冬至粥
遠くから見てゐるクリスマスツリー
久々に灯す部屋あり年の暮
第78巻第4号(令和7年4月号)
マフラー
降る雪や静かすぎると思ふとき
ぴつたりの言葉を探す雪の原
湖に鳥がたくさん冬の空
赤色は幸せの色雪兎
空つぽの瓶の中まで冬うらら
冬の日のまだ温かきメロンパン
マフラーや別れる時も握手して
第78巻第5号(令和7年5月号)
毛糸編む
山積みの商店街の福袋
新年会オンライン参加者もゐて
よく晴れて風もおだやか雪蛍
たこ焼きを食べてしばらく日向ぼこ
蠟梅や解体を待つ小学校
冬林檎沈黙の数十秒の
毛糸編む待合室といふところ
第78巻第6号(令和7年6月号)
花の夜
春日傘選るくるくると回しつつ
床の間がぱつと明るく桃の花
来た道を歩いて帰る春の昼
永き日や座り心地のよき椅子の
人数分買ふ兼題の桜餅
春風になる喜びも悲しみも
手に触るるだけで伝はる花の夜
第78巻第7号(令和7年7月号)
春愁
春日傘海が見たくて海に行く
やはらかき水やはらかき蝌蚪の国
どこまでも菜の花畑かと思ふ
鳥声や桜一樹の明るさに
花衣作り笑ひをすることも
散る桜一秒二秒三秒と
引き出しを空つぽにして春愁
第78巻第8号(令和7年8月号)
橋涼み
本棚の『往馬』『海山』花は葉に
新緑の風吹きわたる学舎かな
風薫る頃の東京古書会館
初夏や神保町は本の街
街路樹も電線もなく夏燕
甥姪の手のひらに置く柏餅
橋涼み記憶のなかにゐる人と
第78巻第9号(令和7年9月号)
青林檎
六月のタマゴサンドとツナサンド
もしかしてハンカチの木の花ですか
夏空や遠くの海が眩しくて
一人来てまた一人来て瀧仰ぐ
月涼しあつといふ間の一日の
半分は明日の朝に冷奴
雨音が部屋を満たして青林檎