タヌキモ科

Lentibulariaceae

本科には、ゲンリセア属Genlisea、ムシトリスミレ属Pinguiculaおよびタヌキモ属Utriculariaの3属が含まれる。本科の特徴として、この3属が異なる捕虫法を採用しているということが挙げられる。ゲンリセア属は迷路式、ムシトリスミレ属は鳥もち式、タヌキモ属は吸い込み式である。また、根の発達が悪いのは他の食虫植物群でも見られる特徴であるが、この科の場合極端で、タヌキモ属の浮遊性の水生種はもちろん、タヌキモ属、ゲンリセア属の陸生種も根を持たず、ムシトリスミレ属も体を地面に固定する程度の根しか持たない。

系統関係はムシトリスミレ属とゲンリセア属・タヌキモ属のクレードが姉妹群となる(Müller et al., 2004)。したがって、捕虫法は系統関係から考えて、鳥もち式が祖先形質となることが考えられる。またこれら3属の含まれるタヌキモ科はシュレーゲリア科Schlegeliaceaeと姉妹群になる(Refulio-Rodriguez and Olmstead, 2014)。

なお、科名Lentibulariaeaeは、3属のいずれの名前でもない。これはタヌキモ属の現在は無効となっている属名であるLentibulariaに由来し、意味は「レンズ状の筒」で、タヌキモ属の捕虫器からとったものである。


ゲンリセア属Genlisea

捕虫様式:迷路式

生育地:アフリカ大陸、マダガスカルおよび南アメリカ大陸

Genlisea glandulossisimaの捕虫葉(白い部分)

Genliseaの捕虫葉はほかの食虫植物よりもかなり複雑な構造だ。このねじれた構造をcorkscrewのなずけた命名者のセンスが光る。ちなみに筆者のお気に入りの植物である。

Genlisea violacea

捕虫葉は特殊な形だが、Genliseaの花はムシトリスミレやタヌキモとよく似ている。さすが、近縁種といったところだろう。

概要

本属には26種が含まれる(ICPS, 2014)。おそらく、これからも新種の発見や分類の再編によって種数は変わるであろう。Darwin(1875)によってこの属の植物の食虫性は示唆されていたが、ゲンリセア属が食虫植物と認められたのは比較的最近のことである(Barthlott et al., 1998)。したがって、“食虫植物”としての歴史は浅い。果実の裂開の仕方により、この属はゲンリセア亜属Genliseaとタイロリア亜属Tayloriaの2亜属に分けられる。ゲンリセア亜属は果実の花柱と花茎に接続する部分を極とした赤道面に対して水平に割れるが、タイロリア亜属は赤道面に対して垂直に割れる。

地表面からロゼット状に線状~しゃもじ状の“葉”[1]を出す一年生もしくは多年生草本である。葉の大きさは0.5~2.0 cm程度(Barthlott et al., 2007)、地下部に捕虫器が存在するが、種類によっては捕虫器以外の白い線状の葉があることもある。この葉の意味は詳しくは明らかとなっていない。花は左右対称で距を有する。花色は黄色や薄黄色、青紫、紫、赤紫といったものがある。

分布はアフリカ大陸やマダガスカル、南アメリカ大陸の熱帯地域である(Barthlott et al., 2007)。タイロリア亜属は南アフリカのみに分布するが、ゲンリセア亜属はアフリカ大陸、マダガスカル、南アメリカ大陸のいずれにも分布する。生育地は地表に水の浸みだした湿った環境であり、G. repensのように半水生の生活を送るものも存在する。

種間系統関係は、葉緑体DNAにおけるtrnKイントロン、rps16イントロン、trnQ–trnK領域をもとに系統樹を描くと、前述のゲンリセア亜属とタイロリア亜属の分類が支持された(Fleischmann et al., 2010)。

ちなみに、被子植物最小クラスのゲノムを持つ植物が含まれる属でもある。モデル植物で有名なシロイヌナズナArabidopsis thalianaの157 Mbpに対して、G. margaretaeは63 Mbp、G. aureaは64 Mbpである(Greilhuber et al., 2006)。もしかしたら、食虫植物のなかでも決してメジャーとは言えないこれらの植物が、モデル植物として日の目を見る日が来るかもしれない。

