【不眠怪異聞】二次創作SS01

デスマで脳死した羅賀(HO3)とおひいさん(獅子原編集長)の話

※※※『不眠怪異聞』の五話駆け抜けテストプレイ01陣のHO3、羅賀宇哉と獅子原沈海編集長のSSなので、不眠怪異聞の感想とかそういう話ではないよ※※※

 ライターや小説家などの物書きがちょっとばかし行方を眩ませるのは、そう無い話でもない。というのは世間でもよく知られていることだろう。『探さないでください』などと書置きを残して消える、というのはフィクションの中で使い古された方法だ。


「――とはいえだ。これは流石におかしくないか……?」


 煙管を口に加えたままガリガリと頭を掻いた羅賀は、もう何時間も見つめ続けている液晶から一瞬だけ目を離した。眼球が渇いてシパシパするのを何度か瞬きをして誤魔化す。

 入れたまま放置していた灰を雁首から掻き出し、机の上に置いてある刻みタバコの袋に手を伸ばしかけたところで、羅賀の体はぱたりと机に崩れ落ちた。……面倒くさい。

 新しく刻みタバコをいちいち丸めることも、その後マッチを擦ることさえも面倒だ。そもそも2、3回程度吸ったら灰になってしまうから、煙管は作業をしながら吸うことには向いていないのだ。

 粋な男は一服するときはキッカリ休憩にする、と死んだ爺さんも言っていたような気がする。そんな話した覚えはないが、きっと空の上の爺さんはそう言っているはずだ。


「羅賀、サボるな」


 カタカタと何時間も変わらぬペースでタイピングを続ける獅子原から叱咤の声が飛ぶ。

 どういう訳か一気にライターが飛んでしまったせいで、この敏腕編集長でさえいつもより忙しそうにしているのだ。まぁ、いわゆるデスマというやつで。机でぐったりと伸びる羅賀を蹴飛ばす足にもいつもより力が入っていた。


「い゙ッてェ~!」


 弁慶の泣き所に、獅子原の靴の硬いつま先がクリーンヒットする。ゴッという効果音が適切であろう鈍い痛みに、流石の羅賀も飛び起きた。ガタガタと椅子が喚く。

 ヒール部分で蹴飛ばしてこないところは彼女の優しさだと思う。……多分。


「……おひいさんが容赦なく蹴りすぎておじさんの足、痣だらけになりそう」

「それだけ口が回るのなら頭も冴えているな。休憩は終わりだ、作業しろ」

「へいへい。仰せのままに」


 とほほ、とふざけてはみるものの実際かなりまずい状態なのは確かだ。

 いやはや、一体どうして自分たちがこんな目に合わなくてはならないのか。考えれば考えるほど愚痴しか出てこない。余計なことを考えずにいるためにはヤニは欠かせない。とはいえ煙管では……とタイピングを再開しながら唸っていた羅賀の脳裏に天才的発想が駆け巡った。

 文章の打ち直しがちょうど終わったタイミングで顔を上げて、獅子原を見つめる。彼女から視線は返ってこないが、気にせずに羅賀は言葉を続けた。


「なァ、おひいさん。ちょーっとおじさんのお願い聞いてくれない?」

「……なんだ。つまらん願い事だったらまた蹴るぞ」

「いやなに、おひいさんの吸ってる煙草をおじさんにもくれないかな~?っていうお願いなんだけど。勿論、貰うからにはあとで俺が買ってくるからさ……ね?」


 パン、と神頼みをするかのように両手を顔の前で合わせる羅賀にようやく獅子原が画面から視線を逸らし、見つめ返してくる。流石に疲れが出ているのかいつもより目つきが悪く、ぎろりと睨まれたようにも感じる。「やっぱダメ?」と眉を下げる彼に、はぁ、と獅子原の口から大きな溜息がこぼれていった。

 タイピングの手を止め、咥えていた煙草を口元から外す。獅子原は随分と短くなった煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、灰皿の中の山にポイと放った。こんもりと積もったその吸い殻たちが、どれだけ彼女らが作業を続けているかを教えてくれる。

 吸い殻を放った彼女の手はそのまま流れるように机の上の煙草の箱に伸びて、新しい1本を取り出す。箱を定位置に戻した様子に、あ、やっぱりダメか、と羅賀は苦笑を浮かべた。

 喫煙者にとってデスマ時の煙草は生命線と言っても過言ではない。受け入れられなくても当然である。そんなことを考えている彼に一切視線を送ることなく、彼女の指先は軽い音を立てて箱を弾いた。

