モウセンゴケ科

Droseraceae

本科にはムジナモ属Aldrovanda、ハエトリグサ属Dionaeaおよびモウセンゴケ属Droseraが含まれる。この科における大きな特徴は、はさみ罠と鳥もち罠といった一見大きく性質の異なる捕虫法が単系統にまとまるという点である。ムジナモ属とハエトリグサ属がはさみ罠式で、モウセンゴケ属は鳥もち式である。罠の性質は異なっているが、一方で花や花粉の形態はよく似ている(Gibson and Waller, 2009)。また、モウセンゴケ属のD. falconeriはハエトリグサによく似た形態をしており、広がった葉柄やよく似た捕虫器の形状(全体的な形や、捕虫器中央部の柄のない触毛、外縁部の長い触毛など)を有する。

系統関係は、ムジナモ属とハエトリグサ属が互いに姉妹群となり、ムジナモ属・ハエトリグサ属のクレードとモウセンゴケ属が姉妹群となる(Cameron et al., 2002)。したがって、系統関係は捕虫法に対応したものとなっている。


ムジナモ属Aldrovanda

捕虫様式:はさみ罠式

生育地:南北アメリカ大陸、南極大陸を除く世界中に点在

ムジナモ Aldrovanda vesiculosa捕虫葉

写真は海外産のムジナモである。海外産のムジナモの中には写真のように赤いものが存在する。

ムジナモ Aldrovanda vesiculosaの花

水生であるムジナモは花を水上に出して咲かせる。薄緑色の美しい花だ。

概要

本属には1種、ムジナモAldrovanda vesiculosaのみが認められる。ムジナモは浮遊水生の多年生草本であり、発芽初期を除き根はない。葉は輪生で、放射状に配置される。全体的な形態は円筒状になり、茎の長さは長いもの短いものがあり、一概には言えない。冬が近づくと、茎頂部分の節間が伸びず、球状の冬芽となって水底に沈み、春を待つ。花は花弁が5枚で白、薄緑色であるが、咲くのは希である。閉鎖花を形成することもある。同じはさみ罠式を有し近縁種であるハエトリグサDionaea muscipulaとは対照的に、世界的に分布している(Barthlott et al., 2007)。日本にもかつては自生していたが、現在は野生絶滅しており、日本産の栽培品が維持、放流されている。

食虫性

本種の捕虫器は二枚貝状のはさみ罠で、ハエトリグサによく似ているがいくつか異なる点も見受けられる。感覚毛の数(ハエトリグサは各片に3本ずつ、ムジナモは30~40本(Rice, 2006))、罠の起動には刺激が1回で良いこと、罠の起動の速さなどが異なっている。捕虫器の配置向きも異なり、ハエトリグサが真上に捕虫器の開口部が来るのに対して、ムジナモは茎頂側から見たとき、左向きに開口部が来るように配置される。また、ハエトリグサの罠に比べてムジナモの罠の大きさはずっと小さく(捕虫器と葉柄部を合わせて1~1.5 cm(Rice, 2006))、生育環境も異なるため、主な獲物はボウフラといった水棲小動物である。

名前の由来

属名はイタリアの科学者Ulisse Aldrovandiに対する献名として、名付けられたものである。したがって、本当はAldrovandiaとなるはずであったが、Linnaeusが記載する際に綴りを間違えてAldrovandaとなってしまった[1]。種小名vesiculosaは「小胞から成るように見える」という意味である。袋状に見えるが、実際はそうではない捕虫葉から連想した名前であろうか。和名のムジナモは「狢藻」と書き、草姿をふさふさのムジナの尾に見立てたもの。また葉を輪生する様子を水車に見立て、英名ではWaterwheel plantと呼ばれる。


ハエトリグサ属Dionaea

捕虫様式:はさみ罠式

生育地:アメリカ合衆国(ノースカロライナ州、サウスカロライナ州)

ハエトリグサ Dionaea muscipulaの捕虫葉

ハエトリグサの捕虫器を拡大して写した写真である。葉の中央部に感覚毛と呼ばれる、罠の起動に必要となる器官が存在する。

ハエトリグサ Dionaea muscipulaの

ハエトリグサの花は美しい白だ。ちなみに開花直後は柱頭が閉じており、時間経過で柱頭が開き受粉可能になる。

概要

本属には1種、ハエトリグサDionaea muscipulaのみが認められる。基本的には、背の低い円形ロゼットの多年生草本である。しかし、葉が立ち上がる品種もある。葉全体(捕虫器と葉柄部)の大きさは5~15 cm程度(Barthlott et al., 2007)。地下部には短いが根茎があり、水平に成長する。捕虫葉の基部は地下に埋まっており、根茎を覆う形で存在するとともに、少々肥大化し、光合成産物の貯蔵庫の役割を果たす。冬季は小さなロゼットを形成する。地上部の葉を一部枯らすこともあるが、地下では葉の基部が枯れずに残存し、貯蔵部位としての機能を保ち続ける。花は花弁5枚で、白く、捕虫器に比して花茎を高く上げる。生育地は限定的であり、アメリカ合衆国の限られた地域でしか見られない(Barthlott et al., 2007)。