食虫性

捕虫器は基本的には地下にあり地上部からは見えないが、G. violaceaのように地表面に短い捕虫器を出すものもいる。捕虫器はY字状となり、色は白から半透明でもろい。先端(Vの部分)はねじれた形となり、基部(Iの部分)は一部が膨れている。ねじれた部分がこの捕虫器の侵入口であり、膨らんだ部分が消化腺と吸収腺のある消化部屋、いわば“胃腸”となる。侵入口から奥、つまり消化部屋に向かって毛が生えており、一度中に入ると出られないようになっている。捕虫器全体は肉眼での目視が容易なほど大きいが(8~20 cm)(Rice, 2006)、侵入口が小さく、獲物となる対象はもっぱら原生生物である。

名前の由来

フランスの文章家、教育者のComtesse Stéphanie–Félicité du Crest de Saint–Aulbin de Genlis(Madame de Genlis)にちなむ。英名、corkscrew plantは捕虫葉のねじれた部分をコルク栓抜きに例えたものである。和名はなく、もっぱら属名のゲンリセアで名前が通っている。

ムシトリスミレ属Pinguicula

捕虫様式:鳥もち式

生育地:南北アメリカ大陸、ユーラシア大陸、アフリカ大陸

Pinguicula esserianaの捕虫葉

ムシトリスミレ属はモウセンゴケ属のような目視で確認が容易なほど大きな粘毛を持たず、一見すれば葉の表面がぬめっているだけのように見える。

Pinguicula esseriana

ムシトリスミレ属は花が美しいため、愛好家の中では積極的な交配の対象となっている。筆者は原種であればこの薄いピンクの花を咲かせるesserianaがお気に入りだ。

概要

本属には99種が含まれる(ICPS, 2014)。おそらく、これからも新種の発見や分類の再編によって種数は変わるであろう。茎は短く、やや肉厚な葉を直径1~30 cmのロゼット状に展開する一年生もしくは多年生草本である(Barthlott et al., 2007)。花は多くの種で長い距をもち、左右対称。花色はピンクや紫、白などがあり、少数派には赤や黄色が存在する。この属の種は北半球を中心とした、極地に近い地域や高山帯、温帯、亜熱帯地域などで見られる。多様性の中心はメキシコである(Barthlott et al., 2007)。湿地や湿った岩壁といった湿潤な環境を好む種も多いが、冬季に乾燥する環境に生育するものもいる。日本には2種、ムシトリスミレPinguicula vulgaris var. macroceras、そして日本固有種のコウシンソウP. ramosaが存在する。

この属は冬越しの仕方により、生態的に大きく3つのグループに分かれる。第1は、冬季に低温になる温帯に見られるグループで、夏はロゼットとなるが、冬に冬芽となり冬越しをする。この冬芽には根はなく、この間に風や水などによる移動を可能にしている。第2は、冬季に乾燥する熱帯に見られるグループで、夏と冬もロゼットであるが、夏には捕虫機能のある葉をつけ、冬に捕虫機能を失った葉をつける。捕虫機能を失った葉は、捕虫機能のある葉に比べ小さく肉厚で、したがって冬季は小さく縮こまったような形態になる。また、この肉厚の葉は親植物から分離すると、葉から発芽して別植物体になることができる。第3は、年中温暖な環境に生育するグループで、年中ロゼットであるが、形態変化は少ない。

種間系統関係は、葉緑体DNAにおけるmatKを含むtrnKイントロンをもとに系統樹を描くと、熱帯生育型tropical growth type、ユーラシア種(ただし、一部の種は日本や北アメリカ、北アフリカにも分布する)、東アジア種、P. alpina(ユーラシア種)および中央アメリカ・メキシコ・カリブ種の5つのクレードが支持された。熱帯生育型が最も基部で分化し、続いてユーラシア種、東アジア種、そしてP. alpinaと中央アメリカ・メキシコ・カリブ種が分化したと考えられた(Cieslak et al., 2005)。

上記の生態によるグループ分けでは、1つ目のグループにユーラシア種、東アジア種およびP. alpina、2つ目に中央アメリカ・メキシコ・カリブ種、そして3つ目に熱帯生育型がおおむね対応する。ただし、上記の系統関係は、核DNAのITS領域を利用した調査では支持されなかった(Degtjareva et al. 2006)。より詳細な調査が必要であろう。

