「運河」(天水集;2023年1月号~)掲載作です。
第76巻第1号(令和5年1月号)
流れ星
三年振りの三年分の盆踊
白桃や色も形も優しくて
秋川の水をたつぷり使ひけり
大学の傍の古書店秋の日の
秋風や書き込みのある本を買ふ
秋暑しドア開けるとき音がして
直感を信ずるべきか流れ星
第76巻第2号(令和5年2月号)
落葉
初冬の駅の自転車駐車場
マフラーの安心感を持ち歩く
教へてもらふ大根の飾り切り
玉子酒今日は徹夜になりさうと
一歩づつ冬を感じて歩みけり
日の当たるところに集ひ冬日和
スキップの速度増しゆく落葉かな
第76巻第3号(令和5年3月号)
寒夕焼
甘樫丘展望台の冬日かな
二上山大和三山冬ざれの
やはらかき銀杏落葉や寺の昼
短日の一日フリー乗車券
冬の庭古代の風が吹いてゐる
白菜の葉色やさしき飛鳥鍋
次々に思ひ出すこと寒夕焼
第76巻第4号(令和5年4月号)
年詰まる
湖のどこか寂しき浮寝鳥
雪降れば遠きところと思ひけり
冬麗この商店も不定休
午後九時に全員揃ひ年忘
足湯して手湯して年を惜しみけり
睡眠不足が続けば風邪心地
速達の郵便が来て年詰まる
第76巻第5号(令和5年5月号)
冬の梅
どこまでも空は青くて明の春
息白し石段を駆け上がりゆく
神木に日の差してゐる雪蛍
山にかかる雲のかがやき旅始
雪に触れたがる右手と思ひけり
人日や微かに動く犬の耳
川沿ひに歩を進めれば冬の梅
第76巻第6号(令和5年6月号)
梅日和
梅林の鳥が集まるところかな
境内は真昼も静か梅真白
春めくやほんのり甘き深蒸し茶
濃き紅梅薄き紅梅重なりて
白梅のやさしき白と思ひけり
階段の猫は動かず水温む
少しづつ記憶を辿る梅日和
第76巻第7号(令和5年7月号)
散る桜
春ショール悲しきときは空仰ぎ
ハンガーに掛けておくだけ春の服
これも百円あれも百円うららけし
十階のベランダに出て石鹸玉
学校といふ春風の吹くところ
段ボール箱を机に桜餅
青空を引き寄せて散る桜かな
第76巻第8号(令和5年8月号)
鯉幟
よく猫を見かけるところ雪柳
いきいきと傾いてゐるチューリップ
藤棚のそばにボールの忘れ物
春惜しむ橋の真ん中あたりかな
葉桜や雨の涙の窓ガラス
柏餅一つだけ買ふ人もゐて
ふるさとの空は格別鯉幟
第76巻第9号(令和5年9月号)
虹
薫風や休み時間に開ける窓
全力で駆け抜けてゆく白日傘
見つけたよまた見つけたよ蝸牛
緑蔭に預ける軍手ヘルメット
夏夕べカレーに何を入れやうか
風を呼ぶ風鈴二百四十個
透き通る虹透き通る湖に
第76巻第10号(令和5年10月号)
夏帽子
七月の自転車でゆく博物館
蜜豆もパフェも二人で食べるもの
真夏日や実習用のヘルメット
夕焼の線路を跨ぐ歩道橋
正座することにはじまる夏期講習
優しきいろ優しきかたち未草
夏帽子歩けるところまで歩く
第76巻第11号(令和5年11月号)
線香花火
風鈴や日差届かぬ部屋にゐて
恋に心愛にも心さくらんぼ
日盛の野菜を包む新聞紙
万年を貫く瀧と思ひけり
写真撮る時だけは脱ぐ夏帽子
海広く空なほ広くハンモック
最後まで残す線香花火かな
第76巻第12号(令和5年12月号)
鵯
白桃や心の傷の治り方
そつと来てそつと離るる蜻蛉かな
欠伸してまた欠伸して糸瓜棚
窓全開扉全開秋日和
集まれば何かはじまる秋の暮
秋の風昼が終はれば夜が来て
鵯や百年続く議論あり