遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
人は、外面を整える。
髪型、服装、表情、言葉づかい。
それらを少しずつ調整しながら、社会の中で見られる自分を作っていく。
では、その外面をすべて脱ぎ捨てれば、本当の自分にたどり着けるのだろうか。
それとも、さらけ出したつもりの姿さえ、また別の外面になってしまうのだろうか。
外面と本当の自分をめぐる――裏思考遊戯。
―――――
A子は、鏡の前に座っていた。
美容院から帰ってきたばかりだった。
髪はきれいに整えられ、顔まわりには柔らかな動きが出ている。
肌には丁寧に下地を重ね、アイラインは目の形を自然に引き立てていた。
口紅の色も、服の雰囲気に合っている。
外見だけを見れば、何も問題はなかった。
むしろ、よくできていた。
鏡の中のA子は、きちんとしている。
清潔感があり、上品で、周囲から好感を持たれそうな顔をしている。
けれどA子の手は、少し震えていた。
アイライナーを持つ指先が、いつもより不安定だった。
A子は、鏡の中の自分をじっと見つめた。
そして小さく呟いた。
「外面を整えることは、本当に私を満たしてくれるのかな」
その言葉は、鏡にぶつかって戻ってくるだけだった。
A子は、昔から外見を整えるのが得意だった。
髪型。
メイク。
服装。
姿勢。
笑い方。
写真に映る角度。
どれも、少し工夫すれば印象が変わる。
明るく見せたいときの色。
きちんとして見せたいときの服。
優しそうに見える表情。
自信があるように見える立ち方。
A子は、それをよく知っていた。
どこへ行っても、A子は褒められた。
「きれいですね」
「いつもちゃんとしてますね」
「雰囲気がありますね」
「自分を大切にしている感じがします」
そう言われるたびに、A子は微笑んだ。
「ありがとうございます」
その返事も、もう何度も練習したように自然だった。
けれど、褒められるほど、A子の中には別の感覚が残った。
見られているのは、私なのだろうか。
それとも、私が作った外面なのだろうか。
外見を整えれば整えるほど、人はA子を好意的に扱った。
店員の対応も柔らかくなる。
初対面の人も丁寧に話してくれる。
写真を載せれば、反応も増える。
それは嬉しいことのはずだった。
しかし同時に、A子は思ってしまう。
もしこの髪型ではなかったら。
もしメイクをしていなかったら。
もし疲れた顔のまま、姿勢も崩れて、笑顔も作らなかったら。
そのときも、人は同じように私を見てくれるのだろうか。
A子は、外面を整えるほど、自分が偽物になっていくような気がしていた。
ある日、A子は友人のB子とカフェで会った。
B子は、A子の顔をじっと見て言った。
「今日も完璧だね」
A子は笑った。
「そんなことないよ」
「本当に。髪もメイクも服も、全部ちゃんとしてる」
B子の言葉に、A子は少しだけ胸が苦しくなった。
褒められているはずなのに、なぜか責められているようにも感じた。
B子は、少し言いにくそうに続けた。
「でもさ、たまには本当のA子も見せてくれていいんだよ」
A子は、カップを持つ手を止めた。
「本当の私?」
「うん。外面だけじゃなくて。もっと素のA子というか、飾ってないA子というか」
A子は笑おうとした。
けれど、その笑顔はうまく作れなかった。
「飾ってない私って、何?」
B子は困ったように笑った。
「たとえば、すっぴんで出てくるとか。疲れてるときは疲れてるって言うとか。無理して笑わないとか」
A子は、その言葉を聞いて黙った。
すっぴん。
疲れている顔。
作らない笑顔。
それが本当の自分なのだろうか。
確かに、A子はいつも整えていた。
人に会う前には鏡を見て、服を直し、表情を整えた。
でも、整えない自分が本当だと言われると、それも違う気がした。
寝起きの顔。
疲れた顔。
機嫌の悪い顔。
何も考えずに出た言葉。
それらは、本当に「本当の自分」なのだろうか。
それとも、ただ手入れされていない外面にすぎないのだろうか。
その夜、A子は長く鏡の前に立っていた。
メイクを落とす。
髪をほどく。
アクセサリーを外す。
服を着替える。
ひとつずつ外していくたびに、鏡の中のA子は変わっていった。
華やかさが消え、輪郭が少しぼやける。
肌の色むらが見える。
目元の疲れも見える。
A子は、鏡の中の自分を見つめた。
これが、本当の私なのだろうか。
そう思おうとした。
けれど、すぐに別の声が浮かんだ。
