【胡桃炸裂症候群】二次創作SS01

※阿木くんのお墓参りに行く鐵の話

(墓前にて、には行かないだろうなって話をしたので書きました)

※IFのお話です!!!!!!!!!頼む阿木くん死ぬな!!!!!!!!!!!

 時刻は未だ昼だというのに辺りが薄暗く感じるのは、重たい雨雲が空を覆っているせいなのか、それともここが墓地だからだろうか。

 鐵が空を見上げると、ぱた、ぱたた、と重力に耐え切れず、不規則に落ちてきた小さな雨粒が彼の上着にシミを作った。この程度の雨なら傘をさすほどでもない、と傘は車に置いてきていた。

 そもそも、こんな不安定な天気のなか墓参りに来る人間はそういないだろう。来るとすれば鐵のような訳アリか、よっぽどのモノ好きくらい――または、故人にそれほどの思入れがあるか。

 何がともあれ、わざわざ傘をさして顔を隠す必要がないのは面倒がなくていい。念のため自分をつけてきている人間がいないかぐるりと鐵は周囲を軽く見渡すが、案の定、人影は見当たらない。


「…………」


 小さな紙袋を引っかけている手とは反対の手で、井戸近くのコンクリートの床にある無記名の手桶と柄杓を拾い上げた鐵は、手桶を手押しポンプ式の井戸の前に置いた。そのままガッシャン、ガッシャン、と少々強めに取っ手を押して水をくみ上げ、手桶いっぱいに水を満たす。


「……このくらいでいいか」


 別に、墓石をぴかぴかに磨き上げるため来たわけではない。花立の水の交換と、軽く水で砂や枯れ葉なんかを流す程度ならばこれでも十分過ぎるくらいだろう。

 そう独りで納得した鐵は、柄杓を中に放ってから手桶をひょいと持ち上げた。勢いが強かったのか、手桶いっぱいの水が揺れて音を立てる。幸い、水がこぼれることもなく、鐵の服や靴が濡れることはなかったが、本人は大してそれを気にすることなく目的の場所へと歩き出した。


 黒、黒、灰色、白、黒、灰色……。ずらりと並ぶ墓石の色は不規則だが、おおむね同じ高さをしているせいで目的地を見失ってしまいそうにも思える。だが鐵はその素振りを見せることなくとある墓の前で足を止めた。

 墓石は綺麗に磨かれており、ポツポツとわずかに降る雨で濡れた部分だけが少しずつ色濃くなっている。花立には少し瑞々しさを失っているように見えるものの、美しく花開く菊が供えられていた。


「……水の、交換を」


 手桶を地面に置き、紙袋の紐を親指で引っかけるように持ち直す。それから手を合わせてそんな言葉をかけた鐵は、手馴れた様子で花束を引き抜いた。花立の中の少し濁った水を捨て、手桶に入れてきた水で満たして花束を戻す。これで、少しでも花が持てばいいものだが。

 ぱらぱらと降る雨は未だに止む様子もなく、鐵の服のシミは増える一方だし、頭に落ちてきた雫が彼の頬を伝って地面へと落ちていった。

 水を吸って重たくなる服が肌に張り付く不快感を気にすることなく、紙袋を再び片手で持ち直した鐵は柄杓ですくった水を軽く撒いて、辺りのゴミをそっと通路横の排水溝に流していった。まあ、このあと土砂降りにでもなれば意味がないのだが、墓参りに来たのだからやっておくのが礼儀というものだろう。

 ある程度のゴミを流したあたりで手桶の水が尽きる。柄杓を手桶の中に放ると、からん、という少しこもった音がした。


「こんなものでいいか」


 水も尽きたし、と呟くその言葉は誰に問いかけるものでもないもので、いまの今まで持ち続けていた紙袋から中身を取り出す音にすぐに掻き消されてしまった。

 ガサゴソと音を立てて袋から取り出されたのは、プラスチックの蓋がはめられているふたつの紙コップだった。カップには有名コーヒーショップのロゴが印字されている。


「肌寒いっていうからホットコーヒーにしたけど、正解だったな」


 今度ははっきりと墓石に向かって鐵がそう言葉をこぼす。ひとつを蓋をしたまま墓石の前に置くと、鐵は残りのひとつの飲み口を開けて飲み始めた。ごく、とコーヒーを飲む音とカップの蓋にぱた、ぱたた、と雨が当たる音だけが響く。


 無言。


 ただ黙って鐵はコーヒーをひとくち飲み、じっと墓石を見つめている。

 もうひとくち口に含んでは、ただただ墓石を見つめている。


 まばらに雨が降る中、持参したふたつのホットコーヒーを飲み切るまで(ひとつは冷めきってしまったが)一言も発することなく、彼は墓石を見つめ続けていた。降り注いだ雨が、彼の頬を伝って地面に落ちていく。


「——また来る」


 冷めきったコーヒーの最後の一口を飲み干すと、鐵は飲み終わったカップのゴミを紙袋に放り込み、手桶を拾い上げてそう呟いて歩き出した。

 ぱらぱらと降り続けている雨は、未だにやみそうにない。

▽あとがきというかなんて言うか……


前のふせで言っていた『墓前で黙ってコーヒー飲んで帰る男』のやつです。


自分の心の中に【後悔】というものでコーティングした阿木くんを置きたくはないし、置くことを本人が許せないだろうなあって思ったので代わりにお墓参りへ行く鐵を書きました。

阿木くんオンリーのお墓かどうかはわかんないなあ、と考えた結果、先祖代々のお墓かもしれん……と思って最初の「水の交換をしますよ」宣言だけはちょっとだけ堅いです。あとは全部阿木くん向けの言葉。

心の中で報告していることを書くのは、なんだか違うな~と思って書かなかったんですが「ごめん」とか「俺がああしていれば」とかの謝罪や反省なんかは阿木くんには伝えないと思います。ただただ現状報告というか……。まあ、まだ生きてるよっていう報告かなあ。


正直、阿木くんがここに眠っているとは思っていないんですが、阿木くんが死んだことをちゃんと自分自身に記憶させたくてお墓参りに来ると思います。阿木くんの姿をした何者がでてきたとしてもちゃんと殺せるように。冷静でいられるように。

阿木くんのことをけして忘れもしないし、失った悲しみはあるけれど、それに嘆いて足を止めるのは違うな、と思うタイプだと思うので。


まあ、阿木くんのクローンとか偽物がでたら冷静にブチギレますけどね。

「俺の大切な奴の姿を勝手に使うのはやめてくれないか」って。