日本の食虫植物

ここでは、日本に生育する食虫植物の検索表と各種の簡単な解説を掲載しておく。加えて、日本で定着の確認されている外来種の一部も掲載した。日本で食虫植物を見かけたとき、お役に立てていただければ幸いである。

検索表

この検索表の検索のキーとなる形質や特徴は、季節を通して確認でき、わかりやすいものを重視した(一部の種では実現できなかったが)。また、わかりやすさのため、形態以外に分布情報も同定のためのキーとした。したがって、他の図鑑と異なるキーを取り上げていたり、個体差により必ずしも厳密に同定できない場合があったりすることをご了承願いたい。具体的には、(1)コモウセンゴケとトウカイコモウセンゴケはしばしば連続的な変異を示すために、野外での同定にはある程度見慣れている必要がある、(2)タヌキモ属の種に関しては、葉や茎などの栄養成長形質では同定が不可能な場合が多く、やむをえず特定の季節に確認が限定される花および殖芽の形質を取り上げた。分類表作成には主として、『日本の野生植物 草本 II 離弁花類』のモウセンゴケ科(佐竹, 1982)、『日本の野生植物 草本 III 合弁花類』のタヌキモ科(田村, 1981)、『原色日本植物図鑑 草本編[I]・合弁花類』のたぬきも科(北村ら, 1998)、『原色日本植物図鑑 草本編[II]・離弁花類』のもうせんごけ科(北村・村田, 1998)および『日本の水草』(角野, 2014)を利用した。各種の情報は必要に応じて追加の文献で補足している。

《属の検索表》

a. 葉に獲物を挟み込む罠を有する……ムジナモ属(ムジナモ)

a. 葉の向軸側が粘液を分泌して獲物を捕らえる

b. 葉の腺毛が肉眼で確認できるほど大きい、また獲物を捕獲した時に腺毛や葉が屈曲しているのが確認できる……モウセンゴケ属

b. 葉の腺毛は肉眼で確認できないほど小さい……ムシトリスミレ属

a. 細かく分枝した葉もしくは地下茎に袋状の罠を有する……タヌキモ属

《種の検索表》

●モウセンゴケ属

a. 茎の存在が地上から確認でき、緑色の茎が立ち上がる

b. 葉身(葉の捕虫器部分)は葉幅の方が長い楕円形~三日月形、柱頭は6本以上に分かれる、塊茎を有する多年草……イシモチソウ

b. 葉身は線形、柱頭は6本、塊茎を有さない一年草……ナガバノイシモチソウ

a. 茎の存在が地上から確認できずロゼット型になる、もしくは葉が茎頂側に集まり短い茎が確認できるが茎が茶色くやや木質化する

b. 葉身と葉柄の境界が明瞭(腺毛のない葉柄もしくは葉身の幅よりも明らかに細い葉柄が確認できる)、多くの場合は葉柄の方が葉身より長い、花は白色

c. 尾瀬や北海道の限られた寒冷地に生育、葉身は葉長の方が長い長楕円形~線形……ナガバノモウセンゴケ

c. 寒冷地のほか低地でも生育、葉身は円形~楕円形で葉身幅と比較して明らかに細い葉柄が存在

d. 葉身は円形~葉身幅の方が長い楕円形、低地では地面を這ったロゼット型となり、寒冷地ではしばしば葉が立ち上がる、葯は白色……モウセンゴケ

d. 葉身は葉身長の方が長い楕円形、葉の数が多く地面を張った葉から立ち上がる葉まで連続的に存在するため草姿がドーム状になる、時に短く木質化した茎で立ち上がる、葯は黄色……ナガエモウセンゴケ

b. 葉身と葉柄の境界が不明瞭、葉柄は葉身と同長かより短い、花はピンク色か白色

c. 腺毛が葉の基部付近まで存在(おおむね葉長に対する腺毛存在部分の長さが7割)し、葉の幅の変化もなだらかなため葉身と葉柄の境界がはっきりしない(倒披針形)、托葉は3裂する、花はピンク色か白色……コモウセンゴケ

c. 葉長に対する腺毛存在部分の長さが6割程度で、コモウセンゴケ比較して葉身が葉柄の幅よりもはっきりと膨らむ(しゃもじ型)、托葉は4裂以上で一番外側の裂片は鋸歯がある、花はピンク色……トウカイコモウセンゴケ

●ムシトリスミレ属

a. 栃木県および群馬県以外でも確認される、ロゼット直径3 cm以上、花茎は分岐しない、葉柄は認められない、花は紫色……ムシトリスミレ

a. 栃木県および群馬県の限られた山中に分布、ロゼット直径3 cm以下、花茎は1~3分岐し、葉柄は認められない、花は薄紫色……コウシンソウ

●タヌキモ属

a. 地上には1~3 mmのさじ状~線形の葉のみを出し、葉緑素を持たない匍匐茎や捕虫器は通常地上からは確認できない、湿地の陸生、花がないとしばしば見逃すほどに小さい

b. 花茎の高さ1~3 cm、花はピンク色……ヒメミミカキグサ

b. 花茎は多くの場合は3 cm以上、花は黄色、紫色、青色のいずれか

c. 萼と果実は同長、距が前方に突き出し花が受け口状になる、花は紫色、花の中央部は白色で多くの場合紫色の線状の模様が認められる……ホザキノミミカキグサ

c. 萼は果実よりも長く果実を包む(耳かき状構造)、距が下方に突き出し花が受け口状はならない、花は黄色、紫色~青色もしくは白色

d. 花は黄色……ミミカキグサ

d. 花は紫色~青色もしくは白色……ムラサキミミカキグサ

a. 茎、分枝した葉が確認できる浮遊もしくは水底に固着する水生

b. しばしば植物体同士が絡まりあいマット状に広がる、ごく浅い水域の地表に広がっていることが多いが、水域に浮いていることもある

c. 花は5 mm程度……イトタヌキモ(ミカワタヌキモ)

