サラセニア科

Sarraceniaceae

本科にはダーリングトニア属Darlingtonia、ヘリアンフォラ属Heliamphoraおよびサラセニア属Sarraceniaが存在する。いずれも落とし穴式の捕虫器となっており、水が溜まっていたり、奥に向かう毛が生えていたりと基本的な構造は共通している。なお、湿地に生育する食虫植物の中でも、根の発達が良い部類に入るのも特徴である。

系統関係は、ヘリアンフォラ属とサラセニア属が姉妹群となり、ヘリアンフォラ属・サラセニア属クレードがダーリングトニア属と姉妹群となる。この系統関係は、形態的特性、地理的分布の観点から見ると予想に反した結果であった(ヘリアンフォラ属の形態的特徴が単純ゆえに原始的と考えられ、また分布が他の属と離れていたため)。また、サラセニア科とロリドゥラ科・マタタビ科クレードと姉妹群となる(Ellison et al., 2012)。


ダーリングトニア属Darlingtonia

捕虫様式:落とし穴式

生育地:アメリカ合衆国カリフォルニア州、オレゴン州

Darlingtonia californicaの捕虫葉

Darlingtoniaの落とし穴式捕虫葉は、他の落とし穴式と比較して、極めて特徴的だ。この捕虫葉の形態が鎌首をもたげたコブラのようにも見える。

Darlingtonia californica

捕虫葉が特徴的なら、花も特徴的なのがDarlingtoniaだ。この花の送粉者は長らく議論の的であった。(本写真は京都府立植物園にて撮影)

概要

本属にはDarlingtonia californicaの1種のみが含まれる。葉はロゼット状に配置され、茎は短く地下を横に這う多年生草本である。花は花弁が赤紫色で、その送粉者は長らく不明であった。この花に巣を作るクモやアザミウマなどが送粉者とも考えられたが、最近、その送粉者はある種のハチ(Andrena nigrihirta)であると判明した(Meindl and Mesler, 2011)。分布域はシエラネバダ山脈とその周辺地域に限られる。ミズゴケの生えた湿地や河川谷に分布し、蛇紋岩土壌に生育する(Barthlott et al., 2007)。蛇紋岩は超塩基性岩に区分され、土壌は酸性に傾き、有害な金属を含む。生育地は冷水が流れる環境であるため、地下温度は低く保たれる。

食虫性

捕虫器は大きくなると1 mになるが、平均すれば20~60 cm程度である(Barthlott et al., 2007)。捕虫器上部は大きく膨らんだ形となり、入口部分は下を向く。ちょうどコブラが鎌首をもたげたような形である。入口部分からは、二股に分かれた魚の尾のような部分が垂れ下がり、特徴的な形態になっている。この部分には蜜腺もあり、目立つので獲物の誘引に効果を発揮していると考えられていた。しかし、2016年における研究では、この部分を除去しても獲物の捕獲量に差がないという報告もされている(Armitage, 2016)。捕虫器上部の大きく膨らんだ部分は、一部色素が抜け、明かりとりの窓のようになる。これにより、獲物は捕虫器内部を外部と勘違いし、飛び込んでいく。捕虫器の入口は内部に向かって陥入しており、獲物は入口に到達しにくく、内部を迷っているうちに、奥に向かって毛の生える部分に進入、最終的に出られず餓死する。ダーリングトニアは消化酵素を持たないため、分解は捕虫器内部に生息する双翅目の幼虫による(Ellison and Farnsworth, 2005; Rice, 2006)。捕虫葉が展開するとき、初めは入口部分が向軸に向いて出てくるが、途中で回転し、背軸を向く。すなわち、最終的に茎頂から外側に向かって口が開く。

名前の由来

属名Darlingtoniaは、フィラデルフィアの植物学者William Darlingtonにちなむ。種小名californicaは「カリフォルニア産の」という意味で、本種の生育地に基づく。英名はいくつかあるが、代表的なのは“Cobra lily”で、捕虫器の特徴から、捕虫器全体を毒蛇のコブラに連想してつけられている。魚の尾のように見える部分も、ヘビの牙や舌に例えられる。他にもCalifornia pitcher plantがあり、そのまま「カリフォルニアの嚢状葉植物」ということになる。和名はランチュウソウであり、「蘭鋳草」と書く。これは金魚の「ランチュウ」を連想して付けられたとされる(Mellichamp, 1995)。ただし、和名よりも学名で呼ばれることの方が多い。


