1月28日 提言文

樋井川流域治水に関する市民提言

樋井川流域治水市民会議

提言趣旨

私たちは樋井川の洪水を契機に、新しい時代の治水対策を実現するために樋井川流域治水市民会議を立ち上げ、その解決策について議論を重ねてきました。治水対策という一つの目的を共有し、地域の市民・各主体が連携し、みんなで行動する――この考えと取り組みは、地域社会の未来への希望として、流域全体に広まりつつあります。この提言は、流域治水対策を進めるうえでの重要な過程の一つであると認識しております。ある意味では始まりの始まりであります。

ここで提言する流域治水対策は、河川改修などハードの治水対策のみに頼るのではなく、流域に係わる全ての人が協力し、貯水・遊水・浸透を中心とした治水対策を行おうという新しい試みの提言であります。私たちは地球温暖化、市民主体、ダムを用いない洪水対策、高齢化社会などの課題を解決するべく、すべての人が、多面的にものごとをとらえ、前向きに豊かで安全で温かな人のつながりのある社会を目指しています。

流域全体で雨水を貯水・遊水・浸透させることは、洪水を防ぐための極めてシンプルな原則的な方策でありますが、全国においてもなかなか達成されていないのが実情です。それは多様な関係者が組織の垣根を越えて協力することがなかなか困難だったからです。加えて、市民に対して流域で治水を行うことの重要性やその方法に対する十分な情報が行きわたらなかったり、雨水の貯水・遊水・浸透を効果的に行う技術の開発と検証が遅れていたりするからです。この提言の実現のためには、関係者および流域全住民の連携、実現の可能性を信じる強い意志、そしてともに行動し実行することが必要です。

私たち市民会議は行政、企業、各種団体との連携を図りながら、自ら行動しこの提言を実現していく覚悟でいます。治水対策を単に治水対策としてとどまらせるのではなく、あわせて緑豊かな空間を形成し、子供たちが水に関心を持ち活動し、温かな人間関係を構築する端緒とし、この治水対策を発展させたいと考えています。治水対策を環境・景観、福祉、教育そして地域づくりへと展開しようという試みなのです。

福岡県・福岡市におかれましては、この提言を真摯に受け止めていただき、樋井川流域に関係する全ての住民との協働のもと、流域治水対策を推進していただきますようお願い申し上げます。

現状認識

福岡市では平成11年に御笠川が、平成15年に御笠川と多々良川が、平成21年に樋井川が氾濫するなど、近年都市型の水害が頻発しています。これらの主因はゲリラ豪雨(局所的短時間降雨)ですが、流域の都市化による洪水流量の増加も要因の一つとして見逃せない事実です。

樋井川流域(樋井川、桧原川、駄ヶ原川、一本松川、片江川、七隈川、糖塚川、東油山川)は源を市民憩いの場である油山に発し、平野と山地の境界には多くのため池をもっています。樋井川は福岡市中心部である南区、城南区、中央区、早良区の住宅地を流下し、博多湾に注ぐ流域面積29.2km2、流路延長12.9kmの都市小河川です。流域人口はおよそ18万人で、流域の都市化率は約70%です。河川の水質は清澄で、上流域の地質が風化花崗岩であることから、河床には白い砂が堆積し、アユやシロウオや多くの水鳥が生息する環境豊かな市民に親しまれている河川です。

しかしながら、近年、都市化の進展とゲリラ豪雨により、いったん雨が降ると10分から20分という短い時間に急速に水位が上昇し、子供たちが安心して河川の中で水遊びできない状況になっています。また河川沿いでは氾濫が発生しており、平成21年豪雨においても400戸以上が浸水し、鳥飼地区、田島地区、草香江地区には避難勧告が出されるなど、大きな被害を生じています。

流域治水の概念

流域治水は、流域全体で取り組む治水のことです。河道改修と下水道整備だけにとどまらず、流域全体で、雨水の貯留・遊水・浸透などの流出抑制を図り、かつソフトな防災対策を含んだ総合的な取り組みです。流域治水では流出抑制に加え、氾濫をある程度許容する一方で、被害を最小限にするあらゆる方策を講じます。