c. 花は1 cm程度……オオバナイトタヌキモ

b. 植物体同士が絡まってマット状にならない、多くの場合は植物体の枝ははっきりとわかる程度には互いに分離している

c. 比較的深い水底に固着し浮遊生活を送ることは少ない、葉は2又分岐が顕著で水中を立体的に占有する、花茎の基部に空気を含んて肥大化した葉を輪生してつける……エフクレタヌキモ

c. 浅い水底に固着するか水中で浮遊生活を送る、花茎の基部に空気を含んだ葉をつけることはない

d. 浅い水域に生育する場合は緑色の水中葉と白色の地下葉の分化が認められる

e. 植物体が細いため頂芽が巻いていることが明瞭、浅い水底で固着生活を送るほかに水中で浮遊生活を送る、水中葉にも捕虫嚢を作る、水中葉の裂片に鋸歯がない……ヒメタヌキモ

e. 浅い水域に限って分布し浮遊生活を送ることはない、水中葉の裂片に鋸歯を有する

f. 水中葉に捕虫嚢をつけない、水中葉の裂片の先端は鈍頭(一見すれば丸まって見える)……コタヌキモ

f. 水中葉に捕虫嚢がつく、水中葉の裂片の先端は鋭頭(一見すれば細くとがって見える)……ヤチコタヌキモ

d. 浮遊生活のみを送り、浅い水域に生育する場合でも地下葉の分化は認められない

e. 葉は基部から3つ以上に分かれる

f. 捕虫嚢を多数形成し、葉は基部から3つに分かれる、閉鎖花をつけない、一年生で殖芽(冬芽)を作ることはない……ノタヌキモ

f. 捕虫嚢をほとんどつけず、葉は基部から3~5つに分かれる、閉鎖花を形成する、多年生で殖芽で越冬する……フサタヌキモ

e. 葉は基部から2つに分かれる

f. 距は花の下唇(花の下側の花弁)より明らかに短く、太く鈍頭、花茎は中実、殖芽は長楕円形……イヌタヌキモ

f. 距は花の下唇と同長もしくはより長く、鋭頭、花茎は中空、殖芽は球形~楕円形

g. 距は花の下唇と同長でやや尖る、花茎に1 mm程度の穴が存在……タヌキモ

g. 距は花の下唇より長く、尖って湾曲して上を向く、花茎に直径の半分に近い穴が存在……オオタヌキモ

参考文献

角野康郎. 2014. 日本の水草. 文一総合出版.

角野康郎, 田中純子. 2015. シャクジイタヌキモ(タヌキモ科)の再検討. 植物研究雑誌 90: 399–403.

Kameyama, Y., Toyama, M. and Ohara, M. 2005. Hybrid origins and F1 dominance in the free-floating, sterile bladderwort, Utricularia australis f. australis (Lentibulariaceae). American Journal of Botany 92: 469–476.

北村四郎. 1991. エフクレタヌキモ, 静岡県に帰化. Acta Phytotaxonomica et Geobotanica 42: 158.

北村四郎, 村田源. 1998. 原色日本植物図鑑 草本編[II]・離弁花類. 保育社. pp. 166–168.

北村四郎, 村田源, 堀勝. 1998. 原色日本植物図鑑 草本編[I]・合弁花類. 保育社. pp. 119–123.

小宮定志, 外山雅寛, 柴田千晶, 勝山員伊. 1997. 北海道産の食虫植物. 日本歯科大学紀要26: 153–188.

中村俊之, 植田邦彦. 1991. 東海丘陵要素の植物地理 II. トウカイコモウセンゴケの分類学的研究. 植物分類・地理 42: 125–137.

Rice, B.A., 2007, Carnivorous Plant FAQ v11.5, http://www.sarracenia.com/faq.html. Accessed August 2016.

Roskov, Y., Abucay, L., Orrell, T., Nicolson, D., Flann, C., Bailly, N., Kirk, P., Bourgoin, T., DeWalt, R.E., Decock, W., De Wever, A., eds. 2016. Species 2000 & ITIS Catalogue of Life, 28th July 2016. Digital resource at www.catalogueoflife.org/col. Species 2000: Naturalis, Leiden, the Netherlands. ISSN 2405-8858.

佐竹義輔. 1982. モウセンゴケ科DROSERACEAE. 佐竹義輔, 大井次三郎, 北村四郎, 亘理俊次, 冨成忠夫. 日本の野生植物 草本 II 離弁花類. 平凡社. pp. 120–121.

Schnell, D. 1999. Drosera anglica Huds. vs. Drosera x anglica: What is the difference? Carnivorous Plant Newsletter 28: 107–115.

瀬野純一. 2003. 宮崎県産モウセンゴケ属の新雑種, ヒュウガコモウセンゴケ. 植物研究雑誌78: 170–174.

外山雅寛. 1989. 北海道の食虫植物. 北方山草8: 99–126.

武田明正, 渡邊定元. 1997. 三重県のイイタカムシトリスミレ(新変種)の群落維持機構. 植物研究雑誌72: 229–237.

田村道夫. 1981. タヌキモ科LENTIBULARIACEAE. 佐竹義輔, 大井次三郎, 北村四郎, 亘理俊次, 冨成忠夫. 日本の野生植物 草本 III 合弁花類. 平凡社. pp. 137–139.

植田邦彦. 1989. 東海丘陵要素の植物地理 I. 定義. 植物分類・地理 40: 190–202.