2019.7.25
厚生局が入るビルの一室で 40代の男性歯科医師は唇を噛み、耐えていた。
「そんな治療をして恥ずかしくないのか」「あなたは臨床家として間違っている」――。目の前に座る指導官から執拗に繰り返される罵声の数々。治療内容や算定理由を説明しようにも、一方的に叱責が続く。「早くこの場を逃れたい」。男性は精神的に追い詰められ、時間が過ぎるのを待つしかなかった。
「確かにカルテに不十分な点はありましたが、単純な記載漏れです。それなのに、なぜ侮辱されたり、人格まで否定されたりしなければならないのでしょうか」。男性は悔しさをにじませる。指導官の怒鳴り声は、隣の部屋で順番を待つ歯科医師にも聞こえるほどだったという。
個別指導の在り方を定めた指導大綱では、「保険診療の取扱い、診療報酬の請求等に関する事項について周知徹底させることを主眼とし、懇切丁寧に行う」と規定している。指導は保険診療のルールを学ぶ教育機会に過ぎない。指導官には、被指導者を叱責することや、まして臨床家としての在り方まで指導する権限はない。
にもかかわらず、なぜ高圧的な指導が横行するのか。背景の一つに指導対象となる医療機関の選定方法がある。大阪では年間40~50の歯科医院が個別指導を受けている。選定の基準は「高点数」よりも患者や従業員、保険者からの「情報提供」が多くを占めている。
厚生局は「情報提供」を信ぴょう性が高い情報として扱い、優先的に選定している。つまり、選定時から「不正請求が行われている」と捉え、“クロ”だと決めつけて指導する素地があるというわけだ。一部の指導官が「不正を暴いてやろう」と“下心”を抱くことは、さもありなんだろう。
さらに指導は密室で実施される。第三者の目が届かず、指導官を静止する人はいない。立会人のなかには「少し言い過ぎですよ」と割って入る人もいるが、多くは期待できないという。指導官の暴走を招きやすい構造が横たわっている。
近畿厚生局管内の保険医協会は「高圧的」な指導で保険医の人権が侵害されているとして改善を要請。指導官の質の担保・教育についての取り組みなどを求めている。