遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
A子は、WordPressに大きな可能性を感じていた。
簡単に始められ、工夫すれば何でもできる。そう思っていた。
けれど、何でもできる道具は、何でも管理しなければならない道具でもあった。
WordPressの不具合をめぐる小さな思考遊戯。
―――――
A子は、WordPressでサイトを作っていた。
最初は、とても楽しかった。
サーバーを借りる。
WordPressを入れる。
テーマを選ぶ。
見出しを整える。
画像を入れる。
プラグインを追加する。
少し触るだけで、自分の場所が形になっていく。
「すごい。これなら私にもできる」
A子は、画面の前で胸を弾ませた。
これを使えば、ブログも作れる。
商品紹介もできる。
お問い合わせフォームも置ける。
会員サイトのようなものも作れるかもしれない。
工夫すれば、いくらでも広げられる。
「これを使えばバッチリ。これで稼げば、生活も助かるわ」
A子は、そう思っていた。
けれど、その期待は思ったより早く崩れはじめた。
最初は、ほんの小さな違和感だった。
表示が少し崩れる。
スマホで見ると余白がおかしい。
更新したら、ボタンの色が変わる。
プラグインを入れたら、別の機能が動かなくなる。
画像が重くなり、ページの表示が遅くなる。
一つ直すと、別の場所が気になる。
別の場所を直すと、また新しい問題が出る。
A子は、少しずつ気づいていった。
何でもできるということは、何でも自分で決めなければならないということだった。
何でも追加できるということは、追加したもの同士の相性も見なければならないということだった。
「何でもできる」は、いつの間にか「やることが無限に増える」という意味に変わっていた。
A子はため息をついた。
「これじゃ、いつまで経っても本当にやりたいことができない」
A子が本当にしたかったのは、記事を書くことだった。
自分の考えをまとめることだった。
誰かに届けたい言葉を置くことだった。
それなのに、気づけば画面の端のズレや、プラグインの警告や、更新通知ばかり見ている。
そこでA子は、不具合を専門家に依頼することにした。
問い合わせると、専門家はすぐに返事をくれた。
状況を伝え、ログイン情報を渡し、しばらく待つ。
すると、不具合はあっけないほど簡単に直った。
「直りました」
その一言を見た瞬間、A子は心からほっとした。
「助かった……。自分でやっていたら、どれだけ時間をつぶしたか分からなかったわ」
料金は三千円ほどだった。
そのときは、安いと思った。
自分で何時間も悩むより、詳しい人に任せた方が早い。
その分、記事を書けばいい。
A子はそう考えた。
ところが、しばらくするとまた別の不具合が起きた。
今度は、問い合わせフォームが動かない。
次は、更新後にレイアウトが崩れた。
その次は、ログイン画面でエラーが出た。
さらに、キャッシュを消しても表示が変わらない。
そのたびに、A子は専門家へ依頼した。
三千円。
三千円。
また三千円。
一回ごとの金額は大きくない。
けれど、積み重なると無視できなくなっていく。
「このままじゃ、いつまで経っても赤字だわ」
A子は、仕方なく自分で調べはじめた。
まず、バックアップを確認する。
不具合が出る前の状態に戻せるかを見る。
サーバーに自動バックアップがあるか確認する。
なければ、バックアップ用の仕組みを用意する。
次に、エラー表示の出し方を調べる。
設定ファイルの中にある一文を変えると、どこでエラーが起きているか見えることがある。
ただし、それは終わったら元に戻さなければならない。
そのままにしておけば、余計な情報を外に見せてしまう危険がある。
それでも分からなければ、プラグインを一つずつ停止していく。
テーマを一時的に変えてみる。
キャッシュを削除する。
PHPのバージョンを確認する。
ログインできないときの対処法も、別にまとめる。
最初は、怖かった。
どこを触れば壊れるのか分からない。
どこまで戻せるのかも分からない。
画面が真っ白になったときには、心臓が止まりそうになった。
それでも、何度も繰り返すうちに、A子は少しずつ慣れていった。
「あ、これはプラグインの相性ね」
「これはキャッシュが残っているだけかも」
「これはサーバー側の設定かもしれない」
「これは更新前にバックアップを取っておいた方がいい」
以前なら泣きそうになっていたエラー画面を見ても、すぐには慌てなくなった。
A子は、少し誇らしかった。
「私、かなり分かるようになってきたかも」
やがてA子は、自分と同じように困っている人を助けるようになった。
「表示が崩れてしまいました」
「ログインできなくなりました」
「更新したら変になりました」
「どのプラグインが原因か分かりません」
A子は、次々と解決していった。
かつて自分がそうだったから、相手の不安は痛いほど分かった。
画面が崩れただけで、サイトそのものが終わったような気持ちになる。
ログインできないだけで、すべてを失ったように感じる。
だからA子は、できるだけ分かりやすく説明した。
「まずバックアップを確認しましょう」
「一つずつ原因を切り分けましょう」
「慌てずに、元に戻せる状態を作ってから触りましょう」
顧客は感謝した。
「本当に助かりました」
「自分では絶対に分かりませんでした」
「また何かあったらお願いします」
A子は嬉しかった。