この姿だって、ただの外面ではないのか。
メイクをした顔も外面。
メイクを落とした顔も外面。
整えた髪も外面。
乱れた髪も外面。
どちらも、鏡に映るものにすぎない。
A子は、自分の内面を見せたいと思った。
けれど、内面はそのままでは見えない。
不安も、孤独も、虚しさも、誰かに認められたい気持ちも、
目で見える形では存在しない。
それらを外へ出すには、結局、表情や言葉や服装や態度に変えるしかない。
A子は、翌日、思い切ってメイクをせずに外へ出た。
髪も軽く整えるだけにした。
服も、いつものように印象を計算したものではなく、楽に着られるものを選んだ。
玄関を出るとき、胸が少し苦しかった。
誰かに見られる。
何かを思われる。
そう考えるだけで、足が止まりそうになった。
それでもA子は歩いた。
街の人たちは、思ったほどA子を見なかった。
誰も、A子の顔をまじまじと見つめたりしない。
誰も、すっぴんだと指摘しない。
誰も、髪型が完璧ではないことを責めない。
A子は、少し拍子抜けした。
私は、こんなに見られていると思っていた。
けれど実際には、誰もそこまで見ていなかったのかもしれない。
その事実は、少し寂しくもあり、少し自由でもあった。
A子は、その日のことをSNSに書いた。
「今日は、初めてほとんどメイクをせずに外へ出た。
怖かったけれど、少しだけ楽だった。
外面を整えなくても、私は消えなかった」
投稿には、いつも以上の反応が集まった。
「素敵です」
「勇気をもらいました」
「ありのままのA子さんの方が好きです」
「飾らない姿が一番美しいです」
「本当の自分を見せられる人って強いですね」
A子は、画面を見ながら戸惑った。
メイクをしていたときは、きれいだと言われた。
メイクをやめたら、今度はありのままだと言われた。
どちらも褒め言葉だった。
けれど、A子には少し怖かった。
人は、整えた外面にも名前をつける。
そして、整えない外面にも名前をつける。
「美しい」
「自然体」
「ありのまま」
「本当の自分」
そう呼ばれた瞬間、それはまた一つの形になってしまう。
A子は、翌日もすっぴんで出かけた。
今度は、少しだけ意識していた。
自然に見える服。
頑張りすぎていない髪。
無理していないように見える表情。
気づけばA子は、「飾っていないように見える自分」を整え始めていた。
以前は、きれいに見えるために鏡を見ていた。
今は、作っていないように見えるために鏡を見ている。
A子は、そのことに気づいて苦笑した。
外面を捨てたつもりだった。
けれど、そこにまた新しい外面が生まれていた。
しばらくすると、A子の周囲には「自然体のA子」を好む人たちが集まるようになった。
「前より親しみやすくなったね」
「無理してない感じがいい」
「そういう素のA子が好き」
「もう前みたいに飾らなくていいよ」
その言葉は、優しいはずだった。
しかしA子は、また息苦しくなっていった。
以前は、きれいでいなければならなかった。
今は、自然体でいなければならない。
以前は、外面を整えることを期待された。
今は、外面を整えないことを期待されている。
どちらも、A子にとっては期待だった。
ある日、A子は久しぶりに丁寧なメイクをした。
特別な理由はなかった。
ただ、その日は少し華やかな色を使いたかった。
髪もきれいに巻きたかった。
お気に入りの服を着たかった。
鏡の中の自分を見て、A子は少し嬉しくなった。
外面を整えることは、嘘とは限らない。
自分を隠すためではなく、自分を楽しむために整えることもある。
そう思えた。
しかし、その姿でB子に会うと、B子は少し残念そうに言った。
「また戻っちゃったの?」
A子は、思わず聞き返した。
「戻った?」
「うん。せっかく本当のA子を見せられるようになってたのに」
その言葉が、A子の胸に刺さった。
本当のA子。
では、今日のA子は本当ではないのか。
メイクをした私は、偽物なのか。
メイクをしない私は、本物なのか。
自然体でいることを意識した私は、どちらなのか。
A子は、静かに言った。
「私、今日はこの顔でいたかっただけだよ」
B子は少し驚いた顔をした。
A子は続けた。
「前は、人に見られるために整えていたと思う。
でも、すっぴんでいることも、周りから“それが本当のあなた”って言われると、また別の役になる」
B子は黙った。
A子は、自分の言葉を確かめるように言った。
「私は、外面をさらけ出せば内面が見えると思っていた。
