遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
A男とB男は、他人の声を聞くのが好きだった。
本人たちにとって、それは悪趣味ではあっても、悪事ではなかった。
名前は出していない。
顔も出していない。
内容も少し加工している。
だから、大丈夫。
そう思っていた兄弟の声が、ある日から、誰かの娯楽になった。
―――――
A男とB男は、兄弟で動画投稿をしていた。
といっても、顔を出すわけではない。
自分たちが何かを話すわけでもない。
投稿していたのは、他人の会話をもとにした短い音声動画だった。
近所の口論。
職場の愚痴。
誰かの泣き声。
電話越しの怒鳴り声。
小さな秘密を打ち明けるような、震えた声。
もちろん、そのまま使うわけではない。
声色を変える。
一部を削る。
場所が分からないようにする。
名前が出そうな部分は切る。
それから、少しだけ字幕を足した。
「深夜に聞こえたヤバすぎる会話」
「隣人の本音が怖すぎた」
「匿名だから言える、人間の闇」
動画は、そこそこ伸びた。
コメント欄には、笑い声のような文字が並んだ。
「これ本当にあった話?」
「リアルすぎる」
「人間って怖いな」
「もっと聞きたい」
B男は画面を見ながら笑った。
「兄貴、また伸びてるよ」
A男も満足そうに頷いた。
「やっぱり人の本音って強いな。作りものよりリアルだ」
「でもさ、これ大丈夫なの?」
B男が、ほんの少しだけ声を落として言った。
A男は笑った。
「大丈夫だろ。個人で楽しむぶんには問題ないって聞いたことあるし」
「でも投稿してるじゃん」
「だから加工してるだろ。名前も出してないし、誰のことか分からない。ほとんど創作みたいなもんだよ」
B男は少し考えてから、画面の再生数を見た。
「まあ、そうか。匿名だしな」
A男はイヤホンを外しながら言った。
「本人にバレなきゃ、傷ついたことにもならないだろ」
その言葉で、二人の中の小さな違和感は片づいた。
A男たちにとって、聞こえてきた声は、もう誰かの生活ではなかった。
素材だった。
切り取って、加工して、投稿するための素材。
誰かが怒っていても、泣いていても、追い詰められていても、そこに名前がなければ、A男たちには関係なかった。
むしろ、そういう声ほどよく伸びた。
ある夜、B男が新しい音声を聞きながら言った。
「この人、かなり追い詰められてるね」
A男は、少しだけ間を置いてから答えた。
「だからいいんだよ。感情が入ってる方が、見てる側に刺さる」
「ひどいな」
「ひどいって言っても、誰か分からないんだからいいだろ」
B男は笑った。
「たしかに。匿名にしてるしな」
その夜、二人は新しい動画を投稿した。
タイトルは、こうだった。
「聞かれているとも知らずに、本音を吐き出す人たち」
動画は、これまでで一番伸びた。
―――――
次の朝。
A男は、自分の声で目を覚ました。
最初は、夢だと思った。
枕元から、自分の声が聞こえていた。
「だからいいんだよ。感情が入ってる方が、見てる側に刺さる」
A男は跳ね起きた。
部屋には誰もいない。
スマホは机の上に置かれている。
なのに、自分の声がどこかから流れている。
B男の部屋からも、同じ声が聞こえた。
「兄貴!」
B男が青ざめた顔で飛び込んできた。
「なんか、俺たちの声が流れてる!」
A男はスマホをつかんだ。
通知が大量に届いていた。
知らないアカウントが、昨夜の自分たちの会話を投稿していた。
音声は加工されていた。
声は少し変えられている。
名前も出ていない。
顔もない。
けれど、A男とB男には分かった。
これは、自分たちの声だ。
タイトルには、こう書かれていた。
「他人の秘密で稼ぐ兄弟の本音」
再生数は、すでに伸び始めていた。
コメント欄には、見慣れた言葉が並んでいる。
「リアルすぎる」
「こういう人いるんだな」
「最低だけど面白い」
「もっと聞きたい」
B男は震えた声で言った。
「これ、俺たちのことだよな?」
A男は画面を睨んだ。
「でも、名前は出てない」
言った瞬間、自分で言葉に詰まった。
B男がゆっくり顔を上げた。
「それ、俺たちがいつも言ってたやつじゃん」
A男は返事をしなかった。
動画を通報しようとした。
削除依頼を送ろうとした。
けれど、どこにも相手の実体がない。