自分の苦労が、誰かの役に立っている。
そう思うと、不具合に悩んできた時間も無駄ではなかった気がした。
けれど、しばらくしてA子の中に、別の違和感が生まれた。
このままでは、自分と同じ人を増やしているだけではないだろうか。
WordPressで何かを作りたい。
そう思って始めた人が、不具合に詰まる。
自分で直せずに誰かに頼む。
頼むたびにお金がかかる。
お金をかけすぎると赤字になる。
赤字を避けようと自分で学ぶ。
学ぶほど、今度は不具合対応に詳しくなる。
そして気づけば、最初にやりたかったことから離れていく。
A子は、ライバルが増えることを恐れたわけではなかった。
むしろ、困った人が自分で解決できるようになればいいと思った。
そこでA子は、自分が学んできた不具合の対処法をまとめることにした。
バックアップを取ること。
更新前に状態を確認すること。
不具合が出たら、まず直前に変えたものを疑うこと。
プラグインを一つずつ止めて原因を探ること。
エラー表示は一時的な確認用として扱うこと。
ログインできない場合の基本的な切り分け。
A子は、丁寧に書いた。
初心者にも分かるように。
怖がりすぎず、でも危険なところは慎重に。
専門家に頼む前に、自分で確認できることを一つずつ。
その記事は、多くの人に読まれた。
「ありがとうございます」
「自分で直せました」
「専門家に頼む前に読んでよかったです」
A子は、少し安心した。
これで、少なくとも同じところで困る人は減るかもしれない。
けれど、その記事のコメント欄には、別の言葉も増えていった。
「この手順通りにやったら、別のエラーが出ました」
「私の画面にはその項目がありません」
「どこを触ればいいのか分かりません」
「この場合はどうすればいいですか?」
「直接見てもらえませんか?」
A子は、画面を見つめた。
助けるために書いた記事が、また新しい相談を呼び込んでいる。
自分で解決してもらうための文章が、今度は自分に解決を求める入口になっている。
A子は、ようやく分かった。
不具合対応を覚えれば楽になると思っていた。
たしかに、慌てることは減った。
人を助けることもできるようになった。
けれど、管理する対象が増えれば、不具合も増える。
人を助ければ、今度は人の不具合まで背負うことになる。
情報をまとめれば、今度はその情報への質問が集まる。
不具合を直せるようになることと、不具合から自由になることは、同じではなかった。
ある夜、A子は自分のサイトを見ながらつぶやいた。
「結局のところ、WordPressはブログだけにしておくのがいいのかも」
凝ったことをしない。
必要以上にプラグインを増やさない。
デザインにこだわりすぎない。
ただ、文章を置く場所として使う。
そのくらいなら、きっとWordPressは強い味方になる。
そう思ったとき、A子の中に、別の疑問が浮かんだ。
「だったら……別にWordPressじゃなくてもいいのかも」
A子は、しばらく黙った。
書きたいだけなら、もっと簡単な場所もある。
見せたいだけなら、もっと管理の少ない仕組みもある。
自分の言葉を残したいだけなら、便利すぎる道具を選ばなくてもいいのかもしれない。
画面の中では、今日も更新通知が光っていた。
A子は、その通知をすぐには押さなかった。
ようやく向き合うべきものが、不具合そのものではないと気づいたからだ。
A子が本当に見直すべきだったのは、
サイトの中身でも、プラグインでも、エラー表示でもなく、
自分がその道具に何を背負わせようとしていたのか、ということだった。
―――――
WordPressは、とてもよくできた道具だ。
簡単に始められ、情報も多く、拡張性も高い。
テーマやプラグインを使えば、専門的な知識がなくても、かなり多くのことができる。
だからこそ、はまりやすい。
少し直せるようになると、もっと直したくなる。
少し追加できるようになると、もっと便利にしたくなる。
少し不具合を解消できるようになると、今度は解消そのものが面白くなる。
その意味で、WordPressは大人の知的な玩具のようでもある。
次は何を入れようか。
どこを改善しようか。
どんな機能を増やそうか。
そう考えている時間は、たしかに楽しい。
けれど、玩具として楽しんでいるうちはよくても、そこに生活や収益や顧客が乗り始めると、話は変わってくる。
アクセスが多いサイト。
購入者がいるサイト。
問い合わせが来るサイト。
誰かの仕事や生活に関わるサイト。
そうなった瞬間、不具合は単なる遊びのトラブルではなくなる。
更新ひとつ、プラグインひとつ、表示崩れひとつにも、責任と損失が乗ってくる。
便利な道具ほど、管理コストは見えにくい。
無料で始められるものほど、あとから時間や注意力を請求してくることがある。
そして、詳しくなるほど、その請求に気づけるようになる。
WordPressが悪いわけではない。
むしろ、目的に合っていれば非常に強い道具だ。
ただし、何でもできる道具を選ぶ前に、
本当に何でもしたいのかを考える必要がある。
書きたいだけなのか。
見せたいだけなのか。
売りたいのか。
管理したいのか。
遊びたいのか。
事業として背負いたいのか。
そこを曖昧にしたまま便利さだけを追いかけると、
いつの間にか、目的よりも管理の方が大きくなってしまう。
不具合を直す力は、たしかに役に立つ。
けれど、もっと大切なのは、
どこまでなら直し続ける価値があるのかを見極めることなのかもしれない。