遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
A子は、WordPressについて悩んでいた。
便利なテーマやプラグインを使いたい。けれど、費用も、更新も、セキュリティも気になる。
安全に進めようとするほど、A子は本来の目的から少しずつ遠ざかっていく。
WordPressの三つの問題をめぐる小さな思考遊戯。
―――――
A子は、WordPressの管理画面を見つめていた。
「うーん、どうすればいいのかしら……」
悩んでいたのは、記事の内容ではなかった。
デザインの色でも、タイトルの付け方でもない。
テーマとプラグイン。
そして、セキュリティの問題だった。
WordPressには、便利なテーマやプラグインが山ほどある。
デザインを整えるもの。
表示速度を改善するもの。
SEOを補助するもの。
お問い合わせフォームを作るもの。
会員機能を追加するもの。
決済を導入するもの。
セキュリティを強化するもの。
バックアップを取るもの。
探せば、たいていの機能は見つかる。
A子は、最初それを素晴らしいと思っていた。
「こんなに何でもできるなら、私にも本格的なサイトが作れるわ」
けれど、知れば知るほど、簡単には喜べなくなった。
WordPressは世界中で使われている。
だからこそ、狙われやすい。
もし、大切な顧客情報を扱うなら。
もし、問い合わせ情報や購入情報を受け取るなら。
もし、何かの会員情報を保存するなら。
「便利だから」という理由だけで、何でも入れるわけにはいかない。
古いプラグイン。
更新が止まったテーマ。
作者が不明なファイル。
評判の分からない配布元。
互換性が確認されていない機能。
それらを不用意に入れれば、サイトは便利になるどころか、危険な入口になってしまう。
A子は、最低限の基準を決めた。
随時更新されていること。
利用者が多いこと。
不具合報告に対応していること。
セキュリティ面で放置されていないこと。
「まずは、安全に使えるものを選ばないと」
そう考えるのは、当然のことだった。
ところが、その条件で探すと、候補は一気に絞られた。
便利で、機能が豊富で、更新も続いている。
サポートもあり、安心して使える。
そういうテーマやプラグインは、ほとんどの場合、有料だった。
A子は、少しがっかりした。
無料のものもある。
けれど、使ってみると、欲しい機能が足りないことが多い。
無料版ではここまで。
続きは有料版で。
詳細な設定は有料プランで。
サポートは購入者のみ。
自動更新は正規ライセンスのみ。
A子は、ため息をついた。
「開発費が必要なのだから、しょうがないわよね」
そう思う一方で、現実的な問題もあった。
テーマを一つ買う。
プラグインを一つ買う。
また別の機能が必要になり、もう一つ買う。
合わなければ別のものを試す。
返金制度があるものも多い。
けれど、気に入らなかったからといって、購入と返金を何度も繰り返すのは気が引ける。
そもそも、試すだけで時間がかかる。
設定して、確認して、合わなければ戻す。
別のものを入れて、また確認する。
デザインが崩れれば直す。
表示速度が落ちれば調べる。
他のプラグインと相性が悪ければ原因を探す。
A子は思った。
「便利なものを選ぶだけで、こんなに大変なの?」
そこで、A子は別の方法を知った。
GPLだった。
WordPressの世界では、テーマやプラグインの多くがGPLというライセンスのもとで提供されている。
そのため、正規販売元以外から安く入手できる形で配布しているサイトもあった。
A子は考えた。
「試すだけなら、これでいいかもしれない」
本格的に使うと決めたら、正規販売元から購入すればいい。
まずは試用の段階で、操作感や相性を確かめる。
気に入れば、きちんと購入してサポートと更新を受ける。
一見、合理的な方法に思えた。
けれど、そこにも新しい問題があった。
GPLで配布されているファイルには、サポートや自動更新がついていないことが多い。
そして何より、配布元の信頼性を見極めなければならない。
A子は、すぐに不安になった。
「これ、変なファイルだったら大変なことになるわ」
安く試せる。
けれど、安全とは限らない。
最新版と書かれていても、本当に最新版なのか。
ファイルが改変されていないか。
更新は早いのか。
問い合わせに対応するのか。
突然サイトが止まらないか。
決済後に連絡が取れなくならないか。
A子は、判断基準を作ることにした。
まず、試したいテーマやプラグインの最新バージョンを確認する。
そのうえで、GPL配布サイトに問い合わせる。
返信が早いかを見る。
内容が具体的かを見る。
更新履歴が止まっていないか見る。
長期契約や生涯契約は避ける。
まずは短い期間だけ契約する。
A子は慎重だった。
しかし、実際に調べてみると、思った以上に厳しかった。
問い合わせても返事がない。
返事が来ても、曖昧な内容しか返ってこない。
契約前は早かった返信が、決済後に急に遅くなる。
更新されているように見えたサイトが、突然止まる。
最新と書かれていたものが、実は古い。
ダウンロードしたファイルが、うまく動かない。
A子は、何度も立ち止まった。
有料の正規版は高い。
無料版は機能が足りない。
GPLは安いが、別の確認コストがかかる。
便利さ。
費用。
安全性。