投稿者名は、ただの記号だった。
プロフィールには一行だけ書かれていた。
「匿名にしているので、問題ありません」
A男の喉が、嫌な音を立てた。
―――――
その日から、二人の生活は変わった。
何を話しても、翌日には投稿された。
リビングでの口論。
小声での相談。
収益を分ける話。
不安になって黙り込んだ時間。
「もうやめようか」と言ったB男の声。
「今さらやめたら損だろ」と返したA男の声。
すべてが加工され、匿名化され、短い動画になった。
タイトルだけが、毎回少しずつ悪意を帯びていた。
「バレなければいいと思っていた兄弟」
「自分が聞かれる側になった瞬間」
「匿名なら許されると思っていた人の末路」
A男は怒鳴った。
「ふざけるな! これは俺たちの会話だ!」
だが、コメント欄は冷たかった。
「誰のことか分からないからセーフ」
「加工してるから創作でしょ」
「嫌なら聞かれるようなこと言わなきゃいい」
「個人で楽しむぶんには問題ないんじゃなかった?」
B男はスマホを床に投げつけた。
「なんで、誰も分かってくれないんだよ!」
A男は何も言えなかった。
分かってほしいことほど、切り取られる。
説明しようとした言葉ほど、面白く加工される。
反論すればするほど、次の素材になる。
やがて二人は、話すことをやめた。
紙に書くこともやめた。
スマホで打つこともやめた。
それでも、次の日には動画が上がった。
「沈黙でごまかそうとする兄弟」
「何も言わない人間の本音」
「無言がいちばん怖い」
沈黙まで、素材になった。
B男は部屋の隅で、膝を抱えていた。
「兄貴……俺たち、何をしてたんだろう」
A男は、床に座ったまま答えた。
「分からない」
「俺たちが聞いてた人たちも、こんな感じだったのかな」
A男は目を閉じた。
思い出したくない声が、いくつも頭の中で鳴った。
怒っていた声。
泣いていた声。
誰にも聞かれないと思って、やっと吐き出された声。
家族にさえ言えなかった本音。
誰かに届いてほしいのではなく、ただその場に置かれただけの弱音。
A男たちは、それを拾った。
拾ったのではない。
盗んだ。
そして、整えたふりをして、売り物のように並べた。
「匿名だから」
「加工しているから」
「誰か分からないから」
その言葉で、声の向こうにいた人間を消していた。
A男は、ようやく気づきかけていた。
匿名にしていたのは、相手を守るためではなかった。
自分たちが責任を感じないためだった。
そのとき、部屋の中に音が響いた。
新しい動画の通知音だった。
B男が震える手で画面を見た。
そこには、今の会話がもう投稿されていた。
タイトルは、
「盗聴兄弟、ついに反省する」
A男は、血の気が引いた。
画面の中では、自分たちの声が少しだけ低く加工されていた。
間の取り方も変えられていた。
沈黙には、笑いを誘う効果音まで入っていた。
B男が叫んだ。
「やめてくれ! これは違う! こういう意味じゃない!」
だが、その叫びも、すぐに次の動画になった。
「被害者ぶる兄弟の叫び」
コメント欄には、また同じ言葉が並んだ。
「面白い」
「もっと続けて」
「本人たちにはバレないでほしい」
「いや、バレてる方が面白い」
A男は、画面を消そうとした。
その瞬間、画面の奥に、見覚えのある二人が映った。
机に並んで座る、昨日までのA男とB男だった。
イヤホンをつけ、音声編集ソフトの前で笑っている。
過去のB男が言った。
「兄貴、この叫び、使えるよ」
過去のA男が答えた。
「いいね。感情が入ってる」
今のA男は叫んだ。
「やめろ! それは俺たちの声だ!」
過去のA男は、画面のこちらを見た。
そして、かつてのA男と同じ顔で笑った。
「大丈夫だろ。名前も出してないし」
過去のB男も、軽く肩をすくめた。
「加工してるし、誰か分からないよ」
A男は、何も言い返せなかった。
過去のA男は、最後にこう言った。
「匿名にしたから、いいだろ?」
その言葉が終わると、部屋の音がすべて消えた。
静かになった。
あまりに静かで、自分の心臓の音だけが聞こえた。
その音さえ、誰かに聞かれている気がした。
次の朝。
A男は、自分の声で目を覚ました。
「匿名にしたから、いいだろ?」
枕元から、その声が流れていた。
再生数は、また増えていた。
―――――
