第4章 生き物を見分ける(2):一匹ずつ見分ける

4-1 生き物を一匹ずつ見分けると…

みなさんは家族や友人を見分ける時、顔•声•体格などを元に判断していると思います。なぜなら、これらの特徴は一人ずつ違うからです。同じように、海の生き物を1匹ずつ特定する方法があります。ある生き物について、特定の1匹を見分けることを個体識別といいます(ペットとして飼育されている動物も、飼い主によって“個体識別”されているといえます)。

生き物を個体識別すると、色々なことがわかります。

1)ある個体の行動範囲や移動距離

2)ある個体と他の個体との関係(ペア同士?ライバル同士?無関心?)

3)生き物の行動や能力の個体差

この他にも、個体識別することで、生き物への理解が一層深まることがあります。

4-2 模様で見分ける

海の生き物の中には、体に目立った模様がある種類がたくさんいます。この模様の違いを利用すれば、観察だけで個体識別できます。

魚の場合、体の側面•尾ビレの近く(尾丙部といいます)•目元などに模様がある種類がいます。例として、私がこれまで個体識別したことがある魚の写真を示します。

個体識別の方法ですが、調べたい個体について模様のスケッチをとります(※5)。できるだけ詳しいスケッチが良いです。魚の場合、左右両側面の記録をとることを忘れずに。そのあと、模様を元に個体に名前を付けます。私の場合、その模様をみて最初に思い浮かんだ物の名前を付けることが多いです(※6)。自分が覚えやすい名前を付けていただいて構いません。

観察が長期におよぶと、観察している個体の模様が少しずつ変わっていくことがありますので、変化に気づいたらスケッチし直すと良いでしょう。

4-3 標識をつける

模様などで個体識別できない場合、標識をつける方法があります。生き物に1匹ずつ名札を取り付けるようなものです。この場合、可能なかぎり無傷で捕獲する必要があります(第8章 生き物を採集する を参照してください)。

標識は市販されています。自作もできます。潜水観察することを考慮して、個体ごとに見分けやすい標識を選ぶと良いでしょう。また、標識を取り付ける場合は、可能な限り水中で行なうのが望ましいでしょう。ただし、水中での作業は残圧などに気をつけて安全第一を徹底しましょう。

4-4 識別記録は常に携帯する

個体識別のためにスケッチした模様や標識の記録は、観察の時に携帯するようにします。たくさんの個体について、模様や標識の特徴を覚えるのは困難であり、記憶違いなどがあればデータの正確さが失われるからです。

(※5)写真による記録も、もちろん問題ありません。私の場合、魚を研究対象にしていたので、模様に対して真正面から写真撮影するのに労力がかかると判断しました。そのため、スケッチにしました。動きが遅い生き物(ヒトデ•貝•ウミウシなど)であれば、写真を撮るのに苦労しないでしょう。

(※6)“ロッカク”、“シカク”、“ハンバーガー”、“クワガタ”、“ミカヅキ”など。理由は「そのように見えたから」です。名前のセンスは全く考慮していません。第一印象で名前を付けると、その個体の名前がすぐに頭に浮かび、忘れることはありませんでした。

ヒフキアイゴ ヒフキアイゴの模様のスケッチ

マトフエフキ マトフエフキの模様のスケッチ

アミメフエダイ アミメフエダイの模様のスケッチ