 その衝撃でスーッと机の上を僅かに滑った箱はくるりと半回転をして、羅賀の目の前で止まる。咥えた新しい煙草に火をつけた獅子原は、紫煙を吐きながら「いいぞ」とだけ呟くとまたカタカタと作業に戻ってしまう。

 残されたのは呆けた羅賀のみ。悲しくも作業に疲れた脳ミソでは、獅子原が快く煙草を恵んでくれたことに気付くまでに数分を要した。え、うそ、と彼女と煙草を何度か見て、ようやくその事を理解すると、彼は未だかつてないほどの速さで煙草を取り出して咥え、火をつけて、肺いっぱいに煙を吸い込んだ。


「おひいさん~~~!」

「煩い、叫ぶな。早く仕事しろ」


 感極まって泣きそうな顔をする羅賀にまた獅子原の叱咤と蹴りが飛んでくる。相変わらず狙ったかのように脛に響く打撃。痛い、泣きそうだ。でも煙草を恵んでくれたことの方がよっぽど嬉しくて、そんな痛みも消し飛んでしまう。


「ほんっと、おひいさんはイイ女だよ」

「…………お前の中のいい女とやらの基準は随分と下にあるんだな」


 ヤニを摂取したことで上機嫌な羅賀は、先程よりも軽やか且つリズミカルにタイピングをしている。心なしか鼻歌まで歌いそうな勢いだ。そんな彼から出た言葉に獅子原の視線が冷えたものに変わる。本当によく回る口だな、という幻聴さえ聞えてきそうだ。


「え、おじさんがイイ女だな~って思うのおひいさんだけだぜ? 流石にそんな節操なしじゃねェよ〜」


 ――俺は年功序列なんてもんより実力主義派だから、おひいさんのことは心の底から尊敬してるし、上司としても記者としても信頼してるんだぜ。おまけに美人ときたもんだ。こき使われるのは、まァ……ちょっとばかし大変だけどもう慣れたしな。お互いヤニくせぇ部屋にいても構わん、酒も飲める、そんでもって仕事もできるなんて最高の相手だろ。いっそ結婚して欲しいくらいだわ。

 カタカタ、カチカチ、と今までのだらけ具合はなんだったのかと問いたいほどのスピードで羅賀は作業を進めていく。まぁ、良く回る口はついでに余計なことをボロボロとこぼしている訳だが。


「ッと、よし。じゃ、おひいさん確認頼むわ」


 そう言って羅賀はギィと音を鳴らしながら背もたれに寄りかかった。2人分の煙でうっすら雲ができている天井でクルクルとシーリングファンが回転している。ゆっくりしたその動きを見詰めながら、羅賀は固まった身体を解すように大きく伸びをして、胸いっぱいに煙を吸い込んだ。

 天井に向かって長く紫煙を吐き出した彼は一向に獅子原から返事がないことを不思議に思ったのか、ひょいと起き上がる。彼の目に映るのは、じっと自分を見つめる獅子原の姿だ。ぱちくり、と2人の視線が交わる。


「おひいさん、どうした? データも飛んだか。それとも眠いんならコーヒーでも淹れてきてやろ、う……か?」


 どうかしたのか、と問いかけたその瞬間。

 まさか自分が変なことでも言ったのだろうかと、なんとなく口にしていた話題をなんとか思い出した羅賀は、ぽとりと咥えていた煙草を落とした。運よく床に落ちたそれをゆっくりとした動作で広いあげ、握りしめて火を消す。じゅ、という音と、熱さと、一瞬遅れてやってきた痛みが、全ては夢でないことを教えてくれる。


「………………煙草、買ってくるわ……」


 オイルの切れた人形のようにぎこちない動作で吸殻の山にそれを乗せ、財布と携帯端末をポケットにねじ込むと、羅賀は獅子原の許可を確認する前に脱兎のごとく部屋を飛び出した。


「――俺は、俺ァなんてことを…! ていうか死ぬほど戻りづれェ……! でも戻らねぇと作業終んねぇよ! クッソ……!」


 あぁ、もう。だからデスマは嫌なんだよ! なんで俺がこんな目に逢うんだよ……!

 なんて声にならない叫び声をあげながら、ガシガシと頭を掻きむしる羅賀。彼が獅子原への煙草を数箱と甘いものを持って、冷や汗をかきながら部屋に戻るのはそれから10分後の話である。