動物は
食肉用につぶされる瞬間、
「恐怖」しか抱いていません。
たとえば
人間が死ぬときというのは
何となくそれなりの覚悟というか、
受け入れる気持ちが出来ていたりします。
または
「自分の命をかえりみず人を助ける」
とか、
「自分の空腹をおしても人に分ける」
とか、
自らの命に執着しない選択も
できなくはありません。
ところが、
「動物」という生き方を選択している存在は
「生きる」ことを最優先にするという課題を持っていて、
「生きる」以外のことを考える必要がありません。
なので、
「生きること」を継続できなくなることは
一番避けたい出来事であり、
この上ない恐怖となります。
そんな動物ですから、
つぶされてしまう直前には
「え?なんで?」
という、
ありえない恐怖心で満たされます。
最高潮の恐怖心に満たされることにより、
その動物は
一瞬にして「恐怖の細胞のかたまり」と化します。
恐怖以外に、
もしかすると
「怒り」や「悲しみ」も含んでいるかもしれません。
そんな細胞を、
人々は
「美味しい美味しい」と
喜んで食べています。
そのような「感情細胞」は
その肉自体の素材というか繊維というか、
人の目で観測できる次元のものではないので、
誰も気にしません。
その肉に重なるようにして
別次元で存在しているエネルギーです。
なので、
肉を体内に入れるということは、
そのエネルギーを
自分に同化させるということになります。
このように
「恐怖心」で成り立った肉なので
それを同化させた自分は
疑いの余地無く
「恐怖心に満ちた人間」になります。
肉食が激しい人ほど
怒りやすい傾向がありますが、
それは単純に
彼らが
「恐怖心」に満ちているからです。