流域治水のハード対策は、河道改修と下水道整備を中心とした緊急対策と、流域における貯留・遊水・浸透などの流域対策の双方からなります。

なお、樋井川では、流域治水を環境・景観・教育・福祉へとつなげ、地域づくりに寄与する広い概念として用いています。

流域治水の目標

・ 時間雨量100㎜の雨に対して氾濫しない地域の実現

・ ゲリラ豪雨による短時間の水位上昇の抑制

・ 治水対策に合わせた環境・景観の改善による環境教育、福祉、地域づくりへの発展

提言の内容

提言1 全住民、全関係主体が協働で行う流域治水の推進

提言2 治水と環境・福祉・教育を切り離さない考え方の共有

提言3 2009年7月洪水に対応する緊急対策

提言4 流出抑制による流域対策

提言5 総合的な対策を行うための仕組みの構築・強化と実行

提言6 啓発・教育

提言7 研究・技術開発

提言8 樋井川流域から他流域へ

提言1 全住民、全関係主体が協働で行う流域治水の推進

・ 樋井川の流域治水を総合的に協働で進めるための仕組み(協働隊)の構築

・ 洪水、渇水問題には全ての住民の生活の仕方、意識が関係しているという事実認識

・ 流域治水都市宣言

・ 組織横断的な連携

流域全体で治水を行うためには、全ての場所を対象とした貯水・遊水・浸透能力の向上、そのための制度構築、効果を評価するための科学的な研究・技術開発が必要です。流域住民、事業者、行政、学者など全ての住民、全ての主体が連携して、協働で治水対策を総合的に推進することが必要です。そのためには何より関係主体間の意思の確認と治水対策を実施する協働隊の結成と活動が重要です。

提言2 治水と環境・福祉・教育を切り離さない考え方の共有

・ 河川の緊急対策とあわせて環境の向上を図るという考え方

・ 日常の助け合いの仕組みが災害時の共助として機能するという認識

・ 流域治水へのとりくみが環境教育、福祉、地域づくりへと発展するという考え方

流域治水対策を進めるときには、その基本的な考え方を共有する必要があります。治水対策を単に治水対策としてとどまらせるのではなく、あわせて河川沿いの道を遊歩道・コミュニティ道路にするなど、緑豊かな空間を形成し、子供たちが水に関心をもって活動し、温かな人間関係を構築するという考え方を共有する必要があります。また日常の助け合いの仕組みを、災害時の共助へと展開し、流域治水が環境教育、福祉、地域づくりへと発展するという認識を共有することが重要です。

提言3 2009年7月洪水に対応する緊急対策

・ 堆積土砂の掘削、拡幅、横断工作物の見直しなどによる河川整備

・ 下水道・用水路の逆流防止策の実施

治水対策としては、緊急対策と流域対策があります。流域治水の一部としてまず、2009年7月24日の氾濫に対応した緊急対策が必要です。そのために、河川の堆積土砂の掘削、拡幅、横断工作物の見直し、専門家の検証を踏まえた局所的なパラペットの設置などによる河川整備と、下水道・用水路の逆流防止の原因を調査し、逆流防止策を実施することなどの緊急整備が考えられます。それぞれの管理者が主体となって、整備を進めることを提案します。なお、河川整備にあたっては、親水利用、景観、生態系への十分な配慮を、市民と協力して行う必要があります。

提言4 流出抑制による流域対策

・ 時間雨量100㎜の雨に対して、40%の流出抑制(目標)

・ 土地利用ごとに流出抑制を最大限図る方策の実施

・ 実施の過程で分かったことを次に活かす執行体制の構築

時間雨量100㎜を対象に40㎜の流出抑制すなわち100㎜降った時に、流域から40%の雨水流出を抑制することを目標とします。これは下水道計画が59㎜対応であるためです。樋井川の洪水は1時間より短時間の降雨に対して発生するため、今後、流出モデルなどによる詳細な検討が必要です。なお、流出抑制を行う過程で、提言目標の一つである「ゲリラ豪雨による短時間の急激な水位上昇の抑制」も達成されると考えています。

流域内の全ての地区・土地利用形態の場所で、流出抑制をすることを目指し、土地利用ごとに最大限の貯水・遊水・浸透対策を実施することが不可欠です。とくに、ため池、公園、学校、公共施設、および空き地は、流出抑制の実現可能性が高く、効果も期待できるため、迅速なる対策の実施が望まれます。とくに、ため池の治水機能の強化および遊休地における調節地の設置は効果が大きいため、緊急対策として実施する必要があります。また、個人住宅、民間企業・集合住宅、道路、および駐車場の敷地も広く、市民との協力のもと、これらの場所においても対策を進めることが必要です。なお山林の面積は広大ですが、保水能力・保水方法ともに明確になっておらず、早急に調査・研究を行う必要があります。

