Tryus(その2)
―アシックス機能訓練特化型デイサービスー
妻の糖尿病が悪化して足の疾患と相まって家で倒れて、回生病院へ入院したのは、2021
年4月13日だった。この病院は家の近くで、便利が良いのだが、3か月たつと転院を
迫られ、系列の尼崎出屋敷の大原病院に2021年7月5日、転院した。この病院には
2022年10月まで入院していたことになる。足の疾患は治ってきていたが、コロナ
で面接が制限され個室に閉じ込められたような状況になって、認知症が進んで介護認定
は要介護4となっていた。私は病院を退院して介護の施設に入所させようとしたが、
この病院は腰の褥瘡(じゅくそう)を理由に、受けてくれる施設はないと、退院して
他の施設へ入所することを、なかなか認めなかった。2022年の10月3日。妻が
病院の廊下で倒れ、腰の骨折の恐れがあるので、回生病院に入院をすることになった。
腰の骨折の傷は浅く手当の上、2週間で退院するときに、大原病院に戻らず、大阪加島
のSONPOの家加島駅前に入所することにした。そして2024年6月22日、午後
5時21分、急性心不全で、妻は亡くなった。
私は妻が倒れてから、高齢者のマンションの一人暮らしとなった。「一人暮らしを、生涯
続けるには援助を受けた方が良い」と思い、援助を求め、西宮市の高齢福祉課に、在宅介
護サービスの申請をすることにした。医師の意見書がいるので、渡辺血管センターの担当
医師にお願いした。調査員も来て、調べてくれたが、最初は非該当となった。さらに次の
年に再度申請したが、再び非該当となった。最近、介護認定審査はかなり厳しくなって
きているということであった。が、23年になって3回目の申請をした。この時は私の
腰の痛みが強くなってきていることと、眼精疲労が進んで、眼がかすんでくることがある
ことを調査員の人に訴えた。2023年の11月2月に西宮市から介護「要支援1」の介
護保険書が送られてきた。早速地域の包括支援センター「高齢者あんしん窓口」へ電話で
連絡した。
包括支援センターから西宮市と提携している居宅介護支援事業所ラポールの介護支援専門
員(ケアマネジャー)を紹介してもらい、私のケアプランを作成してくれることになった。
ケアマネジャー、中谷智恵さんは、私の住むマンションに来て、今何が必要なのか
を聞いてきた。私の夕食は「コープ神戸」の夕食の配達「マイクル」を月曜から金曜まで
を依頼している。買い物には行け、食事は大丈夫だ。そこで当面、週1回の家事整理とト
イレ・風呂場を含む掃除を依頼した。そしてもう一つは週1回のデーサービスを依頼する
ことにした。介護のデーサービスといえば、迎えに来てもらい、入浴したり、みんなで
集まって歌を唄ったりするイメージだが、私は10年前に体験したことのある機能訓練を
してくれるTryusを希望した。「Tryusをどうして知っているのですか」と聞かれた。
それで、デーサービスの中で,Tryusは特殊な一般的でない存在なのかもしれないと
思った。また、申し込んでも、人数が決まっていて、順番待ちになる場合もあるという話
だった。
2024年1月5日。Tryusに入会が決まって、初日だけは体験利用者として、その
日だけの100円払って参加することにした。9時丁度に私の住むマンションまで、トレ
ーナーの一人が運転するTryusと車に横書きされた車で迎えに来てもらい、あと3軒
回り他の会員を乗せて全員5名で、用海町のTryusに着いた。専属の車は6台あり、
私の乗った車は6号車だった。9時30分から集まった会員全員で準備体操がはじまる。
そしてその後、独特のトレーニング「スリング」と「マシン」そして「デュアル・タスク」
と3組に分かれ、それぞれトレーナーが付いて訓練が始まるのである。午前の部の会員数は、
午後の部と同じく総員で27名と決められていて、それを超えることは介護施設の規約上出
