2013/06/18 第14回(2) "Somewhere, over the Waddinton’s hills"(岩渕久美子)

投稿日: Jun 05, 2013 10:31:29 PM

岩渕久美子

(敬称略)

Biology of Reprogramming, MRC Centre for Regenerative Medicine, SCRM building, University 

of Edinburgh, Edinburgh BioQuarter, 5 Little France Drive Edinburgh, EH16 4UU, United Kingdom

要旨:

“Somewhere, over the Waddinton’s hills”

動物の胚発生は受精卵に始まり、その経過とともに各々の細胞が特異的な機能を持った体細胞へと分化していきます。細胞系譜の決定により新しい機能を獲得することと引き換えに受精卵や初期胚が持っていた全能性・多能性は失われ、哺乳類の身体では一部の体性幹細胞を除いて別の種類の細胞を生み出すことはできなくなります。

この終末分化に至る細胞の運命を、C. H. Waddingtonは起伏に富んだ地形を下って行く一つのボールとして表現しました。しかし、一旦は麓まで転がり落ちたボールを頂上に向かって蹴り返すことができたとしたら、ボールはどこへ行くでしょうか?もと来た道を辿って同じ場所に戻るのでしょうか?はたまた蹴られるがままに無茶苦茶な道を辿ってあらぬ方向に行くでしょうか?

2006年に胚性幹細胞(ES細胞)をモデルとして創り出された人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells; iPS細胞)は、たった4つの転写因子を導入することで終末分化に至った体細胞をもう一度三胚葉系に分化できる未分化状態にまで戻したものです。とはいえ、その巻き戻し―初期化の効率はあまり高いものではなく、多能性に向かって蹴り返したはずのベクトルは目的地に向かうことなく様々な要素によってかき乱され、殆どは明後日の方向に行ってしまいます。

そもそも、体細胞の初期化というのはどのような現象か?体細胞が多能性を持つ細胞へと逆戻りするはずの過程で、実際にはどのような道筋を辿るのか?どの経路が近道か?厄介な起伏はどこにあるのか?これらを理解すべく、私はWaddingtonのランドスケープをさかさまに登るための地図の作成に従事してきました。

今回のショートトークでは、京都大学再生医科学研究所・iPS細胞研究所在学中より現所属であるエディンバラ大学MRC-CRMにまたがって行って来た研究の中から、1) 細胞表面抗原および内在性多能性幹細胞マーカーを用いた初期化経路の細分化、2) 細分化されたサブ細胞集団の網羅遺伝子発現解析・シングルセル遺伝子発現解析による評価、 3) マイルストーンとなる遺伝子発現のマッピング についてご紹介したいと思います。みなさまの忌憚のないご意見を心より楽しみにしております。