ヘリアンフォラ属Heliamphora

捕虫様式:落とし穴式

生育地:ベネズエラ、ブラジル、ギアナ

Heliamphora minorの捕虫葉

Heliamphoraの捕虫葉は、一見単純そうに見える。しかし、先端部には蜜を分泌するネクターキャップ、捕虫葉内の過剰な水を排水する構造などが備わっている。

Heliamphora minorの捕虫葉

Heliamphoraは花弁がない。写真に写っている白い部分は実はなのだ。そういう点で、特徴的な花構造である。

概要

2006年時点で本属には13種であったが(Rice, 2006)、今まで未開であった土地の調査が進んでいるためか近年その数を増やし23種になっている(ICPS, 2014)。おそらく、これからも新種の発見や分類の再編によって種数は変わるであろう。葉はロゼット状に配置され、茎は短く地下を横に這う多年生草本である。花は白、薄緑もしくは薄赤の4枚の萼片をもつ。花弁はない。南米のベネズエラ、ブラジル、ギアナの台地やテプイtepuiと呼ばれるテーブルマウンテン上に分布する。このテーブルマウンテンは500~1500 mの高さであり(Barthlott et al., 2007)、雲や霧に覆われる。温度が低く保たれた環境であり、夜は冷え込むが、凍ることはない(Rice, 2006)。

食虫性

捕虫器は漏斗型もしくは円筒型で水が溜まっており、捕虫器先端に形成されるネクタースプーンnectar spoonと呼ばれる小さな蓋状の器官が特徴的である。この部分は名前の通り、蜜腺が存在し、獲物の誘引の役割を果たす。捕虫器内部の壁には下向きに生える毛が密集し、獲物が捕虫器内部の水から這いだすのを妨害する。ヘリアンフォラ属は消化酵素を有さないため、分解は共生微生物に依存する(Barthlott et al., 2007; Rice, 2006)。

名前の由来

属名Heliamphoraはギリシャ語でhelos「湿地」と amphoreus「壷」で「湿地の壷」を意味する。湿地に生育し、壷型の捕虫葉を形成する本種の特性を示したものである。英語ではしばしばSun pitcher「太陽の壷」といい、これはhelos「湿地」とhelios「太陽」を取り違え、誤訳してしまったものである。Sun pitcherという名前が浸透しており、Heliamphoraを「太陽の壷」と訳しているものも見受けられるが、それは上記のとおり間違いである。したがって学名通りにあえてMarsh pitcher plant(湿地の嚢状葉植物)とした表記も見られる。他にはSouth American pitcher plant(南アメリカの囊状葉植物)とも呼ばれる。和名とされるものに「キツネノツメガイソウ」と「キツネノメシガイソウ」というものが存在するが、どちらが正しいか明らかではなく混乱が見られる。前者は不明であるが、後者は「狐の飯匙草」と書くとされ、「飯匙」とはご飯をよそうしゃもじのことである。この植物の形をしゃもじに例えたものであろう。漢字表記の存在や、例えの様子から後者が正しいのではないかと考えられる。あと、私見であるが、「ツメ」と「メシ」は何となくカタカナの構成が似ている。もしかしたら「ツメガイソウ」というのは「メシガイソウ」を読み違えた結果生じた和名なのかもしれない。ただし、どちらにしても学名の「ヘリアンフォラ」の方で呼ばれることの方が多い。

サラセニア属Sarracenia

捕虫様式:落とし穴式

生育地:北アメリカ大陸の東部、南東部

Sarracenia leucophyllaの捕虫葉

Sarraceniaサラセニア科の中で最も多様なグループであり、捕虫葉の形態も様々だ。その中でもこのleucophyllaは捕虫葉の先端部が白ぬけして、とても目立つ。