また、川沿いの公園を切り下げるなどして遊水機能を強化することは、洪水到達時間を長くする効果が期待できるため、河川と沿川公園の一体整備が望まれます。

なお、樋井川流域には、樋井川本・支川を含めて8河川が流下しています。本・支川ごとに流域の土地利用の状況、地形などが異なるため、それぞれの特性に対応した優先的な流出抑制対策を見定め、実行する必要があります。

参考のために、以下に土地利用ごとの流出抑制量の目安と抑制方法を示します。

図 40%流出抑制を実現するための土地利用ごとの抑制の目安

山林(全流域の28.1%の面積、以下カッコ内は全流域に占める割合を%で示す)

森林土壌の質の向上

農地(1.6%)

保全策

ため池(1.5%)

集水面積(14.4%) 90%の場所で集水面積からの流出量は全量カット→13%

かさ上げ、浚渫、はき口形状の改善、利水容量の振替などにより全量カット

集水域の外から水を集めることができればさらに流出抑制に寄与できる

農業従事者との協働が課題

公園(5.3%) 80%の場所で流出抑制→4%

公園は少し掘って水をためる

学校(5.4%)全ての場所で全量カット→5.4%

モデル的に重要、教育的効果大

福大型グランド+縁を高くする、屋根の水はタンクにためる(受水槽の雨水利用)、貯めた水の有効活用

民間企業・集合住宅(16.8%)

貯留住宅に対する容積率の緩和、保水性の舗装の義務化、貯水池の設置、トイレ洗浄水への利用時の料金免除、浸透ますとトレンチの設置

公共施設(2%)全ての施設で全量カット→2%

受水槽、敷地の活用による雨水貯留

浸透ますとトレンチの設置

空き地(1.1%)全ての場所で全量カット→1.1%

市民緑地として借り、流出抑制に活用

遊休地(廃校の校庭など)には調整地を緊急整備

個人住宅(17.2%)

雨水ますへの枠設置、保水ブロックの利用、雨水タンク助成の強化、浸透ますの整備、敷地の非コンクリート化

道路(16%)

生活道路と歩道は保水性・透水性の高い舗装とする

道路からの排水に関しても貯留を考慮する

駐車場(2.5%)

保水性・透水性の高い材料の利用

河川(1.6%)

提言5 総合的な対策を行うための仕組みの構築・強化と実行

・ 流出抑制をするための制度(法律、条例、協定、税制、基金など)づくり

・ 雨水貯留・浸透技術を助言する専門家(雨水コーディネータ)の養成と活用

・ 自主防災の仕組みの構築と活性化および防災拠点の確保

・ 自主防災情報の提供(ハザードマップの改善、洪水予測システムの構築など)

・ 上下流・校区住民・主体間の交流と分かち合い

流域対策を総合的に実施するためには、ハードな施設整備だけでなく、それを社会に定着させるためのソフトな仕組みの構築、あるいはこれまでの仕組みの改善と強化が必要です。流出抑制を促進するための方策としては誘導措置と規制措置が必要であり、法律、条例、協定、税制、基金などを利用し、制度構築を図る必要があります。住宅地を対象とした雨水貯留・浸透技術を導入する際には、雨水コーディネーター制度をつくり、専門的な知識をもった雨水コーディネーターを養成し、普及にあたらせることが有効です。

流域治水対策の一つの柱が自主防災です。まずは自らが水害にあわない住宅の工夫や、防災情報の収集に努めるなど、自助能力を高めることが必要です。また防災時の共助の能力を高めるためには、日常的な地域住民の交流が基本であり、自治組織が中心となるべきです。氾濫の危険がある地域には自主防災組織の構築あるいは強化が必要で、実質的に機能させることが重要です。そのためには、防災活動拠点の整備、消防団や地域の福祉関係者との連携、地域防災リーダー、防災訓練、行政側からの指導などが必要です。

県管理河川と市管理の河川・下水道とが一体化したハザードマップの作成、車などを避難させることが可能な防災予測システム構築など、適切な防災情報の提供によって自主防災力をなお一層高めることが可能です。