でも違うのかもしれない。
外面は、どこまでいっても外面なんだと思う」
そう言ってから、A子は少し笑った。
「でも、外面が全部嘘というわけでもない」
B子は、ゆっくり聞いていた。
A子は続けた。
「メイクをした顔も、しない顔も、笑った顔も、泣いた顔も、黙っている顔も、全部そのときの私の外面なんだと思う。
内面そのものではないけど、内面が少しだけ外に触れた跡みたいなもの」
B子は、少し申し訳なさそうに言った。
「私、すっぴんの方が本当だって決めつけてたのかも」
A子は首を横に振った。
「私もそう思いたかった。
何かを脱げば、本当の自分が出てくるって」
それは、とても分かりやすい考えだった。
仮面を外せば、素顔が出る。
飾りを取れば、本質が残る。
外面を捨てれば、内面にたどり着く。
けれどA子は、もうその単純さを信じきれなかった。
仮面を外した顔も、誰かに見られた瞬間、また新しい仮面になることがある。
素顔もまた、社会の中では外面になる。
A子は、その夜、日記を書いた。
私は、外面をさらけ出したかった。
でも、さらけ出せるのは、結局いつも外面だけだった。
心の中をそのまま外に置くことはできない。
それは、必ず何かの形を借りる。
顔。
声。
服。
言葉。
沈黙。
涙。
笑顔。
それらは、すべて表面に出てきたものだ。
でも、だからといって浅いわけではない。
外面は、内面を隠す壁でもある。
同時に、内面が外へ出ようとするときの唯一の入口でもある。
A子はペンを止めた。
そして、鏡の前に立った。
今日はメイクをしている。
昨日はしていなかった。
その前の日は、自然に見えるように整えていた。
どれもA子だった。
どれも、完全なA子ではなかった。
A子は、鏡の中の自分に向かって言った。
「私は、外面を選んでいる。
でも、その選び方の中にも、私がいる」
その言葉は、少しだけ胸に落ちた。
外面を整えることは、偽物になることではない。
外面をさらけ出すことも、本物になることではない。
大切なのは、その外面を誰のために、何のために選んでいるのか。
他人の期待だけに合わせているのか。
本当の自分らしさという別の期待に縛られているのか。
それとも、その日の自分が、その姿でいたいと思っているのか。
翌日、A子は軽くメイクをして出かけた。
完璧ではない。
すっぴんでもない。
自然体に見せようとしすぎてもいない。
ただ、その日の自分がちょうどよいと思える顔だった。
街のガラスに、自分の姿が映った。
それは外面だった。
けれどA子は、もうそれを嫌だとは思わなかった。
外面にしか現れないものもある。
外面を通してしか、誰かに届かないものもある。
そして、自分でさえ、外に出してみるまで分からない気持ちがある。
A子は、ガラスに映る自分を見て、小さく微笑んだ。
その笑顔が本物かどうかは、もう決めなくてもよかった。
今の自分が、その顔で世界に触れている。
ただ、それだけで十分な気がした。
―――――
この話を少し斜めから見てみると、外面という言葉の扱いが変わってくる。
外面というと、どこか悪いもののように思われやすい。
人に見せる顔。
整えた姿。
作った笑顔。
世間向けの自分。
それに対して、内面は本物で、外面は偽物だと考えたくなる。
だが、本当にそうだろうか。
人の内面は、そのままでは誰にも見えない。
自分自身にとってさえ、はっきり見えているとは限らない。
だから人は、外面を通して自分を知る。
鏡に映る顔。
誰かに向けた言葉。
選んだ服。
思わず出た沈黙。
我慢できずにこぼれた涙。
それらはすべて表面に現れたものだ。
けれど、表面だから浅いとは限らない。
外面とは、内面を隠す仮面であると同時に、内面が外へ触れるための形でもある。
もちろん、外面に縛られることはある。
きれいでいなければならない。
明るくいなければならない。
自然体でいなければならない。
ありのままでいなければならない。
このように、「本当の自分でいなさい」という言葉でさえ、
いつの間にか新しい外面を求める圧力になることがある。
メイクをしている自分が偽物とは限らない。
すっぴんの自分が本物とも限らない。
どちらも、外に現れた自分の一部だ。
この話が残している問いは、そこにある。
私たちは、外面を捨てれば本当の自分に近づけると思い込んでいないだろうか。
そして、「ありのまま」という言葉のために、
また別の“ありのままらしい外面”を作り始めてはいないだろうか。