来ないことになっていて、3組に分かれるので一組9名ずつとなる。
ただこの日、私は初日の体験の利用者だったので一応、組は決められていたが一人離れ、
別のテーブルで、重要事項の説明を受けた。
Tryusの営業日と時間は、日曜日は休みだが、月曜日から土曜日までは、8時30分
~17時30分。また職員の配置の基準は、私はみんな同じ格好をしているので、職員は
みんな「トレーナー」と呼んでいるが、必要な基準資格者は、生活相談員1名以上。看護
師1名以上。介護士は当日利用者の数が15名まで1名以上。それ以上5名またはその端
数を増すごとに1名以上。そして機能訓練指導員1名以上が在職していることが最低の基
準だそうだ。が、私には職員は10人いて、その全員が「トレーナー」として活動して、
役割を果たしているように思えた。男子3名、女子7名。年齢は30代後半から40代が
揃っていて、私から見ると若い。そして全員が、機能訓練指導員などの資格は持っている
ことが分かった。
その他は、利用料金の話(要支援1の3割負担で私は、月6360円を払うことになる)
があり、そして利用料の支払い方法としては、利用者の銀行口座から引き落としとする
ことなどの話しがあった。利用契約書にサインして、銀行の引き落とし契約書に印鑑を
押した。
それが終わると、担当トレーナーと話し合って、Tryus独特の「個別機能訓練計画」
を作ることになった。まず、この訓練を続けて「どういう自分になりたいか」を考えて、
それの長期目標と短期目標を決めなければならない。話し合いにより、担当トレーナーの
提示してくれた計画はつぎのようなものだった。まず長期目標としては、「元気で一人暮らし
を続けて行く」になった。短期目標は「足を大切にして,転倒しない生活をする」ことで、
具体的には片足立ちで、左右それぞれ20秒ぐらい立ち続けられるように目標をたてると
いうものであった。この計画は3か月ごとに面接してチェックを受ける。
この日、その訓練計画と目標設定に納得して、さぁ訓練に参加しょうという前に、
Tryasでは必ず血圧を計らねばならない。そこで腕に巻き付ける血圧計で計ると、
上、190・下、85という高い数字が出た。担当のトレーナーは驚いて、看護師を呼んだ。
「上の血圧が180を超えると、訓練ができないことになっているのですが……」と、
看護師は私に、ゆっくりと深呼吸を静かにするようにいって、もう一度計ってくれた。
なんと上、178.下、75。上180は割ったが血圧は直ぐには下がらなかった。私の
血圧は普通、上、140、下60。位であるが、ときどき、高く上がる時がある。朝に
「血圧を下げるくすり」を飲んでおくと、上が180を超えることはないと思うが、
この日は朝に「くすり」を飲んでいなかった。この日はあと、「デュアル・タスク」
に加わったが、訓練の時間はほとんどなくなって、何だかわからぬうちに終わって
しまった。
次の2024年1月11日以降は毎週金曜日ごとに訓練に参加した。原則的には、
血圧測定後に、27人が3組に分かれて9人ずつの組になり、訓練を順番に行う
のである。組み分けは、最初の準備体操の後で、発表される。
例えば「デュアル・タスク」から始めた場合は次に「スリング」そして「マシン」
となる。「デュアル・タスク」は頭と身体を同時に使うことにより、考えながらでも
つまずきにくくなる訓練である。まずその日の担当のトレーナーを9人が囲んで
座る。トレーナーは両手の指・そして両足を使って、見本を示す。例えば、右手は
親指から折り曲げて小指からのばしていく運動をする。同時に左手は「ぐー」
「ちょき」「ぱ―」を繰り返す。同時に、両足は開いて「ぱー」、揃えて「ぐー」、
前後に開いて「ちょき」として、左手が「ぐー」であれば両足は「ぱー」で勝ち
という風に変化をつけて,繰り返してゆくのである。私は左手と右手と両足が