食虫性

捕虫葉の向軸側は粘液を分泌する有柄腺と消化酵素を分泌する無柄腺で覆われる。粘液の組成の詳細は明らかではないが、モウセンゴケ属やドロソフィルム属と大きく異なるという証拠は得られていない(Juniper et al., 1989)。おそらくは、酸性多糖類が主体となっていると考えられる。この植物は獲物を捕えると、その部分がわずかにくぼむように動く(Lloyd, 1942)。これにより、一時的に消化酵素をそこに溜め、効率良く消化を行うことができる。獲物となるのは、小さな飛翔昆虫類だが、花粉も窒素源として利用している(Barthlott et al., 2007; Juniper et al., 1989)。

名前の由来

属名Pinguiculaは「脂ぎったもの・太ったもの」を意味し、捕虫葉の表面が粘液で覆われることや分厚くなっている様子に対して名付けられたものである。英名butterwortも同様に「脂ぎった草」を意味する。和名で付けられるムシトリスミレは「虫捕菫」であり、花がスミレに似て、虫を捕えることによる。日本固有種のコウシンソウは産地の1つ庚申山に由来する。

タヌキモ属Utricularia

捕虫様式:吸い込み罠式

生育地:南極大陸を除く世界中

Utricularia x japonicaの捕虫葉

タヌキモもGenliseaと負けず劣らず特殊な構造の捕虫葉を持っている。袋状の構造はまさにスポイトのような構造と役割を担い、獲物を吸い込んで捕らえる。

Utricularia x japonica

タヌキモ属は種類が食虫植物の中で最も多く、生育環境も形態も非常に多様だ。花も写真のような黄色い花だけでなく、赤、紫、ピンク、青、白とよりどりみどりだ。

概要

本属には233種が含まれ、食虫植物に含まれる属では最大の種数である(ICPS, 2014)。おそらく、これからも新種の発見や分類の再編によって種数は変わるであろう。本属は過去に十数属に分かれていたが、タヌキモ属Utricularia、ビオブラリア属Biobulariaおよびポリポンフォリクス属Polypompholyxの3属に併合ののち、最終的にはタヌキモ属に全て統合された。また、一時期は現在以上に膨大な種が記載された分類群であったが、Taylor(1989)により214種まで減らされた経歴がある(Barthlott et al., 2007; Rice, 2006)。Taylor(1989)の分類は分子系統解析によって修正され、現在も用いられている(齋藤, 2009)。

本属は多くは小さな根のない一年生もしくは多年生草本である。しかし、オオタヌキモU. macrorhizaのように植物体の長さが1 mを超えるものが存在する(Barthlott et al., 2007)。花は距を有する左右対称。花色はベースとして白や紫、青、赤、黄色などがあり、花の中央部がまた別の色(例えば、U. longifoliaの地の色が紫で中央部は黄色のような)になっていることも多い。

種数が多く、分布域も広いため、その生活様式や生育環境は様々である。地上種は冠水する湿った砂質土壌や泥炭湿地のような土地に生育する。岩生種は岩上の水が滴り湿るような場所に生育する。着生種は他種の植物上のコケやアナナス科の水溜りに生育する。中には食虫植物であるBrocchinia reductaの水溜りに生育するU. humboltiiがおり、食虫植物に食虫植物が生育するという興味深い生活を送るものも存在する。水生種や渓流種は水中に生育する。水生種は止水域や流れの緩やかな場所で浮遊生活を送る一方、渓流種は流れの速い場所で基質に固着して生活する。

日本においては、地表に固着生活する種(地上種、岩生種、着生種および渓流種)と水中で浮遊生活する種(水生種)の大きく二つに分け、前者をミミカキグサ類、後者をタヌキモ類と呼び分ける。地上種はゲンリセア属と似て、地上に光合成を担う線形、腎臓形、しゃもじ形といった“普通の葉”を地上に出し、地下には白く細い匍匐茎が網の目状となり複雑に絡み合って存在している。葉の長さは一般に数mmから数cm、長いものではU. longifoliaのように最大1.15 mに達するものもいる(Barthlott et al., 2007)。水生種は全体が緑色をしており、2 mmの太い匍匐茎を持ち、羽状となり捕虫器のついた“葉”を展開し水中を漂う(Barthlott et al., 2007)。空気を含んだ分厚い葉を花茎基部に展開し、水面に浮きあがる種もいる。また、水生種は生育期の終わりが近づくと茎頂の節間が伸びず球状となった冬芽になり、水中に沈んで冬を越す。

