河野裕子先生は、2010年8月に他界されました。
河野先生による最後の「実作教室」
投稿をされている方にとっては、自分の歌が採用されて紙面に載るかどうかは一大事で、そのことによって励まされたり、落胆したりの繰り返しであることはよくわかります。けれども選歌に採用されるかどうかは、あくまで相対的なものとお考えください。一週に選べる歌の数は決まっており、たまたまその週に秀歌が多ければ選に漏れることもあります。落ちたからといって、その歌そのものに価値がないというわけでは決してありません。掲載された歌ばかりでなく、落ちた歌もぜひご自分のノートに残してください。歌は歳月の濃淡をくっきりと際立たせてくれるものです。作歌という行為は、何よりも持続が大切だと、この頃身に沁みて思わないではいられません。私はもう五十年近くも歌を作り続けてきましたが、歌を作ることによって自分という存在があったのだということを強く感じるようになってきました。どんな時にも、どうぞ作り続けてください。
「京都新聞」2010.8.16、から
逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと 『森のやうに獣のやうに』
たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか 『森のやうに獣のやうに』
たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり 『桜森』
書くことは消すことなれば体力のありさうな大きな消しゴム選ぶ 『体力』
さびしさよこの世のほかの世を知らず夜の駅舎に雪を見てをり 『歩く』