それぞれ違う動作をするのには、なかなかついていけず、未だにもたついている。
しかし私が感心するのは、担当のトレーナーが変わってどのトレーナーになっても、
間違わずに模範を示すことである。これは相当の訓練をしているのに違いないと
思っている。その他に連想を鍛える訓練がある。例えばトレーナーが「白い食べ物」
と言えば「米」「豆腐」「小麦粉」「砂糖」などと,すぐに答えられなくてはならない。
そして、「緑の食べ物は」「赤い食べ物は」と繰り返して連想力を鍛えてゆくのである。
この「デュアル・タスク」を30分すると、10分の休憩があり、お茶が出る。
お茶は煎茶と、ほうじ茶とスポーツドリンクがあり、それぞれ「熱い」、「冷たい」
が選べる。トレーナーは素早くお茶の意向を聞いて、それも間違いなく、紙コップ
に入れたお茶を配る。そして、トレーナーはその日の会員の名前を憶えていて、
お茶を配る時に会員の名前を口に出す。これも訓練していることが分かった。
Tryusのトレーナーは記憶力が強くなければ務まらないぞ。と私は思った。
次の「スリング」は天井から下がっている紐に手を通すなどして・日常生活
でのふらつきを防ぎ、柔軟性を高める全身運動である。トレーナーが正面で
号令をかけながら、やって見せる。最初は椅子に座って体の曲げ伸ばしを行い、
途中で、椅子をはずし、片足で立つ時間を多くして前後左右に身体を動かし、
倒れないふらつかない体を作る。私は最初、紐に手を通していたが、途中から
紐はやめて、ストックを両手でついて運動を行うようになった。その方が
自律性が高まるのかもしれない。この運動を真剣にすると、いつも汗が
にじみ出てくる。30分後、他の組も同時に10分の休憩となり、前と
同じように、お茶が配られる。
そして「マシン」に移る。各種マシンが9つ並んでいる。心肺を鍛える
リカベントバイク。脇腹の筋肉をつけるツイスター。お尻と太ももを鍛える
ヒップアダクション。太ももを強くするレグカール。肩、胸、背中を鍛える
チェストプレス。肩、背中を鍛えるショルダープレス。お腹、背中を鍛える
アブドミナルバック。お尻、太もも筋力をつけるレッグプレス。そして特別
に備え付けられた膝を曲げる椅子。この9つの並んでいるマシンを3分おきに、
トレーナーの号令にしたがって、乗り換えていくのである。私はこの
「マシン」の場合は特に、利用者の「真剣さ」によって大きくその効果が
違ってくるように思っている。例えば身体を曲げるときに息を吸い、伸ばす
ときに吐く、という呼吸法をしっかりやるか、やらないかによって、その後
の身体の感じが大きく変わってくるように思えるからである。
「マシン」が終わると、またお茶が出て、そのあとクールダウンの体操をして、
この日の午前中のトレーニングが終わるのである。トレーナーが6台の車を、
それぞれ運転して全員を自宅まで送り届けてくれる。私も12時半には家に
帰りつくことになる。
「健全な身体に健全な精神が宿れかし」というユベナリスの名句の「宿れ
かし」の願望を「宿るように挑もう」と目標にしたのがアシックスの創業
の精神であった。Anima Sana In Corpo Sanoの頭文
字をASICSと社名にした。その精神を介護事業に及ぼそうとしたのが
Tryusである。私はTryusに参加して、開設した時の10年前と
全然変わらず、10人のトレーナ―たちが、テキパキと一斉に活動する姿に、
その精神を強く感じている。
93歳の私は担当のトレーナーが提示してくれた「足を大切に、転倒
しない生活をして、元気で一人暮らしを続けて行く」という目標に向かい、
Tryusの訓練を続けて行って、そのまま進めば、今のマンションに
これから、一人で死ぬ最後の日まで、住み続けられるのではないか、と、
思うようになってきている。
(2024年11月18日)