流域治水の基本は自分のところに降った雨によって、他の人が災害に合うことをなくすことです。流域治水は、その基本的な考え方をみんなで共有しなければ進展しません。そこで上下流・校区住民・主体間で交流を行い、水害の原因や困っている人たちがいることを知り、みんなで流域対策を分かち合う必要があります。交流を進めるのは私たち市民ですが、行政側の支援も欠かせません。

提言6 啓発・教育

・ 全ての住民が水に関心をもつ社会の構築

・ 広報

・ 教育の実施(学校での貯留浸透、流域治水教材の作成、雨水(あまみず)センター・モデル住宅・モデル地区の設置・設定、学校間の流域交流など)

流域治水は全ての住民に係わるため、水に関心をもつ社会を構築する必要があります。そのためには、広報誌、ホームページ、報道機関、シンポジウム、勉強会などを活用し、積極的に広報を行う必要があります。

次世代を支える子供たちへの教育は不可欠です。川遊び・学校での貯留浸透の実施は、じかに水の大切さ、水の素晴らしさを体験できるという意味で、もっとも効果的な教育といえます。また流域治水を理解するための教材の作成、雨水貯留の重要さや技術の仕組みを体験できる学習用の雨水(あまみず)センター、戸建て住宅に雨水貯留浸透技術を導入する際に参考にできるモデル住宅、重点的に雨水貯留を行い見学できるモデル地区の設定、上下流、校区間の交流などが考えられます。このような教育によって、地域で活動し、地球環境問題の重大さを考える子供たちを育てることができます。

提言7 研究・技術開発

・ 協働による研究・技術開発の実施

・ モデル地区の設定と流出抑制対策の定量的評価

・ 各種要素技術の開発

・ 雨水産業の育成

・ 波及効果の把握

流域治水が進まない理由の一つは、効果の定量化が困難なことです。市民会議には複数の大学関係者がメンバーとして参加しており、行政、企業、市民と連携し、協働で研究・技術開発を進めることが不可欠です。

モデル地区を設定し、協働で観測・解析し、流出抑制効果の定量化を行う必要があります。貯留浸透施設の要素技術の能力の定量的評価も重要です。

また、貯留浸透施設の要素技術開発が必要です。たとえば、デザイン性、耐久性が高く安価な雨水貯留槽、保水能力を高め、緑化を促進する高機能土壌・舗装材、住宅敷地の流出抑制化技術、利用のしやすさや環境機能を備えた公園貯水技術、森林の保水能力の向上技術などの各種要素技術の開発です。

このような流域治水に係わる雨水産業を発展させるために、公募型技術開発制度の設立と各種要素技術の基準化・規格化を進め、福岡の風土性を反映した新しい地域産業の育成を促進することが求められます。

流域治水はヒートアイランド抑制効果、地域の景観向上効果などがあります。これらの効果についても定量的に評価する必要があります。

提言8 樋井川流域から他流域へ

福岡県、福岡市内には洪水に悩まされている地域がたくさんあります。私たちの取り組みを成功させ、樋井川流域にとどまらず、福岡市内、福岡県内の他の流域に適用する必要があります。さらにここでの流域治水の概念と手法を、全国、アジア各地の都市水害に悩まされる流域に展開し、地球環境問題の解決に貢献することを目指します。

以上

これまでの市民会議のあゆみ

24日

9日

25日

4日

19日

10日

29日

30日

5日

6日

7日

18日

19日

6日

13日

18日

平成21年7月

9月

9月

10月

10月

11月

11月

11月

12月

12月

12月

12月

12月

平成22年 1月

1月

1月

平成21年7月 24日 樋井川水害

9月 9日 発起人会議

9月25日 田島公民館事前説明会

10月 4日 第1回市民会議

10月19日 第2回市民会議

11月10日 第3回市民会議

11月29日 別府公民館説明会

11月30日 第4回市民会議

12月 5日 フィールドワークショップ(現地見学会)

12月 6日 シンポジウム 雨から川へ水のつどい

12月 7日 城南区自治協議会会長会説明会(第1回)

12月18日 第5回市民会議

12月19日 樋井川フォーラム

平成22年 1月 6日 流出抑制技術部会

1月13日 城南区自治協議会会長会説明会(第2回)

1月18日 第6回市民会議

発起人

角銅久美子(代表)

島谷幸宏(代表)

天本豊子

山下輝和

山下三平

渡辺亮一