種によっては塊茎を有し、水や養分を貯めるものも存在する。根を有してはいないが、仮根rhizoidを有する種が全てではないが存在する(Barthlott et al., 2007)。流れの速い場所に生育する種は、仮根がアンカーとして働くと考えられているが、匍匐茎との区別が難しく意義が明らかでないこともある(Barthlott et al., 2007)。

分布域は極めて広い。多様性の中心地は熱帯や亜熱帯である(Barthlott et al., 2007)。南アメリカ大陸に種が多く、ブラジルだけで本属の4分の1程度の種が存在する。次の多様性中心地はオーストラリアで、本属の4分の1程度の種が存在するが、乾燥地のほとんどで見られず、例外を除けば海洋島にも分布していない。分布北限はヒメタヌキモU. minorが北極圏に入るグリーンランド西部である。分布南限はアルゼンチンのネグロ川、ニュージーランドのスチュワート島まで分布する。ヒマラヤの4200 mの地域といった標高の高い土地にも分布している(Barthlott et al., 2007)。日本にも分布しており、ノタヌキモU. aurea、イヌタヌキモU. australis、ミミカキグサU. bifida、ホザキノミミカキグサU. caerulea、フサタヌキモU. dimorphantha、イトタヌキモU. exoleta、コタヌキモU. intermedia、ヤチコタヌキモU. ochroleuca、オオタヌキモU. macrorhiza、ヒメタヌキモU. minor、ヒメミミカキグサU. minutissima、ムラサキミミカキグサU. uliginosaおよびタヌキモU. x japonicaの以上13種が生育する。

種間系統関係は、葉緑体DNAにおけるtrnKイントロンおよびmatK遺伝子に基づくと、大きく3つのクレード、ビヴァルヴァリア亜属Bivalvaria、ポリポンフォリクス亜属、ウトリクラリア亜属に分かれることが示された。本書に登場するものとしては、ビヴァルヴァリア亜属にはU. junceaU. lividaU. sandersonii、ポリポンフォリクス亜属にはU. dichotoma、ウトリクラリア亜属にはイヌタヌキモ、コタヌキモ、オオタヌキモ、U. longifoliaU. humboltiiなどが含まれる。この系統関係から、水生種や着生種は、地上生種から派生してきたことが示された(Müller and Borsch, 2005)。

食虫性

捕虫器は小さな袋で、地下もしくは水中に配置される。大きさは0.2~1.2 cm程度である(Barthlott et al., 2007)。Utricularia reniformisのように2つの大きさの捕虫器を有する種もいる。獲物を捕える前の捕虫器はつぶれた形になっているが、これは内部から水を排出し続けているためで、内部を陰圧にすることで獲物を捕える準備が整う。捕虫器の位置や構造は種によってさまざまである(Reifenrath et al., 2006)。捕虫器入口付近には付属物があり、水生種は細く伸びアンテナと呼ばれる構造になる一方、地表種は入口前に獲物の待機場所のような構造を作り、ともに獲物の捕獲に効果を発揮する(Barthlott et al., 2007)。捕虫器の入口に蓋をする弁の捕虫器と接続されている側とは反対側に毛が存在し、これに獲物が触れると入口が開き獲物が中に吸い込まれる。獲物となる生物は主に微生物や藻類であり、水生種で捕虫器の大きな種はボウフラや小さいオタマジャクシなども捕まえる。内部にはX字の消化腺が存在する。また、一部の種は獲物を捕えず、微生物に場を提供することで、相利共生の立場を採っていると考えられている。

名前の由来

属名Utriculariaは「小嚢」を意味し、袋状の捕虫器に対してつけられた名前である。英名bladderwortも同じく「袋を持った草」を意味する。和名でつけられるタヌキモやミミカキグサはそれぞれ「狸藻」と「耳掻草」と書く。前者は水中に浮かぶ姿をふさふさのタヌキの尾に例えたもので、後者は花後にできる果実の形が耳掻きに似ることから付けられている。