食虫植物の代表と言っても差し支えのない植物であり、この植物の存在が明らかになったことで、食虫植物が世界的に知られるようになったと言っても過言ではない(本章コラム参照)。この植物のことをLinnaeusは“Miraculum Naturae(自然の奇跡)”と、Darwinは“one of the most wonderful plants in the world(世界で最も驚くべき植物の1つ)”と評した。

食虫性

捕虫器は二枚貝状であり、2枚の裂片、それぞれに3本ずつの感覚毛が備わっている。捕虫器部分の外縁部はトゲ状突起が存在する。この突起は獲物が捕まると素早く基部で折れ曲がり、檻のような役目をはたして獲物の逃亡を防ぐ。罠の起動のためには2回の刺激が必要という点で、ムジナモの罠とは大きく異なる。この2回の刺激で罠が作動する意義は、無生物を誤って捕獲するのを防ぐ効果と獲物を罠の中心で確実に捕らえる効果があると考えられる。捕虫器の縁には蜜腺が存在し、中心部は時として真っ赤に染まり、獲物の誘引効果があると考えられる。またある種の匂い成分も獲物の誘引に効果を発揮する(Kreuzwieser et al., 2014)。獲物を捕まえた後、始めは檻のようになり空間があるが、次第に狭窄運動をして獲物を圧死させ、捕虫器中央部にある消化腺から消化酵素を分泌、吸収する。分解後は捕虫器がまた開き、次の獲物を待つ。この捕虫器の動ける回数は2~3回程度である(Darwin, 1875)。

名前の由来

属名Dionaeaはギリシャの美の女神Dioneに由来し、種小名 muscipulaは「ネズミ捕り」を意味する。英名Venus fly trapも「女神のハエ捕り罠」という意味であり、学名と似ている。和名もハエ取り罠に見立てて「ハエトリグサ」である。


モウセンゴケ属Drosera

捕虫様式:鳥もち式

生育地:南極大陸を除く世界中

モウセンゴケ Drosera rotundifoliaの捕虫葉

日本産モウセンゴケ属の代表的な種である。写真は春先の様子。もともと寒冷地性の植物なので、夏と比べれば、春先は特に元気が良い。

モウセンゴケ Drosera rotundifolia

モウセンゴケの花は小さな白い花だ。モウセンゴケ属は捕虫器の形態もさることながら、花の色、形態も多種多様であり見ていて飽きない。

概要

1属1種であるムジナモ属、ハエトリソウ属とは対照的にモウセンゴケ属Droseraは193種知られる(ICPS, 2014)。おそらく、これからも新種の発見や分類の再編によって種数は変わるであろう。種数が多いため、草姿や葉の形態はさまざまである。1 cm程度のロゼットになるピグミードロセラ(後述)のように大きくならないものもいれば、3 mの大きさまで茎を伸ばすものもいる(Barthlott et al., 2007)。葉も丸いもの、長細いもの、葉身と葉柄がはっきりしているもの、そうではないもの、綿毛が生えるものなどがある。長いものではD. regiaが70 cmの捕虫葉をつける(Barthlott et al., 2007)。花の色は多様で、赤、オレンジ、ピンクや白などがある。花弁は多くは5枚だが、4枚のものもある。根の発達は良くないグループであるが、一部(オーストラリアや南アフリカの種)は太い根を有する。

植物体の形態や繁殖様式によっていくつかのグループに分けることが可能で、それぞれが異なる生態を持っている。モウセンゴケ属には塊茎を作る種(tuberous Drosera)、無性芽を作る種(pygmy Drosera)が存在し、ともにオーストラリア南西部の乾季のある地域に生育する。球茎ドロセラのD. peltataとピグミードロセラのD. pygmaeaは例外的にこの地域以外にも生育している。塊茎ドロセラは乾季に地上部を枯らして球茎で休眠し、ピグミードロセラは乾季に地上にある成長点を休眠させ、雨季を迎えると無性芽を形成し繁殖する。ペティオラリスコンプレックスpetiolaris complexと呼ばれる種群も同様にオーストラリアに分布し、時に乾季のある環境に生育する。葉柄が長く、乾季のある生育地に生育する種は綿毛に覆われることが特徴であり、葉の葉面からの蒸発や露の収集に効果を発揮していると考えられている。乾季にはやはり休眠する。他のオーストラリアの種やアフリカの種も同様に乾季には休眠することが知られる。しかし、その形態は無性芽や塊茎ではなく、太い根(塊根)で乾季を過ごす。温帯に生育する種や湿潤な熱帯に生育する種は、無性芽や塊茎を作ることはない。温帯には冬季が存在するため、温帯に生育する種は冬場に冬芽となって休眠し、春に成長を開始する。一方で熱帯に生育する種はそのようなことはなく年中生育を続ける。上記の種は多年生種であるが、一年生の種も存在する。そのような種は生育に不適な季節、乾季や冬季に種子で休眠し、生育に適した時期に生育を始める。