三つを同時に満たす道は、思ったほど簡単ではなかった。
A子は、ようやく信頼できそうなGPLサイトを一つ見つけた。
返信は早い。
更新も比較的早い。
ファイルの不具合にも最低限対応してくれる。
長期契約を強く押してこない。
A子は、少しだけ安心した。
「これで、まずは試せるわ」
そうしてA子は、バックアップを取った。
テスト環境を用意した。
本番サイトにはいきなり入れないようにした。
更新前には必ず確認するようにした。
怪しい挙動があればすぐ戻せるようにした。
気づけば、A子はずいぶん詳しくなっていた。
どのテーマが軽いか。
どのプラグインが重いか。
どの機能が競合しやすいか。
どの更新は慎重にすべきか。
どの配布元は危なそうか。
以前なら分からなかったことが、今では少しずつ見えるようになっている。
それは成長だった。
けれど、同時に疲労でもあった。
A子は、ふと管理画面の横に置いたノートを見た。
そこには、びっしりとメモが書かれていた。
更新確認。
バックアップ確認。
配布元確認。
バージョン確認。
互換性確認。
不具合確認。
契約期間確認。
購入元確認。
本番反映前確認。
確認。
確認。
確認。
安全のために選んでいたはずなのに、選ぶこと自体が大きな作業になっていた。
A子は、ようやく一つのテーマと、いくつかのプラグインを決めた。
「これでひと安心ね」
そうつぶやいた瞬間、管理画面に通知が出た。
更新があります。
互換性が確認されていません。
バックアップを推奨します。
A子は、しばらく画面を見つめた。
そして、別の画面を開いた。
記事一覧。
そこには、下書きが二つだけ残っていた。
どちらも、最初の数行で止まっている。
A子は思い出した。
自分が本当にやりたかったのは、テーマを選ぶことではなかった。
プラグインを比較することでもなかった。
配布元を調べることでも、バージョンを確認することでもなかった。
書くことだった。
届けることだった。
必要な人に、必要な情報を置くことだった。
けれど今のA子は、まだほとんど何も届けていない。
守るための準備だけが増えていた。
守るべき中身は、まだ空白のままだった。
A子は、空っぽに近いサイトを見つめながら思った。
「このサイトは、何を守っているのかしら」
バックアップはある。
セキュリティも気にしている。
更新にも注意している。
不具合にも備えている。
けれど、その場所に置かれている言葉は、まだ少ない。
A子は、静かにノートを閉じた。
安全に作るために始めたはずだった。
便利に進めるために選んだはずだった。
費用を抑えるために工夫したはずだった。
それなのに、A子はいつの間にか、
「作ること」よりも、
「安全に作る準備」を守る人になっていた。
画面には、また新しい通知が光っていた。
A子は、その通知をすぐには押さなかった。
かわりに、真っ白な下書きを開いた。
そこには、何も書かれていなかった。
けれどA子は、久しぶりに少しだけ安心した。
少なくとも、この空白だけは、まだ更新通知を出してこなかった。
―――――
WordPressには、大きく分けて三つの悩みがある。
便利さ。
費用。
安全性。
便利にしようとすれば、テーマやプラグインを使いたくなる。
しかし、便利なものほど有料であることが多い。
費用を抑えようとすれば、無料版や別の入手経路を検討したくなる。
けれど、そこで今度は更新やサポートや安全性の問題が顔を出す。
もちろん、有料だから必ず安全というわけではない。
無料だから必ず危険というわけでもない。
GPLという仕組みそのものが悪いわけでもない。
本来、WordPressが自由に使われ、広がってきた背景には、オープンな思想がある。
それによって多くの人がサイトを持てるようになり、多くの開発者がテーマやプラグインを作り、便利な環境が育ってきた。
ただ、その自由さは、同時に選ぶ側の責任も増やす。
どこから入手するのか。
誰が更新しているのか。
いつまで保守されるのか。
本番環境に入れてよいのか。
自分の目的に本当に必要なのか。
こうした判断を一つずつしていくうちに、
気づけばサイト作成そのものより、道具選びとリスク管理に時間を使っていることがある。
WordPressは、無料で始められる。
しかし、無料で済むとは限らない。
お金を払うか。
時間を払うか。
不安を抱えるか。
知識を積み上げるか。
どこかで、何かしらの形で対価を支払うことになる。
それはWordPressに限らない。
便利な道具の多くは、入り口を軽くしてくれる。
けれど、深く使おうとした瞬間、管理、判断、保守、責任という見えない重さが現れる。
問題は、その重さを引き受ける価値があるかどうかだ。
顧客情報を扱うなら、慎重であるべきだ。
収益を生むサイトなら、保守も必要になる。
事業として使うなら、安全性を軽く見てはいけない。
しかし、ただ書きたいだけなら。
ただ置きたいだけなら。
ただ自分の考えを残したいだけなら。
そこまで大きな仕組みを背負う必要があるのかは、立ち止まって考えてもいい。
便利な道具を使うことは、悪くない。
詳しくなることも、無駄ではない。
だが、道具を守ることに夢中になりすぎて、置きたかった言葉が空白のままなら、何かが逆転している。
安全に進むことは大切だ。
けれど、守るべきものがまだ何も置かれていない場所を、
どこまで厳重に守り続けるべきなのだろうか。