外へ流したものは、形を変えて自分の中へ返ってくる。
この話は、盗聴の法律判断を描くための話ではない。
ここで見たいのは、もっと手前にある感覚だ。
「個人で楽しむだけならいい」
「加工しているから大丈夫」
「匿名だから問題ない」
「本人にバレなければ傷つかない」
そうした言葉は、一見すると理屈の形をしている。
けれど、その理屈の中で、声の向こうにいる人間は少しずつ消えていく。
誰かの会話は、ただの音ではない。
誰かの弱音は、ただの素材ではない。
誰かの怒りや涙は、娯楽のために置かれているわけではない。
それでも、聞く側にいるとき、人は簡単に忘れてしまう。
自分は安全な場所にいる。
相手は誰か分からない。
名前も顔も出していない。
だから、これは誰も傷つけていない。
けれど、それは本当に相手を守るための匿名なのだろうか。
それとも、自分が責任を感じないための匿名なのだろうか。
この話の裏側にあるのは、盗聴だけの問題ではない。
それは、盗み聞きする者だけの問題ではなく、
それを見たい、聞きたい、もっと知りたいと思う側の問題でもある。
誰かの秘密が切り取られ、加工され、見世物になる。
そこに再生数がつき、コメントがつき、次を求める声が生まれる。
そのとき、実際に盗聴しているのは投稿者だけなのだろうか。
もしかすると、そこに集まる視線そのものも、別の形の盗聴なのかもしれない。
ニーズがあるから、切り取りは続く。
見たい人がいるから、見世物は増えていく。
誰かのプライバシーが売り物になり、そこに少しずつ脚色が混ざり、やがて本人の生活よりも「見られるための物語」の方が強くなっていく。
人に見られることが、悪いわけではない。
自分の姿を残したい。
誰かに見てほしい。
今の自分を形にしたい。
そう思うこと自体は、自然なことだと思う。
けれど、見られるために生きる時間が長くなるほど、今ここにあるものが、少しずつ背景へ追いやられていくことがある。
目の前の海よりも、写真に残る自分。
目の前の会話よりも、誰かに見せるための切り取り。
目の前にいる大切な人よりも、画面の向こうから返ってくる反応。
そのすべてを否定することはできない。
人は、誰かに見られることで励まされることもある。
誰かの反応によって、自分の存在を確かめられることもある。
ただ、そこに収入や評価や再生数が結びついたとき、見られることは、いつの間にか見せることへ変わっていく。
見せることは、やがて売り物へ変わっていく。
そして売り物になったものには、ほとんど必ず脚色が混ざる。
その脚色は、最初はほんの少しかもしれない。
少しだけ分かりやすくする。
少しだけ面白くする。
少しだけ強い言葉にする。
けれど、その少しずつが積み重なったとき、ありのままの生活は、誰かに消費されるための物語へ変わっていく。
人は相互関係の中で生きている。
自分だけが嬉しくても、どこかが壊れる。
自分以外が喜んでいても、自分が削られていれば、それもまた壊れていく。
だから、誰かの声や姿や生活を扱うときには、そこにいる人間を消してはいけないのだと思う。
匿名にしているから。
加工しているから。
見たい人がいるから。
本人もどこかで見られたがっているから。
そうした理屈の中で、人の生活を見世物にしていくと、やがて見ている側も、見せている側も、同じループに入り込んでいく。
見られてなんぼ。
反応されてなんぼ。
売れてなんぼ。
伸びてなんぼ。
そう言い切れる人もいるのかもしれない。
けれど、その先で大切な何かを置き去りにしていないか。
見られるために整えた自分が、今ここにいる自分を少しずつ遠ざけていないか。
誰かの生活を素材にすることで、自分の生活まで素材のように扱い始めていないか。
大切なのは、見られている場所でどう振る舞うかだけではない。
むしろ、誰も見ていないときに、何を選ぶか。
今ここにいる自分と、そこにいる大切な人を、見世物にせずに感じられるかどうか。
この物語が最後に置いている問いは、そこにある。
自分が素材として扱った誰かにも、同じように守りたい生活があったのではないか。
そして、自分自身の生活もまた、誰かに見せるためではなく、まず自分が生きるためにあるのではないか。
その問いの前では、ただの声も、ただの視線も、少しだけ別の重さを持ちはじめるのかもしれない。