【ジャンクパーツ・フルセッション!】二次創作SS01

風見ちゃんを生き返らせたことに対しての要(HO4)の〝罪悪感〟と樋口くん(HO3)とのすったもんだの話

※※※『ジャンクパーツ・フルセッション』本編後のどこかで、風見ちゃんに「ねぇ、それって罪悪感?」って言われる要が書きたかった。※※※

 ――責任を取るってさ、罪悪感から言ってんの?


 空気の入れ替えのために開けられた窓を背にする風見の、その柔らかな髪が夏の風にさらされて揺れている。

 夏特有のじっとりした湿度とは違う、嫌な汗が要の背を伝っていく。ごくり、と乾いたのどを潤すように唾を飲み込む音が二人しかいない部室にやけに響いて聞こえた。


「……わ、かんない」

「ふぅん」


 背中に氷を投げ入れるような質問をしてきた風見本人は、要の煮え切らない態度にさして怒るでもなく、興味なさげに返事をして見せた。いや、もしかしたら本当は怒ったのかもしれないが、いまの要にはそれを確かめる度胸も術もなかった。

 ――わからない。実際、要の思考回路を占めるのはただその一言だった。


 あの日、あの時。さっきまで近くにいたはずの風見が一瞬にして大量の血を流し、命の灯火を消した瞬間のことは覚えている。彼女の肉体を何かが貫いた、ぐちゅり、という嫌な水音は多分、まだ鮮明に思い出せるくらいの衝撃があった。まあ、思い込みで実際よりよっぽど酷い記憶になっている可能性は否めないが。

 それでも、あの時の衝撃と、その後の自分の行動は忘れようもない。

 あの黒コートの男がわざとらしく落としていったカードキーに気が付いたのは自分だけで。操も、乙河も、樋口も。誰も彼もみんな、その場に縫い付けられたように突っ立っていて。カードを拾い上げた自分のことも、あの機械を操作する自分のことも、だれも止めやしなかった――いや、そういう事が言いたいのではなくて。

 ぐるぐると思考が巡る。風が吹き抜けて涼しいはずなのに、背を伝う汗は先ほどよりも酷くなったような気がした。


「あ、あー……俺、ちょっと飲みもん買ってくんね。なんか今日暑くね? ちーちゃんも何かいる?」

「ううん、私はいいや」

「オッケー! じゃ、ちょっと行ってくんね~」


 明らかに気まずくなったこの空間から逃げ出そうとしていることは明白な言い訳だったが、風見はそれを指摘するでもなくひらひらと手を振って要を見送った。

 ――と、半ば転がるように部室を出ようとした瞬間、人影が要の横をすり抜けていった。


「あ、瀬戸光先輩」

「……お、樋口~! 遅いぞ~!」

「ちょ、やめてくださいってば。もう……」


 一瞬だけ表情が強張ったが、いつも通りの笑顔を顔に張り付けて、若干誤魔化すように後輩の頭をかき乱す。

 毎度のごとくわしゃわしゃと乱暴に撫でると、撫でまわされた樋口は迷惑そうに要の腕を軽く押しのけて、猫のようにするりと抜け出していった。

 パタパタと駆け足と早歩きの中間みたいな速度で部室内に入っていった樋口は、定位置の椅子に腰かけるとプログラミングの本を開いて読み始めた。前に見かけたものと違うから新しいものを買ったか借りたかしたのだろう。全く勉強熱心である。

 そんな樋口が窓の傍で風にあたって涼む風見のことを、横目で一瞬だけ見たのを目視してから要は足早にその場を立ち去った。


 樋口が風見にわずかな行為を抱いていることを要が知ったのは、あの慌ただしい日々が落ち着いてから少ししてからのことだった。

 巨大ロボ作成のためにジャンクパーツを集めに行く間、樋口と風見は行動を共にしていたことが多かったし、スサノオの爪を奪還しに行くときも同じ潜入班――この時は要も一緒にいたので厳密にいえば二人きりではなかったが――だった。

 まあ、非日常的体験の吊り橋効果もあるかもしれないが、好意的な感情を抱くことは何らおかしくはない。……潜入時のハプニングで怪我をした風見がふらついた結果、ふくよかな胸が樋口と接触してしまう、なんていうアクシデントもあったが、流石に樋口はそれで色恋感情を芽生えさせるようなタイプではないのでそこに関しては触れずにおく。

 諸々のことから樋口が無意識的に風見に好意を抱くのは十分なきっかけがあったと言えるわけだが、では自分は……?

 ぐるぐると思考回路を巡らせて風見に対しての想い変化のきっかけを思い返せば、いきつくのはやはり彼女の死だ。


 血しぶきと共にスローモーションで倒れていく風見の体。光の失われていく瞳。そして、そんなことが無かったことのように蘇生した彼女の姿。

 バクバクと鳴る自分の鼓動に、止まらない冷や汗。過呼吸にでもなりそうなほどの荒い呼吸と――風見が蘇ったことへの安堵感。


 生きていてよかった――否、生き返ってよかった。そう思って息を吐いた。胸をなでおろした。

 でもそれが大きな間違いで、過ちだったのかもしれないと明確に感じ始めたのはあの船で資料を見つけた時だった。

 ――責任を取らなくては。だって、俺があんな体にしたんだから。

 そう思って資料を探せば探すほど彼女を元に戻すことが不可能であることを知った。調べれば調べるほど、彼女が人ではなくなってしまったことを突き付けられていく。

 お礼を口にされたとしても、風見の命が冥府に飛び立ってしまう前に呼び戻し『死なないで欲しい』という自分勝手な願いで彼女の生を歪めたのは自分だ。それに罪悪感を覚えないわけがない。だから。だから――


 ……責任を、取るべきだ。



「でも、さ……」


 ……でも、それは。自分の中に或る罪悪感を少しでも薄めたいという後ろめたさから来る感情であって、樋口のような純然たる想いとは遠くかけ離れた思いではないのだろうか?

 それならば。そうなのであれば、淡い純情を抱くかわいい後輩の想いを踏みにじる前に、この薄汚い考えごと丸呑みして腹のうちに押さえ込んでしまうべきではないだろうか。


 ゆらゆらと視界の先で陽炎が揺れる。熱されたアスファルトの通路から自販機がある日陰に潜り込めば、ひやりとした空気が要の頬を撫でて行った。

 100円硬貨を入れてミネラルウォーターのボタンを押す。少し大きな音を立てて落下してきたペットボトルは良く冷えている。キャップを開け、水を一気に煽った。冷たい水が食道を駆け抜け、胃の腑に落ちていく。

 ズルズルと、自販機にもたれかかるようにして要は地面にしゃがみ込んだ。そうして祈るようにミネラルウォーターの入ったペットボトルを前に抱え込む。汗をかいたペットボトルの表面に額を当てれば、その水滴がまるで涙のように頬を伝って地面に落ちて行った。


「……わっかんねぇ」


 風見の言う通り、『責任を取る』ことが罪の意識からなのであればいい加減この身勝手な思いを抱えることはやめるべきだ。風見にも、樋口にとっても迷惑だから。

 ……そう、わかっている。理解はできているつもりなのだ。でも、じゃあどうして――


 どうしようもなく、胸の何処かがじくじくとわずかに痛む気がするのだろう。


 これが罪悪感から来る痛みなのか、違うものなのか。それを知る術を要は持ち合わせていない。