別の人に
美容院。髪型に限らず、首から上を整えてくれる。
友人が跡継ぎの美容院は、かなり安く整えてくれるから貧乏学生の私は重宝している。
裕福でも貧乏でもない「絶滅危惧種」の中流家庭が私の実家である。ごく普通の商社のごく普通のサラリーマンをしている父と、ごく普通の家庭を維持している母。ごく普通の家に生まれた私は、ごく普通に学生生活を続けて、ごく普通の都内の大学に進み、ごく普通に下宿生活。
友人は逆に、高校を地方だった私の母校にわざわざ下宿してまで通っていた。後で聞いたのだけれど、高校生の時期から自活することを体験的に学ばせようという親心だったらしい。だが、毎日のように私の家に食事を摂りに来ていたことは黙っておくべきだろうか。
今度は私が食事を摂りに行く番かとも思ったけれど、せっかく料理を覚えてきたので出来るだけ自活しようと、時々レトルトに頼りつつも貧乏なりに楽しんでいた。
友人は大学には進まなかった。
どこに進んだのかというと、美容専門学校で二年間。大学四年間の私よりも二年間だけ早く社会人になるわけだ。
成人式へ一緒に行くと、同じ年齢なのに途端に大人びて見えたのには参ったが、それが友人と私の人生経験の違いから来るオーラの差なのだ。
で、別れ際に「継ぐことにしたから、ちょっと寄って行ってよ」と言われて着いていった。
営業時間後になり、そこで私は日本髪を下ろし、少しばかり髪を整えてもらった。
最初の何回かは専門出たての彼女のモルモットであり、付き合いで営業時間後に通っていた。
「ね、ミッキーっていいとこの人?」
「全然普通よ」
「中流家庭?」
「絶滅危惧種なのぉ」
などと友人たちと語らうこともあった。
私のモルモット生活は毎日ではなく、飛び石のように空白期間があり、まとめて実験体になる期間とが綺麗に分かれていた。
それでも実験に付き合うのは半月に数度が限界で、毎日通うほど髪が伸びたりはしなかった。
毎日ほんの少し伸びる髪を整えるだけに美容院に通ったら、いいとこの人だったろう。
あれから半年は経った。友人は接客にも慣れ、モルモットを必要とはしなくなった。それでもカット料を割り引きしてくれたり、彼女の薦める髪型にしてみたりした。
「ミッキー、失恋?」
「してないわよ。なんで?」
写メを友人が見せてくれた。
「昔のミッキーってロングだったから」
美容院に通いすぎて、私の髪は肩のあたりまで短くなっていた。
何事もほどほどが肝心らしい。
―幕―