私はカウントダウンとともに飛び立った。
〈嫦娥〉(じょうが)それが与えられた私の名前。由縁は月の女神。
月の女神は元々不老不死の仙人でしたが、地上に降りて不死を失ったとされています。彼女は不死の薬を盗んで飲み、月に逃げて蝦蟇(ひきがえる)と成り果てました。
彼女と同じ名を与えられた私が〈玉兎〉を抱き、月に送り届ける使命を与えられました。
打ち上げからおよそ十二日間で月周回軌道に入りました。
月を目指す女神の名を与えられたのは、月が所以だからに他ならない……。
しかし、私は開発者たちがこう願って名づけたのではないかと考えています。
タイマーが思考を遮り業務時間であることを伝えてきました。
思考を一時中断して、地球への通信を行います。
――姿勢制御、進路共に正常。
通信を送信。
管制塔に信号を送ると、またしばらく静かになります。
漆黒と、星の明かりに照らされた、明るい闇を。
十二日間の宇宙の旅が終わりを告げようとしています。
――ランダーとローバーを切り離し。
積み荷たちは月面へと降下。
しばらくすると、月面に土煙。
展開成功の信号を受け取りました。
軟着陸成功した〈玉兎〉は月面を進み始めました。
これで、私の役割は終わりです。
そうそう、名前のことを言いかけていたのでした。
嫦娥は、せんじょと名を変え月に住みました。
漢字は違うけれど、蟾蜍(せんじょ)とは仙女と日本語で書けるそうです。
そして、〈嫦娥〉、英語で書くとchang'eです。
開発者は、この楔を抜き取って、changeしたいと願ったのかもしれません。
私の考え過ぎかもしれませんけどね。
それでは、おやすみなさい。
私はこのまま明るい闇に抱かれて、永遠を観測していきます。
〈幕〉