要旨
私たちは目覚まし時計が無くても大体毎日同じ時間に目が覚め、そして同じ時間に眠くなります。こうした毎日のリズムを概日リズム(サーカディアンリズム)と言います。この生体リズム形成に中核的な働きをしているのが時計遺伝子で、体内のほとんどあらゆる細胞が時計遺伝子を用いてリズムを刻み、朝と夜で振る舞いを多少異にします。これは医療にも影響を与えます。例えば、ある種の抗がん剤の効果や副作用の強さは朝投与されたときと夕方投与された時で異なるということが報告されています。こうしたことを念頭に置き、薬によって投与する時間帯を変えていこう、という試みをChronotherapyと言います。ただ、現状では様々な理由からあまり一般的とは言えません。
さて、時計遺伝子のお話から始めましたが、私は「時計屋さん」ではなくRheumatologistであり、自己免疫疾患が専門です。自己免疫疾患とは、免疫系が外敵だけではなく自己、すなわち自分自身の身体の構成成分を攻撃対象にするようになって生じてくる病気のことを言います。今回お話させていただく全身性エリテマトーデス(SLE)はそんな自己免疫疾患の中でも比較的多く、日本には6~10万人程度の患者さんがおられます。特に若い女性が罹りやすいため仕事などの日常生活はもちろんのこと、妊娠出産にも影響し、患者さんの人生に大きなインパクトを与えてしまいます。
それを踏まえてお話を時計遺伝子、概日リズムに戻しましょう。免疫系の働きにも概日リズムがあります。そして時計遺伝子の中で免疫系への関与が最も深いと考えられ、多くの研究が行われているのがBMAL1(ARNTL)です。BMAL1は細胞の概日リズム形成に関与しているのみならず、各種の炎症促進タンパク(サイトカイン)の転写制御領域に直接結合し、サイトカイン分泌の調節にも関与しています。そして末梢血内で最多を誇る免疫細胞は好中球なのですが、末梢血内の成熟好中球の寿命は24時間と短く、その「一生」は概日リズムそのものです。実際マウスBmal1は末梢血好中球の成熟・老化に深く関与しています(Adrover JM. Immunity 2019)。
好中球は最多の免疫担当細胞であるにもかかわらず、その扱いにくさから今まであまり研究が行われてきませんでした。しかし近年様々な機能があることが判明し、SLEでも重要な働きをしていることが知られるようになりました。そのことから私は好中球に注目して研究を行い、SLEのマウスモデルを用いてBmal1が好中球に作用を及ぼすことでSLEの病態に関与することを発見しました(In Revision)。
今回はSLE、好中球について概説するとともに、上記の研究のお話をさせていただきます。そして皆様とともにSLEのChronotherapyの可能性についても考えてみたいと思います。
略歴
2005年3月に京都大学医学部医学科卒業後、京都大学医学部附属病院にて2年間の初期研修、天理よろづ相談所病院にて3年間の内科ローテイタ―研修に従事し、2010年4月より京都大学大学院臨床免疫学(免疫・膠原病内科)に入学。2017年7月医学博士取得。2018年6月よりNIAMS/NIH Systemic Autoimmunity Branch (Mariana J Kaplan’s lab)にてポスドク。2024年9月より京都大学リウマチセンターに復帰予定。
興味分野は膠原病における好中球の関わりと、タンパクのカルバミル化について。
日本リウマチ学会リウマチ専門医、日本リウマチ学会認定ソノグラファー。
演者: 中坊周一郎先生(NIAMS/NIH, 京都大学リウマチセンター)
演題:時計遺伝子BMAL1の全身性エリテマトーデス(SLE)における役割
協賛:Elixirgen Scientific
開始時間:5/17(金) 18時~
会場:Rangos 490