【VOID】二次創作SS01

リオンくんと出会った頃の珊瑚の心情

 自分にバディのVOIDが付く、というのは事前に分かっていた事だったから、大きな抵抗感と恐怖を抱けども、それを理由に逃げ出すには値しなかった。そもそも俺には刑事にならなくてはいけない理由がある。逃げ出すなどという選択肢は存在しない。

 ……とはいえ、不安を抱いていたせいか寝つきは悪く、更には悪夢まで見た。おかげでギリギリの起床どころか、半ば義兄(にい)さんに起こしてもらうという迷惑までかけるし、日課だった素振りさえできない始末。あと車のラジオで聴いた占いも最下位だった。散々だ。

 警視庁の廊下を先導して歩いていく義兄さん——赤星さんに続く。ここからは気分を切り替えなくては。すれ違う刑事から向けられる視線を浴びながらも向かった部屋に〝そいつ〟はいた。

 

 型番BR800。男性型の最新型アンドロイド。

 俺よりも随分とでかいそいつが、俺のバディだという。

 

 義父(とう)さん——いや、黒田係長に青木と呼ばれた男性が俺にBR800についての説明をしてくる。青木さんはどこかおどおどとした態度だったが、初対面の俺に対して怯えているというよりかは元来そういう性格なのだろう。わかりやすい説明に対して何か質問をする必要もなく、テンポよく説明は先に進んでいく。

 ……が、登録の方法で思わず反応してしまった。


 ——手のひらを合わせて、名前を呼ぶ。


 手のひら。掌。つまり、実際にVOIDと——アンドロイドと接触をしなくてはならない。ぼんやりと今朝見た悪夢が顔を覗かせて、思わずこぶしを握り締める。落ち着いてきていた頭痛さえもガンガンと鳴り響きそうになって……ふと、黒田さんと赤星さんからの視線に気が付いた。

 そうだ、何をここで突っ立っている暇があるのだろうか。俺には刑事になる義務がある。黒田さんに、義父さんに拾われたおかげで、義兄さんに面倒を見てもらったおかげでいままでの生活が送れたのだから、彼らと同じ責務を背負うべきなのだ。こんなところで踏みとどまっているような愚か者に、俺はなりたくない。

 ……それに。それに俺は失われた記憶と10年前の事件の真相を手にしなければならない。それを同時になしえるには刑事になる他ない。迷っている暇も、怯んでいる暇も俺には存在しない。

「……っ」

 もう一度こぶしを握り締めてからBR800に近づき、手のひらを近づけて——あと数センチのところで、思わず止まった。そうだ、名前を考えなくては。

 ぐるぐると思考を巡らせる。アンドロイドが恐いとはいえ、バディ制度は規則だからこいつとは常に行動を共にすることになる。呼びやすい方が良いから、短い方が良いかもしれない。こいつの型式はBR800……BR800…………だめだ、良い愛称が浮かばない。何か、名前らしい単語が思いつけば……あ。

「………………リオン」

 必死で考えた結果、思い浮かんだのはいつかどこかで見かけた、人名でもよく聞く名だった。言葉の意味は「ライオン」だったり「雷」だったりと言語によってまちまちだが、まあこいつの雰囲気からして、中らずと雖も遠からずの名前だろう。

 ぐ、と若干BR800——リオンを押しのけるかのように手のひらを合わせて名前を呼べば、どうやら難なく登録は完了したらしい。アンドロイドに触れる、という行為に冷や汗が背中を伝っていったがまたこぶしを握ることで誤魔化した。こんなことで毎回動揺していてはいつ適性がないと判断されるかわからない、どうにか早く慣れなければ……。


    ▽

 

 互いの自己紹介も必要だろう、という黒田さんの言葉に背を押されるように俺とリオンは警視庁の外に出て公園を散歩することになった。気まずい、というか若干の恐怖感がぬぐえないというか……。仕事のパートナーになるのだから慣れる必要あるのは理解しているが、俺がこいつに慣れる日なんてものが来るんだろうか。

 そんなことを考えながらポケットに入れていたチョコレートをひとつ、口に放り込む。と、影がかかったような気がして視線を向けてみると、リオンが俺を——というか俺の持っていたチョコレートの包装紙を見つめていた。

 あえて距離を離そうとして少し早足で歩いていたが、気が緩んだか、それともコンパスの差か。縮んだ距離にゾッと悪寒が背中を駆け抜けていく。

「……近い、離れろ」

「すみません」

 恐怖のあまり反射的に叫ぶことはしなかったが、思わず言葉が詰まった。なんとか出たのは攻撃的な命令口調だったが、リオンは不快感をあらわにすることもなく俺から少し離れた位置まで距離を取った。離れた距離に、少しだけ早鐘を打っていた心臓が落ち着きを取り戻す。


 別に、こいつが……リオンが特別嫌いなわけではない。

 ただ俺は怖いのだ。アンドロイドという存在そのものが。悪夢で見る機械の手が、どうしても俺の心臓を握りしめて離さないから。

 ——ただ、それだけのどうしようもない理由が俺を縛り付けている。