Sarracenia leucophylla

leucophyllaは捕虫葉の先端部が白ぬけするが、一方で花は情熱的な赤だ。ほかの種類だと、ピンク、黄色、オレンジなんかもあったりする。

概要

本属には11種が含まれる(ICPS, 2014)。分布は北アメリカ大陸の東部から南東部にかけてであり、Sarracenia purpureaのみ例外的により北方のラブラドルやカナダ北西部まで見られる(Barthlott et al., 2007)。本属に含まれる種の生育のためには、貧栄養かつ強日射であることが必要であり、また野火の発生も個体群維持のために重要である(Brewer, 2001; Rice, 2006)。

葉はロゼット状に配置され、茎は短く地下を横に這う多年生草本である。花は特徴的な形態をしており、花柱は五角形でちょうど傘のような形をしている。花は下を向いて咲くため、花柱は逆さまの傘のような状態になる。柱頭はこの傘型の花柱のなかで、傘の中心から外側へ向かう骨組の先端にあたる部分にある。花弁の色には赤色、ピンク色、黄色があり、傘型の花柱の柱頭の隙間をぬって出てくる形になる。花粉はこの傘のような花柱に溜まり、花の中に入った送粉者が花柱の隙間をぬって出ていくときに柱頭にこすりつけられる。

種間の系統関係は、26 S遺伝子およびITS2領域の塩基配列をもとに描くと、S. purpureaS. roseaクレード、S. flavaS. minorS. psittacinaクレード、S. alataS. rubraS. oreophilaS. leucophyllaクレードが認められた。これらのうち、S. purpureaS. roseaクレードが最初に分岐し、次にS. flavaS. minorS. psittacinaクレードとS. alataS. rubraS. oreophilaS. leucophyllaクレードが分岐したと推定された(Neyland and Merchant, 2006)。

食虫性

捕虫器の大きさは10 cmから1.2 m程度である(Barthlott et al., 2007)。捕虫器はほとんどの種類がS. leucophyllaのように長い漏斗型もしくは円筒型である。同じく漏斗型であるが全体的に小さく、口を広くしたようなS. purpureaS. roseaのようなものもある。このような種では、捕虫器の蓋や入口付近は蜜腺が存在したり、色素が抜けて真っ白になって目立ったりし、獲物の誘引に効果を発揮する。中には蜜腺だけではなく、S. flavaのように罠にはめるための麻酔を持つ種も存在する(Mody et al., 1976)。

一方でS. minorS. psittacinaは例外的な形態をしている。Sarracenia minorは他の種では傘のように捕虫器の口にかぶさる蓋がより発達してフードをかぶったような形となり、S. psittacinaは蓋のような部分が見受けられなって捕虫器の口が捕虫器内部に陥入した形になる。Sarracenia psittacinaは捕虫器の一部分の色素が抜けて白くなり、明かりとりのようになって小動物を捕虫器内部に誘う。

捕虫器の蓋や内部には奥に向かう毛が生えており、捕虫器に進入した獲物の脱出を妨害する。Sarracenia purpureaS. roseaは奥に向かう毛とともに捕虫器内部に水を溜める。Sarracenia psittacinaは捕虫器が低く這い、他の種と異なり入口が横を向いた形になる。時折、この種の生育場所は水没するため、水中生物も獲物の範疇であるようだ(Barthlott et al., 2007)。獲物の分解は自身の消化酵素にもよるが、共生生物の力を借りることもある。いずれの種においても蓋と捕虫器の接続する反対側に翼が存在する。種によっては、獲物の少ない冬場に向かうにつれ、獲物を捕獲する能力がなく扁平で翼の発達した、光合成能力の高い葉をつけるものも存在する。

名前の由来

属名Sarraceniaはカナダの植物学者Michel Sarrazinの名にちなむ。英名はNorth American pitcher plant(北アメリカの囊状葉植物)があり、他にもいくつか現地名が存在する。和名で付けられるヘイシソウは「瓶子草」であり、液体を入れる容器に例えたものである。ただし、和名よりも学名で呼ばれることの方が多い。