大学院に進学した理由は、「サンゴ礁の生物多様性の研究をしたい」ためでした。生物多様性を扱う分野はたくさんありますが、私は生態学の観点から取り組むこととしました。そして、サンゴ礁の主人公ともいえる、魚類についてテーマを模索していました。
スズメダイは、サンゴ礁の魚の中で、研究対象としやすいグループ(の一つ)です。色鮮やかで目立ち、種の同定が目視観察でも簡単で、種類が多いからです。おまけに生息数も多い!「スズメダイを中心に、サンゴとの関わりを扱う研究がしたい」、特に「どの種が、どんなサンゴを使うのか、探ってみたい」というアイディアから、「サンゴ礁の魚を対象に、ニッチ分割による多種共存のしくみを解明したい」と当時の指導教官に伝えました。
スズメダイの多様性の研究は、海外では 1970 年代から先行研究がありました。我が国においては、沖縄本島周辺海域での研究がありましたが、「ニッチ分割による多種共存」という生態学の理論を検証するための「モデル生物」という観点に立った研究はほとんどありませんでした。
しかし、指導教官の反応は否定的でした。「昔、私が指導した学生がすでに解明している」というものでした。その論文を入手して読みました。スズメダイ類が種類別に、水深によってすみ分けていることが記されていました。それぞれの水深帯でのサンゴのデータも記されていました。しかし、まだまだ未解明なことが残されていると思いました。
なぜなら、
1)水深別のスズメダイとサンゴのデータは記載的であり、明確な対応関係は解析されていない。「ある水深帯には、魚 A が多く、サンゴ X も多い。したがって、魚 AはサンゴXを好むのだろう」ということは考察されている。しかし、「魚Aは、サンゴ X に寄り添っていた」という、直接的な観察はなされていない。
2 )ある島でラインを1本だけとったものであった。島の周辺には、波当たりが異なる環境があり、波当たりの強弱の影響で、生息するスズメダイの種は異なるはずである。
ということで、様々な環境勾配(波当たり、地形、サンゴの形状)とスズメダイの直接的な関係は解析されていませんでした。そういうわけで、その後も指導教官に何度か交渉しましたが認められず、指導教官の考案した研究計画を元に研究をしました。
一方で「ニッチ分割」という観点に立った生物の多種共存の研究は、現在でも盛んなようです。「2020 年代になった現在、ニッチ分割なんて、古い観点ではないか?」と思っていた私は驚きました。「今度こそ、自分の発案でサンゴ礁魚類のニッチ分割と多種共存の研究をしたい」と思いました。そして、スズメダイ類を対象にしたのです。
ニッチ分割において、スケールの問題は重要です。以下にヒトが住家を探す場合を例にしてみましょう。ここでは、簡単にするため「山が近いか?海が近いか?」、「新築か?古民家か?」の2軸で考えてみます。
あなたが不動産会社の社員とします。そして「山の近くの古民家」を売りたいとしましょう。A さんに「山の近くの古民家」を紹介したらどうなるでしょうか。おそらく「山が近いのは良いけど、家が新築じゃない」ため、購入しないでしょう。
それでは、B さんに「山の近くの古民家」を紹介したらどうでしょうか?「古民家は良いけど、海が近くない」ため、購入しないでしょう。
A さんは「家のタイプで納得しない」、Bさんは「家の近くの環境で納得しない」といえます。
これを生態学的な用語に“翻訳”すると
家のタイプ=その人が実際に住みこむ構造物=マイクロハビタット
家の近くの環境=その人が住む家の周りの風景=ランドスケープ
住み込む=(ヒトも生物とみなせば…)生息する
となるので、A さんは「“マイクロハビタット”の観点で“生息”しない」、B さんは「“ランドスケープ”の観点で“生息”しない」といえます。つまり「“マイクロハビタット”および“ランドスケープ”の両観点が合致しなければ、そこには“生息”しない」という説明になります。
魚の場合も同様です。種 A は「サンゴ X」が成育している海域であっても、「波当たりの強弱に関係なく生息できる」わけではないのです。「波当たりが強く、なおかつサンゴ X が成育している海域」にしか生息しないのです。種 B は「波当たりが弱い海域であれば生息でき、サンゴにはこだわらない」、種 C は「波当たりが強く、なおかつサンゴ Z が成育している海域に生息する」、といえます。
これを生態学的に表現すると、以下のようになります。
1)種Aと種Cは、マイクロハビタットの観点(サンゴXとZ)ですみ分けている。しかし、ランドスケープの観点(波当たりの強弱)ではすみ分けていない。
2)種Bは、種Aおよび種Cとは、ランドスケープの観点(波当たりの強弱)ですみ分けている。しかし、マイクロハビタットの観点(サンゴXとZ)ではすみ分けていない。
3)生息場所選択における生態学的な要求度(住み場所への「こだわり」)は、種Aと種Cは(種 B と比較すると)「高い」、種Bは(種Aおよび種Cと比較すると)「低い」
4)「波当たりが強く、なおかつサンゴ Y がある場所」というニッチは空いている。
こういう観点から、Nanami (2025) では、スズメダイ類のニッチ分割と多種共存について、(完全ではないにせよ)その一端を明らかにできました。
自分がやりたかった研究が30 年経過して実現し、とても嬉しく思っています。しかし、自然界のしくみって、ホントに複雑ですね~