分布は極めて広いが、砂漠や熱帯雨林が存在する地域には認められない。北半球よりも南半球に種が多い分類群であり、多様性の中心は1番にオーストラリア南西部、続いて南アフリカ大陸の南西部といった熱帯地域である(Barthlott et al., 2007)。分布北限はカナダの北極圏近くのモウセンゴケD. rotundifoliaの生育地である。分布南限はD. stenophyllaD. unifloraがそれぞれ南緯50°、60°の地域に分布する。標高の高い地域に分布する種も知られており、D. meristocaulisが3014 mのテーブルマウンテンに生育する(Barthlott et al., 2007)。日本にもモウセンゴケD. rotundifolia、コモウセンゴケD. spatulata、トウカイコモウセンゴケD. tokaiensis、ナガバノモウセンゴケD. anglica、イシモチソウD. peltata var. nipponica、ナガバノイシモチソウD. indicaの6種が自生している。

種内系統関係は、葉緑体DNAにおけるrbcL遺伝子に基づいて系統樹を描くと、まず系統樹の基部で南アフリカのD. regia、続いてオーストラリア・ニュージーランドのD. arcturiが分化する。残りの系統はオーストラリア・ニュージーランドに主に生育する塊茎ドロセラ(エルガレイウム亜属Ergaleium)やピグミードロセラ(ブリャストルム節Bryastrum)、ペティオラリスコンプレックス(ラシオケファラ節Lasiocephala)、太い根を有する種(フィコプシス節Phycopsis)、一年生種(コエロフィラ節Coleophylla)のクレードとオーストラリアやアメリカ、アフリカにまたがって分布するクレードに分かれる(Rivadavia et al. 2003)。前述のように、主にオーストラリアに分布する塊茎ドロセラやピグミードロセラ、太い根を有する種、ペティオラリスコンプレックス、一年生種は、乾季の乾燥を避けるようにそれぞれの形で適応したグループである。

一方で、オーストラリアやアメリカ、アフリカに分布するクレードでは、まず、主にオーストラリア(他にインド、東南アジア、南アメリカ)に分布するグループ、続いて主に南アメリカ(他にニュージーランド、ニューカレドニア、東南アジア、アジア、北アメリカ)に分布するグループが分化し、最後のグループがアフリカに分布する。主にオーストラリア、南アメリカに分布するグループは熱帯に生育しているものが多く、一方、南アメリカのクレード内に含まれる形で存在する東南アジア、アジア、北アメリカに分布するモウセンゴケやナガバノモウセンゴケは温帯や冷帯に分布する。アフリカの種は太い根を有しており、乾季に耐えるものと推定される。

食虫性

鳥もち式の中でも、獲物を取り押さえる動きをする唯一のグループである。捕虫葉は、触毛tentacleと呼ばれる粘液を分泌する特殊化した毛が葉の向軸側に密に生える。触毛はマッチ棒形をしており、その丸い頭側にあたるのは分泌腺の集合である。ここから獲物を捕らえるための粘液と、消化するための酵素を分泌する。サスマタモウセンゴケD. binataやアフリカナガバノモウセンゴケD. capensisで調べられたところによると、粘液の組成は酸性多糖類であり(Gowda et al., 1982; Gowda et al., 1983)、おそらく多くの種で共通であろう。触毛は葉の外縁部は長く、中心部のものは短い。種にとっては一番外側にある触毛は粘液を分泌せず、獲物捕獲のための別の役割を担っていることがある。

名前の由来

属名Droseraは「露を帯びたもの」という意味で、粘液を帯びた捕虫葉を彷彿とさせる。英名Sundewは「太陽の滴」という意味であり、太陽の光によって輝く粘液を指して名付けられたものと思われる。モウセンゴケ属の多くにつけられる和名モウセンゴケは「毛氈苔」であり、一面に広がる触毛を「毛氈」に例えたものである。「苔」は這いつくばる小さな植物に名付けられる名称であるため、モウセンゴケにもそれが付けられたのであろう。また日本のモウセンゴケ属にはイシモチソウが存在するが、これは「石持草」であり、捕虫葉の粘液が小石を持てることから名付けられている。